東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

好きなレストランを応援するということ

応援しているレストランがある。当たり前だが応援しているということは何らかの理由があるからなのだが、あまり真剣にそれについて考えてみたことがなかった。しかし今回とあるきっかけがあり、なぜ自分が応援したくなるのかを改めて考えてみた。

やはり一生懸命に美味しいものを作ろうとしていることが伝わってくると応援したくなる。もちろんすべてが口に合うとは限らないわけだし、現実問題として毎回ベストの一皿が出てくるとは限らない。例えば鮨だと魚の一番おいしいところは先ほどのお客さんに食べられてしまった、なんてことは普通にあり得る。野菜も肉も魚も、同じものは一つとしてなく、出汁の入り方も気温や湿度や素材の出来によって毎回変わってくる。でも一生懸命やっていらっしゃることを知っていれば、たまに少しのハズレがあってもまた来ようと思える。私が応援しているお店ではそうそう外れることはないが。

その延長線上で、来るたびに、とまでは言わないもののお邪魔すると新しい発見や驚きがある、というのも大事だ。いつも一定以上のクオリティの安定した味、というのは大歓迎だが、驚きがないと何度も来ようとは思わなくなってしまう。違う言い方をすると、常に進化し続けていて欲しい、ということになるのかもしれない。
生鮮食品の生産技術、流通や保存方法も日進月歩、昔と比べて食材の平均的なクオリティは間違いなく上がっている。だからそれに合わせて工夫ができる料理人と伝統に固執し続ける料理人ではどうしても差がついてきてしまうのでは、あるいは家で素人が料理するのとの差が埋まってしまうのでは、と思う。それだとそれなりのお金を出して、わざわざ何度も食べに出かける意味がないではないか。

心地よく食事できること、というのも重要だ。味だけではなくてそのレストランでの体験をもう一度味わいたいか、というのが再訪したいかどうかの分かれ道。どんなに美味しくても、寛げないと楽しくない。料理人から勝負を挑まれることは喧嘩上等、受けて立ちたいと思う気持ちもあるが、現実としてはせめて仕事じゃないときぐらいリラックスしたい。客に妙な緊張感を与える店もあるが、結果としてそういう店には味が良くても足が遠のいてしまう。それが店のせいではないときもある。例えばお店を紹介してくれた人が私にとって難しい人だったりすると、いつその方がその店に現れるかと思って寛げず、気が付いたらお店もお店の味も好きなのだが伺うのが億劫になってしまう、ということもある。
あとは自分の好みを覚えていただいている店はありがたい。私のためだけに仕入れをするわけではないのだろうが、「今日はYさんのお好きなホワイトアスパラガスのいいのがあったので仕入れておきました」などと言われたら当然居心地はいいし、また来ないわけにはいかないではないか。

気軽に何度も訪問できるぐらいバカ高くないことも大事。でも安ければいいというわけでもない。ちゃんとした材料を使って手間暇かけて作った料理を出していらっしゃるのだから、それなりの値段は取っていただいて構わない。利益率が低く、お店に儲けが出ないといろんな意味で疲弊してしまう。客筋も悪くなるし。変に雑誌やウェブで「値段の割に安い!」なんて取り上げられると一見の客が増えて予約も取れなくなって結果的に常連の足が遠のき、一過性のブームが去ると店の経営が安定しなくなる。だから、ちゃんとしたお店は高過ぎない、そして安過ぎることもないちゃんとした値段をとってもらいたい。

実は私にとってこれらの条件をすべて満たした店が2つある。一つは今流行りの奥渋、渋谷神山町交差点の近くにある鮨屋。10年以上お邪魔しているが、ここは紹介する人が皆驚くほどのクオリティの高い鮨が夜でも1万円ほど払えば食べられる。二年ほど前に、病院の待合で「おとなの週末」という雑誌の鮨特集を見ていたら、編集長が取材拒否された店、というコラムに書かれている鮨屋がまさにこの店としか思えなかったので大将に聞いてみたら、「一人でやっているから勘弁してくれ、って断ったんですよ」と言っていた。仕入れる魚もいいし、仕事も丁寧で、常連に愛されている店。一人でやっていらっしゃる上に場所柄もあり、周りのペースに合わせて注文ができる大人のお客さんのみ来てもらいたい。

そしてもう一軒が、こちらも渋谷だが青山寄りにあるステーキの店。かつてはお客さん全員分の塊肉を窯で焼いて、8時の焼き上がりとともにみんな一斉にメインを食べ始める、というスタイルだった店。今はいつお店に行っても大丈夫。ここのシェフの感覚の鋭さにはいつも驚かされる。例えば下の写真、宮崎の有田牛のステーキが美味いのは言うまでもないが、付け合わせのルッコラバルサミコとチーズのソースが秀逸。肉なしでこれだけ出てきたとしても問題のないクオリティ。酸味とパルミジャーノの塩味、甘みの均衡が取れていて、野菜のうまみを邪魔するどころか強く引き出す素晴らしいソースだった。
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窯で焼くスタイルなので食材の良しあしに大きく左右されるところがあり、素材に相当こだわっていることが分かるうえ、それをさらに引き出すための工夫が素晴らしく、いつ来ても驚きがある。こちらは鰤のかまと白子、ホワイトアスパラガス添え。ネギとアンチョビのソース掛け。
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今週この店に大阪の友達を連れて行った。東京で何か美味しいものを食べたいのでお店紹介して、という挑戦的なリクエストを受けたので。お店に入ると、フロアを取り仕切る(といってもそれほど大きい店ではないが)Yさんが素敵な笑顔で迎えてくださって、前回座ったカウンター席、お店で一番静かな席に通してくれる。私の好きなワインはメルローなことも、私がホワイトアスパラガスが好きなことも、ショートカットのとてもよく似合う彼女は全部覚えている。

7時から食事を始めて8時過ぎたころに、突然友人が「8時50分過ぎの山手線に乗らないと」と言い出す。てっきり今日は東京で一泊してから大阪に帰るのかと思っていたので油断していて、まだメインの肉料理が出てきていない。慌ててお店に伝えたら、全く動揺することなく「大丈夫です」と言ってくれる。ここでスタッフが浮足立ってしまうとこちらにも慌てる気持ちが共振してしまうのだが、全く動じずサービスが続いたことに舌を巻いた。

東京に不慣れな友人が新幹線の終電乗り過ごしても困るので、デザートの後渋谷の駅まで送り、バタバタさせてしまったことへのお詫びをしたかったのでお店に戻る。私の一杯のためだけにメルローのボトルを抜栓してくださったので流石にもう少し飲まないと申し訳なかった、ということもある(が、結果的にはチェックをすでに終えています、とのことでお代を受け取っていただくことができず、却って申し訳ないことをしてしまった)。

一人で飲んでいたら、気遣ってYさんがカウンターの横に来てくださったので、初めてゆっくりお話しできた。折角の機会だったので今日の料理もとても素晴らしくいろんな発見があったことをお伝えした。いつ来てもよくしてくださることにもお礼を言った。

そんな話をしていたら、彼女が「私、先週まで入院してまして」とおっしゃられたので心底驚いた。それも乳がんが見つかって、3週間ほど入院して切除されたそうだ。言われるまで全く気がつかなかった。食事中にサーブする自分に対して客に気を遣わせても、というプロ意識も当然あったのだろうが。
手術は上手く行き、転移も見つからず、無事に仕事に復帰でき、本当に何よりだと思った。彼女のいないお店は、ちょっと私には想像できない。そう思うと、なぜこの店に何度も来てしまうのか考えさせられた。それが先ほど挙げた、店を応援したくなるいくつかの理由だった。

お店を応援していることをこの機会に伝えられて良かった。娘にはお店で美味しい料理をいただいたら、ちゃんと美味しかったですといいなさい、と言っているのに、自分ができていたかといわれると疑問。違いが分からない客に対しても分け隔てなく一生懸命努力しサービスし続けられるほどハートの強い人はそんなにいないだろう。一生懸命料理を作ってくれる店が好きだ、と思うのであれば、「ちゃんとわかってますからねー」とカウンターのこちらからやはり強くフィードバックしてあげたほうが当然作っている方のやる気も出るだろうし、そういうお客さんが来たら頑張らないと、と思うのが真っ当なサービス業の人の矜持だろう。結果として、そういう客には一番の出来の皿が回ってきて、一番のサービスが受けられるはずだ。あくまでも結果として。あざとい意味でなく。

感謝の気持ちは、出来ればその場で相手に伝えたい方がいい。それはレストランであっても、バーであっても、家族であっても、友人であっても。頑張って自分の思いを相手に伝えているつもりでいても、感覚的には相手に2割ぐらい伝わっていたら上出来だろう。だから強く意識しないと、自分の思った通りの思いはなかなか伝わらない。そしてそれはお互いのためでもある。繰り返しになるが、あざとい意味ではなく。

次に仮に万が一がっかりしたことがあれば、それを上手く伝えられるような大人に私はなっているだろうか。そして良かれと思ってわたしの良くない点についてわざわざフィードバックをくれる人に感謝できるような大人になっているだろうか。そんなことを想い、少しだけ背筋が伸びた。Yさんにいつまでも元気でいてください、応援しています、と改めてメッセージを送っておいた。少しプライベートなことを含む内容なので、敢えてお店の名前を出してはいないが、機会があれば見つけて行ってみてください。

 

 

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