東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

酒飲みの考える「幸せな人生」の定義

酒を飲まない夜はなぜこんなに長いのだろう。いつもならアルコールの力を借りて昼間の緊張をほどいていくのだが、飲まないと自分の中のスイッチが入りっぱなし。田舎のコンビニか、と自嘲したくなる。周りが寝静まって真っ暗な夜更けに、ぽつんと一軒場違いにまばゆい光を放ち続ける田舎のコンビニ。

仕事の緊張を家に持ち帰りたくなく、帰宅前の少しの時間に気分転換をしたいのだが、飲まないとなると中々そんな場所は見つからない。唯一あるとするとジムぐらいだが、そもそも今回禁酒をしているのは週末のマラソンのため、レース前で運動も控えめにしておりジムにも行かれない。

場違いなテンションを下げるために仕方なく帰宅後読書したりウェブを眺めたりするのだが、何だか時間の流れがゆるやかだ。この手持ち無沙汰感はいったいなんだろう。そう考えてみてふと思った。これはもしかして定年退職後のサラリーマンが毎日感じるものと近しいのではないか。あくまでも想像にすぎないが。

そう思うと少し恐怖感を覚えた。仕事を離れて多くの人との関わりあいを失い、仮に金銭的には不自由なかったとしても自分が誰からも必要とされず時間を持て甘しながら緩やかに死を待つことを想像してみた。なかなかぞっとする。
そして手持無沙汰ついでに「幸せな人生とは何か」について考えてみた。

人との関わり合いであったり、金銭だったり、名誉だったりと幸せを象るものは沢山あり、その多寡で人を羨んだり思い煩ったりする人は多いが、そういったものを人生のどのタイミングで得るのがいいのか、という議論はあまり聞かない。

最近話題になったかつて一世を風靡した音楽プロデューサーのように、若いうちに自らの才能により人並み外れて成功して誰もが羨むような生活を送るものの、どこかで歯車が狂い超大金持ちから普通の金持ちに転落(?)した上、自分の才能の枯渇を毎日誰よりも強く思い知らされながら生きるというのは、彼の歩んだ道程をならして見ると圧倒的に幸福の総量は多いはずだが、「今幸せを感じているか」という意味では普通の人に大きく劣るかもしれない。それに似た最も分かりやすい例の一つは宝くじで大金を得た人だろう。一番幸せなのは当選した時点で、あとは右肩下がり。最初は散財して幸せを実感するものの冷静になるといつ金がなくなるかびくびくし、金があるうちには人は集まってくるがそのうち人は離れていく。おそらく幸せに人生を全うした人はそう多くないはず。

つまり、例えば人生の半ばで幸せのピークを迎えてそれがどんどん減っていく、という人生を送る人よりも、幸せの合計量は多くなくても右肩上がりに幸せを感じられる人生を歩む人の方が人生の幸福感は強いのではないか、と思う。
違う言い方をすると、幸せ(もしくは幸せを表象する富や周りの人たちや才能その他)の絶対量が重要なのではなく、かつての自分よりも今の自分の方が幸せと感じられるか、明日の自分の方が今の自分より幸せだと信じられるかどうか、という時間連続的、相対的な幸福感が一番重要なのかもしれない。

嘘だと思うなら、若いうちに大成功して100億円儲け、周りに人が急に増えてちやほやされたが、ほどなく99億円を失って周りの人たちが離れていきそのまま寂しい人生を送る人と、ゆっくりと時間をかけて1億円を稼ぎ、少ないながらも仲の良い友人に囲まれている人とどちらが強く幸せを感じられるのか想像してみればいい。細かな振幅はあっても緩やかな右肩上がりの人生が、急激な右肩上がりを経験した後ずっと坂を下り落ちて重力には逆らえないことを思い知らされながら終わる人生よりもいいに決まっている。

そう考えると今この国で生きている人たちが昔と比べて何となく幸せな感じがしないのも納得できる。そんな中で願わくば最期に近づいても損得抜きでの人との関わり合いがある人生を生きたいものだ、と思う。

こんなことを暇に任せてつらつらと考えた。

だが悲観する必要はないことに気が付いた。いつもの店に飲みに出かければ、そこにはいつもの人たちがいる。お金を払う側と受け取る側、という関係だけではない何かがそこにある。酒が入れば知らず知らずのうちに自分が身に着けていた鎧のようなものも自然と脱げる。バーのカウンターでは誰が偉いとか偉くないとか、金持ちか金持ちでないかとか、若いとか年を食っているとかは全く関係なく、好きな人が好きな酒を飲む。そして不思議な連帯感がそこにある。一人で飲みに来ても、あまり寂しくもない。

しばらく酒を止めてみて、飲まない人生は随分とつまらなくなりそうで、飲めるということは本当にありがたいことだと改めて想った。

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