東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

祇園でウイスキーを飲みながら考えたこと

先日京都に行った際、Twitterでフォローしている方に教えていただいた祇園のバーに訪問した。ビルは比較的新しいのにお店の中は落ち着いて年季が入っている。聞いてみると3年前に銀座から移転してきて、その時内装ごと持ってきたのだそうだ。10人ほどは掛けられそうなカウンターは恐らく一枚板。巨大なマッキントッシュのアンプとこれまた巨大なJBLのスピーカー、大量のレコード。膨大なバックバーのボトル。コンクリートのスケルトンのスペースを居心地のいいウッディな空間に仕上げるのは相当お金がかかっているものと思われるが、引っ越しだけでも恐ろしく物入りだったに違いない。

奥にはおそらくテーブル席、6席ぐらいなのだろうか。カウンターからはよく見えない。普段の夜なら舞妓さんや芸妓さんを連れて飲んでいる旦那衆がいるのだろう。私がお邪魔したのはゴールデンウイーク真っただ中だったから目にしなかったけれど。

客の7、8割がたが注文するモスコミュールやハイボールを作り、出来上がったらテーブル席の客に飲み物を運び、レコードでジャズを流しながら入ってきた客を席に案内し、飲み終わった客の会計をつけるのを見ながら、この規模の店を一人で回すは経験長くないととてもじゃないが無理だろうな、と思いながらカウンターにてオーナーバーテンダーにお勧めいただいたモルトを飲む。私が入店したのは夜11時過ぎ。祝日ということもあって11時半閉店とのことで、一杯だけでも、とお願いしたところ快く受け入れていただけた。追い返されても文句の言えないところだ。ウイスキーが好きなのが伝わったのだとしたら嬉しい。

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最初のグレンオーディーを飲み終える頃には隣にいた最後のお客さんがお勘定を締めていて、私ももう失礼しますと言ったら「まだ片づけあるのでしばらく飲んでいて構いませんよ」とのこと。お言葉に甘えて追加で2杯。ブロラとタリスカーをいただいた。
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銀座時代のお話を聞いたり私の行きつけのバーの話をしたりしていい時間を過ごし、丁寧にお礼を申し上げ、オーナーの名刺を頂戴して失礼した。

翌日も花見小路の土塀のところをちょっと入ったところにある割烹で食事をしたので件のバーを再訪。昨日閉店間際に無理を言って飲ませていただいたので裏を返しに行った。

裏を返す、という言葉は最近聞かない気がするので念のため説明しておくと、客として払った値段以上に良くしてもらったり特別なサービスをしていただいた後に、その店を再訪してお店でお金を使って借りを返して帰ってくることをいう。

祇園の南側というのは京都に4年しか暮らしたことのない浅薄な私の知識からしてみてもかなり特殊な立地。路地の石畳には水が打たれ、その両側には赤い提灯を灯したお茶屋と割烹が立ち並び、舞妓さんを連れて歩くような地元の旦那衆もいれば国内外の観光客も多い。その中には「一見さんお断り」と言われても全く文句の言えない祇園の敷居の高さを理解している人はどれぐらいいるのだろうか。
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私の勝手な感覚だが京都の街中ではよそから来た新参者にとても冷たく、同じ場所で5年ぐらい商売して初めて仲間として認められる、というイメージがある。その中でもさらに祇園、それも四条通の南側の店は地元の目の肥えた厳しい客に試され、認められないと生き残っていかれないのだと想像する。

せっかく厳しい旦那衆が試しに店に来てくれて何とか寛いでもらっているところに、店のコンセプトを理解しないグループ客や、HUBみたいな飲み屋での飲み方と日本のちゃんとしたモルトバーでの飲み方の違いの分からない外国人観光客が入ってきてせっかく作り上げた店の雰囲気をぶち壊したり、一人でお店を切り盛りしているのに必要以上に世話の焼ける訳の分かっていない客が来店したりして他のお客さんへの対応に手が回らなくなったりしたら本当にシャレにならないだろうな、そういう客は裏を返してくれるわけでもないし大したお金も落としていかないだろうし、と思いながら大ぶりのバカラのカクテルグラスに満たされたマンハッタンから一杯目を飲み始める。

「銀座で有名やったバーが祇園に来たっていうから冷やかしに行ったったけど訳わかってない客ばかり入れてて雰囲気ぶち壊しや、銀座がなんぼのもんや」「さすが銀座から来てくれはったお店だけあって賑やかでいろんなお客さんが来てくれはってよろしおすな(=ここは祇園だからうるさくしない客を選べ)」などと旦那衆に吹聴されたら狭い京都では贔屓にしてくれる地元の客がつかず、内装などに恐ろしく金掛かっているのに回収できずに最悪店畳まないといけなくなるかもしれない。自分がお店を開くところを想像してちょっと震えた。

もちろんちゃんとしている一見のお客さんもいるだろう。しかし場所柄ウォークインしてくる一見客はそうでない方が確率的に高い気がして大変な土地でのご商売だと思う。そういう意味で昨日閉店間際でふらっと一人で初めて現れた私を温かく迎えてくれたのは太っ腹なことで自分の幸運にあらためて感謝した。

マンハッタンがとても口に合ったので結構な勢いで半分以上飲んでしまったら、「飲むの早いですね、うちのマンハッタンは時間とともに味が変化するので少しゆっくりと味わってみてください」とのこと。「早く飲まないとせっかく作っていただいたのに申し訳ないかと思って」というと「昔はカクテルグラスも小さかったし3口で飲め、なんて言ったものだけれど最近はグラスも大きくなったしお時間かけて飲んでいただいて構いません」と教えてもらう。まだまだ勉強すべきことはたくさんある。

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ふと気になって、外国人観光客向けのSNS(Yelp)でこのお店がどのように評価されているか観てみたら案の定だった。名の通ったホテルのコンシェルジュやそれなりの割烹からの紹介でやって来るぐらいの人であればまだしも、素性もわからない世話が焼ける可能性が高いウォークインの客を喜んで迎えたところで先ほども述べたように店にはリスクが高いだけでアップサイドはあまりない。むしろ厄除けとしてそのままの評価にしておいた方がいいのだなと思った。

ちゃんとしたバーで「フレッシュなフルーツでカクテルお願いします」という注文をする人は、それなりの鮨屋に行っても「「新鮮な」魚の握りをお願いします」というのだろうか。それは注文される方も穏やかではないだろう。自分の言った言葉の意味が自分で分かっていない人も含めて世の中にはいろんな人がいて、食べログの口コミ見ていると2chまとめサイトよりも面白い。

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前にも書いたが、居心地のいい店はその居心地を守るために大抵何かを犠牲にしているであろうことを客は忘れるべきではないと思う。席が空いているのにフリーの客に満席だと告げているバーテンダーを見ることはままあるが、彼はその客からの売上を犠牲にしてでも店の雰囲気を守っているかもしれない。そしてその客は店の悪口をどこかで言うかもしれない。そのコストよりも店の雰囲気を守るほうをそのバーテンダーは選んだことに我々は思いを巡らせるべきだ。そしてそれは彼が自分のため、自分の店のためにしているように見えても実は客である我々のためにして(くれて)いるのだということも。

そんなことを考えながらまた京都に来たらお邪魔することを約束して店を出た。実はもう一軒、裏を返しに行くべきところがあったから。寺町夷川を一本西に入ったところにある王田珈琲専門店。前日ランチを食べた後、家族連れでコーヒーだけ飲みに行ってなにも話さずそっと帰ろうとしたら、昨年末初めて訪問した際にグレンエルギン好きだ、といったのを覚えてくださっていてお勘定の際に「美味しいエルギン入れときましたからまた来てください」と言ってくださったので。京都のお店の情報を様々教えていただき、夜中まで楽しい時間を過ごすことができた。

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色々考えた結果、今回は祇園のお店の固有名詞をあげて紹介することは控えることにします。バーに対してリスペクトの念を持つウイスキー好きな人やスカイ島の蒸留所の名前を聞かれてすぐに思い浮かぶ人にとってはとても、とても素晴らしい店だと思います。二度しか訪問していない私が言うのも恐れ多いことではありますし、私が心配申し上げずともすでに地元にしっかり根を下ろして愛されるお店になっていらっしゃると思いますが。

 

 

 

 

 

 

 

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