東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

キルケランの歴史を調べたら想像以上に面白かった

先日日本向けにリリースされたキルケラン2004年、15年熟成のオロロソウッドを飲んで大変感銘を受けた。これはファーストヴィンテージの276本限定だし価値あるものだと思い即ポチりたかったのだがウェブ上では残念ながら見つからず、在庫が残っていることを祈りつつ実店舗まで足を運んだ。

どのようなボトルなのかソサエティ風に表現すると「暖炉の前で真新しい革ソファーに座りながら楽しむ濃い目のグァテマラ産コーヒーと和栗のモンブラン」。長いよ。

輸入元の商品紹介のコメントは以下の通り。

キルケラン2004 オロロソシェリカスクは創業年である2004年蒸溜の15年熟成で、日本市場限定のシングルカスクカスクストレングスボトリング。リフィルバーボンホグスヘッドで5年間熟成後、オロロソシェリー樽で10年間熟成しました。

つまりオロロソフィニッシュというよりむしろバーボンとオロロソのダブルマチュアードなのね、と思いながら東中野Coffee Bar Gallageで美味い、美味いとアホみたいな感想しか言わず飲み、また別の機会にも改めて試す。

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でも何かが引っかかった。それが何なのかしばらく自分でもわからなかったが、1日経ってようやく気が付いた。

フィニッシュでとても素敵なエステル香がするのだけれど、これはオロロソ樽の後熟で出てくる香りではなくバーボン樽に由来するものに思われる、すなわち最後に熟成させたのはシェリーではなくバーボン樽なのでは?

そう思い気になって仕方がなくなったので別のバーでもう一度飲んだ。何の確信もない。お店の方にも聞いてみたけれどよくわからない。気のせいかなあと思ってふとボトルを手に取ってみたらバックラベルにはこう書いてあった。

This Kilkerran Single Malt Scotch Whisky has been matured for ten years in a fresh oloroso sherry butt, followed by five years in a refill bourbon hogshead.

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やはり先にオロロソ10年熟成、後からリフィルのバーボンホグスヘッドにて5年熟成と書かれており、インポーターの説明と熟成の順番が逆。ビンタしてから抱きしめるのと抱きしめてからビンタするのではだいぶ意味が違う気がする。(喩えが無茶苦茶なのは承知の上ですが、シークエンスが重要ということです)


Whisk-eさんのコメントが先入観として左脳に入っていたのだが、私にしては珍しく直感、すなわち右脳が勝った。

でもそもそもなんでグレンガイル蒸留所なのにキルケランというネーミング?どういう歴史なんだっけ?どうしてこんなハイクオリティなのにあまり人に知られていないしこんなに割安なんだっけ?といろいろと気になって夜も眠れず、ご飯も食べられず、酒も飲めず、美女が声掛けてくれたのにも気づかず、サウナにも入りたくないという魂が抜けた状態になってしまったのでキルケランについて調べ始めたら想像していたよりもはるかに面白いストーリーがそこにあった。

せっかく調べたのだし、たまにはウイスキーブログにふさわしい記事を書いた方がいいかと思っているところに「テイスティングコメントもレベル低いしただのおっさんらしいよーキャハハー」とマクドナルドで隣り合わせたJKがdisってたというあながち否定できないツイートが回ってきた夢を見たので以下まとめてみました。

 

蒸留所概略

キルケランはスプリングバンク、グレンスコシアに次ぐキャンベルタウン3つ目の蒸留所であるグレンガイル蒸留所で作られるシングルモルトウイスキー。1872年に操業を始めたが1925年に閉鎖。

2000年に「大人の事情(下の歴史参照)」もありスプリングバンクが閉鎖された蒸留所跡を購入、閉鎖蒸留所では珍しく閉鎖前の建物をそのまま活かす形で2004年に操業を再開。

スプリングバンクと原材料の多くを共有したり同じ職人が作っているのにもかかわらず少しの製法の違いが大きなテイストの違いになる、というウイスキーの奥深さを体現している蒸留所。

この記事の一番下にある蒸留所長のフランク・マクハーディ(Frank McHardy)氏のインタビューのYouTubeのビデオを見ていただければ蒸留所やキャンベルタウンの雰囲気が分かる。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきました、蒸留所のシンボルマークと全く同じ構図の景色。鯨さんのブログはこちら) 

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歴史

グレンガイル蒸留所は1872年にスプリングバンクを経営するミッチェル一族のウイリアム・ミッチェルによってスプリングバンク蒸留所の400メートル先で創業され、翌年操業開始。ウイリアムの独立のきっかけは農場で飼っていた羊を巡る兄弟喧嘩(!)の末に当時の共同経営者だったジョンと袂を分かったためだと言われる。逆に言うと羊で兄弟喧嘩していなければキルケランはなかったということ。まあもともと兄弟仲が悪かっただけで羊はただのきっかけだと思いますが。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきました、ロゴの中の教会、The Lorne & Lowland Churchを望む景色。鯨さんのブログはこちら) 

キャンベルタウンは大麦とピートの生産地だったこと、雨が多く水に事欠かないこと、港からすぐにあるクロスヒルロッホという湖の水がウイスキー造りに適していたこと、マクリハニッシュ炭田から数キロと近かったこと、キャンベルタウンの港が大西洋の荒波を避けることができアメリカへの輸出や需要地グラスゴーへの出荷に向いた良港だったことなどの好条件が重なり栄華を極め「世界のウイスキーの首都」と呼ばれた。


19世紀後半のピーク時には24*1もの蒸留所が操業、1891年の人口はたった1969人だったのにイギリスで一人当たり所得が最も高い街(当時のイギリスは世界最先端だったのでおそらく世界一)となり繁栄を謳歌

しかし1920年アメリカでの禁酒法導入、鉄道の開通によりより軽やかなハイランドモルトが入手しやすくなったこととブレンディッドウイスキーの隆盛、質より量を求めるウイスキーの粗製乱造、大恐慌による需要の減少を経て多くのキャンベルタウンにある蒸留所が閉鎖となった。


グレンガイル蒸留所も同様の憂き目に会い1919年にWest Highland Distilleriesに売却され、1924年には300ポンドで再売却された翌1925年に閉鎖。1925年4月8日にすべてのストックを競売にかけ売り払ってしまった(とされていた)。

閉鎖後すぐに建物はキャンベルタウンのミニチュアライフルクラブに賃貸され、その後農業関係の会社の貯蔵庫や販売事務所として使われたため、閉鎖されたキャンベルタウンの蒸留所の中でも最も保存状態が良く、それものちに再建される理由の一つとなった。

1940年代に蒸留所とグレンガイルの商標がブレンダーのブロックブラザーズ(Bloch Brothers、グレンスコシア蒸留所も保有)に買収され、その時蒸溜所再建計画もあったものの第二次世界大戦のせいもありご破算に。その時まだ実は若干のストックが残っていたらしい。

1957年にはキャンベルヘンダーソン(Campbell Henderson Ltd)の下で復活させる計画もあったがこちらも適わず、その後蒸留所跡地はライフル射撃場などとして使われた。

1970年代までにはキンタイア農業協同組合の本部、フロアモルティング用のスペースは事務所となりキルンは動物用飼料の袋詰め作業場となった。

2000年にヘドリー・ライト(Hedley Wright、スプリングバンク蒸留所を保有するJ&A Mitchell and Co Ltd.の現チェアマン、スプリングバンク創業者Archibald Mitchellの玄孫(4代後)、グレンガイル蒸留所創業者のウイリアム・ミッチェルの4代後の甥にあたる)が旧蒸溜所を購入、ミッチェル家の手にグレンガイル蒸留所が再び戻った。

実はこの蒸溜所再建プロジェクトの背景には大人の事情が。当時スコッチウイスキー協会(Scotch Whisky Association)がスプリングバンクとグレンスコシアの2つの蒸留所しか残っていなかったことからキャンベルタウンをウイスキーの産地呼称(ワインでいうところのアペラシオン)が許される地域としての認定を取り消そうとした。そのためスプリングバンクあるいはミッチェル家としてはウイスキー産地としてのキャンベルタウンの名前を守るため、街で操業している蒸留所の数を最低3つに増やす必要があったのだ。


「基本的にグレンガイル蒸留所設立は”Springbank’s big middle finger to the SWA”だ」、と某所に書かれていて個人的に超ウケた。

そして2004年、キャンベルタウンで100年以上ぶり、スコットランドで21世紀になって初めての新設蒸留所となるグレンガイル蒸留所が再建され蒸留が始まる。

先述の理由で極力コストを掛けずに第三の蒸溜所として認められるだけのアウトターンを産み出す必要があったことが、贅沢としてではなく必然として昔からの製法での少量生産という理想のウイスキー造りにつながっていく。そして広告宣伝費もほぼないため多くの人はそのクオリティに気づかないままでいる。 

設備

スプリングバンク蒸留所でフロアモルティングされ軽めのピートを焚いた麦芽が運ばれ、かつてクライゲラヒー蒸留所で使われていたモルトミルで粉砕され、半ろ過式のマッシュタンで透明なウォートを作り糖化。

それをボートスキンラーチ*2で作られたウォッシュバックで酵母を加えて発酵。ボートスキンラーチを使って長時間発酵させるとフルーティーウイスキーができるとのこと。

そして閉鎖されたベンウィヴィス蒸留所から移設されたポットスティルを用いて蒸留。
ベンウィヴィスはスプリングバンク蒸留所長のフランク・マクハーディ(Frank McHardy)が1963年からウイスキー造りのキャリアをスタートさせたインヴァーゴードン蒸留所内にあり1965年に操業開始、1977年に解体された。あまり使われていなかったというポットスティルは傷みも少なかったそうだ。ちなみにそのままの姿では石造りの建物に入らなかったので蒸留釜のショルダーの部分がより丸まっている。

また気化されたアルコールをコンデンサー(冷却器)に導く釜の上部から出ているラインアームもやや上向きに調整され、一部のアルコールが釜に戻されることによって軽やかで香り高いウイスキーができる。設立当初から軽いピートと軽快なキャラクターを狙って製造されている。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきましたグレンガイル蒸留所のポットスティル、鯨さんのブログはこちら)

設備レイアウト・設計はおなじみロセスにあるフォーサイス社が担当、上記写真で中二階部分にある設備は作業効率や昔からのしきたりもあって高さが同じにそろえられている。

設備のうち6割は新設、残りは他の蒸留所で使われていたもの。先述のポットスティルの他にもコンデンサーやスティルセーフやスティルレシーバーもベンウィヴィス蒸留所から移設された。麦芽を粉砕するモルトミルはクライゲラヒ蒸留所で使わなくなったものをタダで譲り受けてメインテナンスし使っている。

なぜグレンガイルではなくキルケランなのか

一義的には現在グレンスコシア蒸留所を保有するロッホロモンドディスティラーズがブロックブラザーズからグレンガイルの商標権を引き継ぎ、現在も保有しているため。
かつてFraser MacDonald Distillery名義でGlen Gyle 8 Yearsというヴァッティッドが出ている。そのヴァッティッドモルトとの混同を防ぐためもありキルケランと名付けられた。

thewhiskeyjug.com


グランスコシア蒸溜所が再開した際にスプリングバンクがご近所のよしみでウイスキーの製法の改善を手伝ったという記述もあるけれど、「そこまで手助けしたのにグレンガイルの商標を譲ってもらえなかった」という恨み節に聞こえなくもなくて、それもまた人間臭くて面白いと思った。ただしグレンスコシアの公式HPにもグレンガイル蒸溜所の復活のおかげでキャンベルタウンの蒸溜所の数が3つになってウイスキー産地の呼称が守られた、とちゃんとクレジットされている。

キルケランはキャンベルタウンの街ができる前にここに入植したアイルランド十二使徒の一人聖キエランの名に由来する。
キャンベルタウンはもともとゲーリック語で「聖キエランの教会がある湖のほとり」を意味する「キンロッホキルケラン」という名前の街だった。

またあまり表立って言われることの少ない理由がかつてのスプリングバンク黒歴史によるもの。一時ピートが効いて重厚なキャンベルタウンのウイスキーが軽やかかつ華やかなスペイサイドのウイスキーに席巻されて売れ行きが低迷し、また粗製乱造でブレンダーからそっぽを向かれて多くの蒸留所がバタバタと倒産していた頃、スプリングバンクは生き残りを賭けてプライドを捨て「ハイランドウイスキー」を名乗っていた時期があった。あのキャンベルタウンのプライド高きスプリングバンクがホンマかいな、と私も思ったがよく考えたらWest Highland標記のスプリングバンクが存在しているのでガセではない。

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2004年の復活にあたってはハイランド/スペイサイド*3ウイスキー(=黒歴史の存在)を連想させる「Glen」という名をつけずキャンベルタウンの伝統的なウイスキーであることを象徴するキルケランという名前が相応しいとされた。

キャンベルタウンがウイスキー産地として認められなくなってスプリングバンクやグレンスコシアが「ハイランドウイスキー」の一つとされるかもしれなかったことに抵抗してスプリングバンクが旧グレンガイル蒸留所を買収して再建したことを考えると、仮にグレンガイルの商標をロッホ・ロモンドグループから譲ってもらえたとしてもグレンガイル蒸留所で作られるウイスキーの名前はグレンガイルではなくキルケランというキャンベルタウンを象徴する名前にしていたのではないか、と私は思う。
 

世間の評価

Whiskybaseの点数を見る限り、最もコストパフォーマンスがいい蒸留所の一つと言わざるを得ない。

オフィシャル12年46度という最もスタンダードな1本のWhiskybaseでの評価は素点で86.32/100点、調整後86.52点*4となるが、本体価格5000円以内でいつでも買える(「本数が少ない=貴重なもの=美味いに違いない」バイアスがかからない)ボトルとしては破格のレーティング、1点あたり55.5円というとんでもないコストパフォーマンス。これ貰って喜ばないウイスキー好きがいたらびっくりするわ。

直近発売された15年熟成のカスクストレングスシリーズも軒並み90点台弱と高評価、どこかのバーで見つけたら試されることを強くお勧めします。

 

 


キルケラン 12年 700ml 46度 箱付

価格:4799円(税込、送料別) (2019/12/17時点)

 

参考


Frank McHardy taking us through the whisky history of Campbeltown and Mitchell's Glengyle Distillery

http://jp.mahorobi.com/column.html

https://scotchwhisky.com/whiskypedia/1859/glengyle
http://springbank.scot/about/story/
https://whiskymag.com/story?the-times-they-are-a-changin-springbank
https://en.wikipedia.org/wiki/Glengyle_distillery
https://www.whisky.com/whisky-database/distilleries/details/glengyle.html

 

 

 

*1:一説には34ともいわれる

*2:カラマツの一種、ボートの外装に使われフルーティーウイスキーを産み出すとされる

*3:かつてはスペイサイドはハイランドの一部とされていた

*4:上位評価2.5%と下位評価2.5%を切り捨てして調整、極端な人の極端な評価を避けることができるため個人的に重宝している