東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

彼はもう二度とこのバーに戻って来ない

先日は初めてのバーに行ってまた来ようと思う客の心理を書いてみましたが、今回はせっかく初めてのバーに来たのにもう来なくなってしまうであろう例について書きました。パッと見何も起きていないようにしか見えない、バーでの出来事。

 

ある晩のバーのカウンターにて。


私の隣、カウンターの端で20代前半と思しき若者が一人ウイスキーを飲んでいた。私が一杯目のカクテルをオーダーしたときにはすでにグラスいくつかが目の前に置かれていた。若いのに綺麗な飲み方だった。雰囲気からこの店初めてなんだな、とわかった。

 

カウンターにはオーナーバーテンダーではない若いバーテンダーが立っていた。「次の一杯はどうしましょう?」と彼に聞く。若者は「今まで飲んだお勘定いくらですか?」と確認。「では何かおすすめを」と言ってあと何杯か飲み、カード使えることを確認してカードで払い、一言二言バーテンダーと話して帰っていった。


表面的にはバーでの日常の風景にしか見えない。私は一人で飲んでいて、彼とは何の会話も交わしていない。だが、彼はもう二度とこの店に来ることはないと確信した。そして私もいたたまれなくなってお勘定をもらって早めに切り上げた。

なぜか。実際に起こっていたことはこんなことだった。
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(写真は本文とは全く関係ありません)

 

振り返ってみよう。私が来た直後、数杯飲み終わった時点で彼は今までいくら分飲んだか確認してからバーテンダーのおすすめをさらに3杯ほど飲んだ。

それまで飲んだ値段を確認した時に彼は「じゃあもうちょっとだけいただこうかな」と小さな声で言った、気がした。

おすすめのボトルを数本見せてもらって彼が注文する時の注文の仕方も「説明聞いてどう聞いても一番よさそうなのはそっちだけれど、やっぱりそれは高そうだからこっちにしよう」というような頼み方だったように感じた。
おすすめされていたのは蒸留所限定のレアなボトルなど割と良いもの。おすすめされた一杯を飲み終わったら間髪置かずにその次何飲むか聞かれていた。
そして彼が最後にもらったお勘定は最初確認した額の倍以上だった。聞くつもりではなかったが聞こえてしまった。

その店は早い時間から飲み始めると安く飲めると知っていた彼は、その仕組みについてバーテンダーに質問したが、答えは彼のその晩の飲み方だと適用にならない、だった。

多分彼のその晩のご予算を大きく超えていたのだと思う。顔を曇らせていたように私には見受けられた。財布を開けて一瞬キャッシュで払おうとした後カードで払い、彼は何も言わずに帰っていった。

彼の気持ちを推察するに、途中で値段を確認したのだから当然バーテンダーはそんなに高い酒をおすすめしてこないだろう、という漠然とした信頼があったはず。そして割安に飲めるシステムがあることを知っていたからそれにも幾分か期待していたはず。

だが結果としてその信頼や期待はかなわなかった。

財布と相談しながら飲んでいることが分かっていたのだから、おすすめのボトルを出すときにどんなボトルなのか説明すると同時に一杯おいくらか教えてくれてもよかったのに。あるいは「ご予算だいたいどれぐらいですかね?」と聞いてくれてもよかったのに。そして「こう注文すれば割引になりますよ」という説明をしてくれてもよかったのに。お勘定お願いした後で「その飲み方だと割引にはなりません」と言われても。

飲み物だけで1万円弱というのは20代の普通の若者にとっては結構な額。彼にとってのこの店のデビューは苦いものに感じられたに違いない。だから彼はこの店にもう二度と来ることはないだろう。私はそう思った。

途中彼が飲んでいるボトルを見て「ん?」と思ったが口を出さなかった私も悪かったのかもしれない。「あーそのボトル私も次にもらいたいな、でもそれちょっとお値段張るんじゃなかったでしたっけ?」とでも言ってあげられれば良かったのか。

私も何かできることがあったのではないか、と考えたら飲んでいたウイスキーが苦くなった。そして私も予定より早く家路についた。

先日渋谷のエリックサウスに家族で行き、帰りに娘が「おとーさんカレーおいしかったねー!また連れてきてねー!」と興奮気味に言った時の3人分のお勘定と、今日バーで一人飲みしたお勘定がたまたまぴったり同じ値段だったことに気が付き、再び気持ちが揺れた。

 

 

一つ経験的に言えることがある。

グラスを飲み干してから次の一杯を聞かれるタイミングが早すぎて、あ、何だか急かされてるみたいだ、と同じバーで一晩に二度思った時は、バーテンダーにおすすめをもらうときには値段を確認するか、それがしにくいようであれば早めに切り上げた方がいい。そのまま飲み続けると、大抵自分が予想していたよりも大きなお勘定がやってくる。

そもそもバーで飲むペースはこちらで決めるものだ。時間をかけて開くまで待ってから飲みたいウイスキーもある。ボトルによっては3杯目に飲むものを1杯目の注文と同時に頼み、グラスをカウンターに置いたままにしておいて空気に触れされておく、というようなことをやるぐらいなので(もちろんその旨はバーテンダーには伝えるが)、頼んだウイスキーを時間をかけて楽しむこと、そして飲み終わった後グラスから立ち上がる香りの余韻や変化を楽しむこともショットのお値段に含まれている。サウナの後の水風呂の後の「ととのい」タイムみたいなものだ。

(ただし目の前のグラスが空いているのに無意味にオーダーせず長話したり、勘定を締めた後でだらだら長居するのは歓迎されないので念のため。)

自分にとって気持ちのいいペースで飲ませてもらえない時点でその店での居心地はよくないはず。飲みたいボトルがその店でしか飲めない、といったよほどの事情がない限りは深追いしないほうがいい。旅先でのバーでもない限り、お勘定貰って思った通りだったらまた来ればいいのだから。

ボトルをおすすめしてもらった時にたいてい値の張るものが出てくるバーもあれば、「これすごくないですか?」って安ウマボトルを持ってきてくれる店もある。「今日はあんまりいい日じゃなかったんですよ」とボソリというと何も言わずに私が好きそうなボトルを選んできてくれるバーもある。一見の客よりも常連を大事にしそれで喜ぶ常連客が多いバーもあれば、初めてのお客さんへのサービスを見て別の客が萎えてしまうようなバーもある。


仕事の帰り、家にたどり着く前のサードプレイスとしてのバーに期待するのは、お酒を介してリラックスして心地いい時間を過ごし、家に不機嫌を持ち帰らないこと。だがこの晩はそれが叶わなかった。

値段は聞かれなかったから言いませんでした。割引のシステムは当然分かっているものだと思ってました。予算言われなかったのでわかりませんでした。いくらでも言い訳はあるかもしれないけれど。

私にはニコニコ話してくれるけれど出入りの酒屋さんにはきつく当たるようなバーテンダーを見ると、部下に感情的にダメ出ししている自分の姿をビデオ再生して見せられているような気がして辛い。そしてこの人が私に良くしてくれているのは多分お金のためだけなんだろうな、と再確認してしまった気がして寂しい。

バーテンダーも自分が店に立っているときの売上が少ないとオーナーに詰められるのかもしれない。
その日の売上がその日の給料に直結しているのかもしれない。
その若者は一見の客でもう来ることはない、と思ったかもしれない。
その日の売上を数千円増やすためにやったことが、長い目で見れば店の評判を落として結局売上の面でもネガティブかもしれない。
若者にとっては授業料が高すぎてしばらくバーに行こうとは思わなくなったかもしれない。
そしてその若者だけではなく、隣にいた私のような客も居心地が悪くなって足が遠のいてしまうかもしれない。
「雇われ」だからそんなの関係ない、と言い切ってしまえばそうなのかもしれない。
そもそもそんなことは起きておらず、彼は満足して帰っていて酔っ払った私のただの勘違いだけかもしれない。


何が真実なのかは私にはわからない。

ただ一つはっきりしていることは、大抵の勤め人はそういう生々しくて心がザワつくようなことは昼間山ほど目にしているので、仕事の後にわざわざ金を払ってまでそんな光景は見たいと全然思わない、ということだ。こういうことに出くわすと、私にとってバーはサードプレイスではなく、世の中はやはり世知辛いのだと再確認する場所になってしまう。

 

バーでは見えないところでいろんなことが起きている。私は一人静かに飲むことが多いので、他のゲストが気にならないことまで拾ってしまっているだけかもしれないが。

普段はこういうことはあまり書きたくないし書かないのだけれど、あの晩彼の隣にいて私は何もできなかったことを後悔し、罪滅ぼしとしてこれを書いている。

あの日隣り合わせた彼にはまたバーに戻ってきてもらいたい。本当はバーはそんな世知辛い場所ではないのだから。

 

 

 

 

 

 

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