東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

池袋 Nadurraにて: もし僕らのことばがウィスキーであったなら

久しぶりに村上春樹の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」を本棚から引っ張り出してきて読んだ。機内誌向けに書かれたものだと思うが、酒をテーマにしたアイラ島アイルランドの訪問記。氏の奥様による素朴で家族旅行のスナップ写真を思わせる(失礼!)、だが商業写真家が撮るそれとは明らかに異なる写真に彩られていて、気軽にすぐ読める。

酒はそれが作られている近くで飲むのが一番旨くて、なぜかというと酒ができる土地柄、作っている人たち、それを飲む人たちなど雰囲気、空間全てを含めて「そこで」味わうことという体験が特別なものだからだ、という思いが書かれている。それは人の曖昧な記憶のような「かたちのないかたち」でしか残ることはなく、そこに含まれていたメッセージにいつ気づくかもわからないけれど、かたちのない幸福を与えてくれる旅という極めて個人的な経験は素晴らしい、という意味の言葉で終わっている。

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今と違ってまだシングルモルトはごくごく一部のマニアの人たちだけのものだった20年近く前に酒を飲まない人も含めて誰でも手にする可能性がある媒体向けに書かれたようなので、冗長に思えるところもある。おそらくこの本をきっかけにシングルモルトに興味を持った人はたくさんいるのだろう。氏の文章が(特に後半のアイルランド訪問記の方で)比喩表現の点で今と大きく違っているのを確認するだけでも面白い。

村上氏の言うとおり、酒そのものを味わうだけでももちろん悪くはないが、想い出を思い起こすスイッチとして飲む酒も悪くない。私の記憶の再生機はそもそも随分頼りない上にアルコールが入るとあちこちの画像が消えていたり、前後が勝手に編集されてしまっていたり、人の顔がのっぺらぼうになっていたりするものの、記憶の抽斗の中には酒以外にもいろんなものが放り込まれていて、ふと突然何かが渾然一体となって飛び出してくる。感覚の塊のようなものが。香水の香りをふと嗅いだのをきっかけに、昔の彼女の記憶がまとまって一気に脳内に鮮烈にフラッシュバックする、みたいなものか。

たまには自分の内側にある滅多に開けることのない抽斗を開けてみるのも悪くない。再生機以上にポンコツでたてつけの悪い抽斗は、よっぽどタイミングが良くないとなかなか開いてくれないが。ちなみにどれぐらい出来が悪いかというと、本棚にもう一冊「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」があったぐらいだ(恥かきついでに言うと「村上朝日堂」も2冊あってさらに凹んだ)。
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酒を飲む以外にも、淡々とランニングをしているときもいろんな記憶の抽斗が開くことがある。長い距離を走っている間は退屈だし、脳内が酸欠気味になっているせいか、普段あまり思い出さないことや考えないことが突然頭の中で展開する。昨日も走って汗を流した後にバーでウイスキーを飲んだけれど、実はランニングと酒を飲むという行為は遠いようで近いのかもしれない。

自宅から北上して1時間ほど走り、東京なのにとんでもなく濃い錆色をした塩分の強い天然温泉に460円で浸かることができる銭湯、桜台の久松湯で汗を流した後普段乗らない黄色い電車に乗って都心へ戻る。

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そして前から気になっていた池袋のNadurraへ。駅から少し歩いたビルの2階。なぜかこの辺りはモルトバーが密集。
ビルの前のサイネージから几帳面な感じが伝わってきたのでおそらくお店の中もそんな感じなんだろうな、と思いながらドアを開けると、バーにしては明るい照明と、予想に違わないしかし初めての客も包み込む雰囲気が広がっていた。土曜日の夜10時半ということもあってか先客はなく、カウンターの真ん中に座る。

明日は秩父ウィスキー祭りのボランティアスタッフとして朝5時起きで出掛けるのでいつもより早く11時半に店を閉める、ということだったので、一杯目からフルスイングしてBBR復刻ラベルの1982年、27年のClynelish。かなりの年数を経ているのにしっかり度数を感じるうえ、ストラクチャーがロバストで力強い。

オーナーの名前をうかがうことを忘れてしまったが(こちらが名乗らなかったのがいけないのだが)、物腰の柔らかい懐の深そうな方で間合いのとり方が上手なので、初めての訪問なのだが気疲れしない。

バーボン樽の感じがしっかり伝わってくるものが好きだ、と好みを伝えると出してくれたのがG&MのGlenRothes。The Whisky Hoop向けのボトリング。華やかな感じが予想以上。GlenRothesは昔ロンドンの友達から丸っこいボトルのオフィシャル貰って飲んで以来。

f:id:KodomoGinko:20170219095911j:imageその後、常連と思しき大人の男女がお店に入ってきたので一人静かに飲む。そして最後にこれもThe Whisky Hoop向けにCadenheadが詰めたLinkwood。どれも旨かったがこれが一番突き刺さった。おそらくこの日飲んだうちで一番安いと思うのだが、値段と旨さは必ずしも比例しないということを再確認。

寝ないと調子が出ないので夜は比較的早く店を閉めてしまうんですよ、この商売なんですがね、と笑いながらオーナーが話す。私もそうですよ、と言って小さな共通点を確認。そして彼の睡眠時間を削るのも忍びなく、11時半に店を出た。池袋は一応職場から帰宅途中にあるとも言えなくない。また来ようと思えるいい店を見つけることができた。

 

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

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