東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

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アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

平野啓一郎 「ある男」を読了

「マチネの終わりに」に深く感銘を受けたので、平野啓一郎の新作「ある男」を読んだ。

バーでの出会いの回想から物語が語られ始める。その後もバーでの思索や会話が物語の中で重要なシーンを構成する。著者はシングルモルトよりもカクテル、あるいはウォッカがお好きな印象を受ける。小説家の酒や音楽についての描写からは著者の人となりが分かるので興味深い。

「ある男」を読了して「考えさせられる」小説、というよりは「考えさせる」小説、という印象を持った。正確に言うと「マチネの終わりに」は「考えさせられる」部分が多かったが、「ある男」では「考えさせる」部分が多かったように思う。

何を言っているのかわからないと思うので乱暴なたとえ話で説明すると、「沖縄の神社でおみくじ引いても凶しか出ません、だってもう「きち」は要らないから」というネタを披露した芸人と、お笑いのネタの中で沖縄の基地問題を含む現在の政治状況を直接的に批判した芸人がいたが、「考えさせられる」の例は前者で「考えさせる」の例は後者。

もう少しちゃんと説明すると以下の通りとなる。

ストーリーに著者の問題意識(=テーマ)が巧みに織り込まれ、物語が動き出すにつれて読者が引き込まれその物語に思いを馳せるにつれ知らず知らずのうちに著者が暗示的に提示したテーマについて自ら考え始める、というのが、私の考える「考えさせられる」小説の定義。

「考えさせる」小説というのは著者が自分の問題意識を明示的に物語の中でテーマとして提示し、物語の中で登場人物の行動や思索に投射された著者の主義主張をなぞっていくうちに物語が前に進んでいく、というもの。

もちろん二者択一ではなく、一つの小説の中で「考えさせられる」部分も「考えさせる」部分もあっていいし、どちらが良くてどちらが悪い、というわけでもない。

主人公である「ある男」はこの小説の中で一言も発せず、彼の周りの人が彼について話すこと、特に彼の家族の言葉によって彼の人となりが浮き彫りにされる中で、血のつながりとは何か、出自によって生まれながらに、あるいは自らのコントロールできない親の行動によって絶対的な不幸に突き落とされた人に対する救済はあり得るのか、というテーマが提示される。そしてそれに加えて自分の子供の幸せと親としての自らの幸せが一部両立しないときにどうするべきか、などといった著者が描きたい究極的なテーマについて「考えさせられる」のだが、「ある男」の苛烈な運命とそれを追う弁護士の両者が持つ自らがコントロールできない出自について描きたいがゆえに持ち込まれていると思しきテーマ(ヘイトスピーチや彼の国との距離感など)など一部の提示の仕方には少し硬さというか唐突感があって、物語を読むうちに自然に「考えさせられる」なあと感じるよりも小説が私に「考えさせる」、forced to think、すなわち著者の考えをなぞることを強いられていると感じてしまう部分もあった。

繰り返すが「考えさせられる」小説イコールいい小説で、「考えさせる」小説が悪い小説、というわけではない。明示的にテーマが提示される小説を読むほうが何について書かれているか分かりやすいので好きだ、という人もいるだろう。「何が言いたいのかわからなかった」「読後感がはっきりしない」というような書評を耳にするけれど、読者に自然に考えてもらおう、という「考えさせられる」系のアプローチをとった小説の方に対してはそのような感想を持つ人は必然的に多くなると思われる。

「考えさせる」アプローチの難しいところは、直接的に提示されるテーマが今日的で論争の多いものであればあるほど、そして著者の考え方が先鋭的であればあるほど(念のためだがこの小説ではそこまで先鋭的ではない)、物語上の一部で示される著者の意見と自らの意見の差異を克服できず物語全体を受け入れられなくなる読者が増えるリスクが出るところだ。残念ながら世の中では「自分と違う意見を持つ人」のことを肯定的に受け入れる人はそれほど多くないので。

およそ同世代の作家である平野啓一郎の様々な問題意識には共鳴させられることが多く、また彼の技量からすると読者が自然に「考えさせられる」ような物語を語ることは当然にできるはずで(「考えさせる」小説を書く方が難しくないように思える)、彼にはそのような現代の寓話を紡ぎ出してもらいたい、と思う。

なおここまでの議論は「マチネの終わりに」という小説と対比させた時の「ある男」という小説の感想であり、私が2018年に読んだ小説の中では白眉であることを念のため書き添えておく。

 

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ある男

ある男

 

 

 

 

 

 

 

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