2時間半だけネコの飼い主になった話
我が家に新しい家族がやってくることになった。2歳半のオスネコのザザくん。飼い主だったご夫婦に最近生まれた赤ちゃんが、発疹や鼻づまりなどネコアレルギーとみられる症状に苦しんでいるので引き取り手を探しているという話がネット経由で家人にやってきて、我が家に里子に来ることになったのだ。
ザザくんはメインクーンというネコの中で最も体が大きい種類。写真は知り合いが飼っている別のメインクーンだが、どれぐらい大きいかはわかってもらえるだろう。成猫では体重10㎏を超えるものも少なくない、というからラブラドルレトリバーの一回り小さくなったぐらいかもしれない。
私がツイッターで流れてくるネコの動画をいつも見ているので、家人が「見るだけでも見に行ってみよう」と最近保護ネコ譲渡会のようなところを見つけてきては連れて行ってくれていた。家人もムスメも皮膚科に行って猫アレルギー検査をし、そこまでひどくないことが分かったのでチャンスがあればネコ様を我が家にお迎えしようかと話していた。
奄美大島では希少生物であるアマミノクロウサギを守るためにネコの駆除が行われていて、そこで保護されたネコの譲渡会に行った際に一匹引き取ろうかと思ったのだが、人慣れしていない野生のネコは緊張していて固まったまま。
ネコを一度も飼ったことのない我が家で果たして育てられるのか正直自信がなかった。
そんな中でザザくんの話が飛び込んできた。飼い主の方から「しつけもできていておっとりして頭もよく、飼いやすい子ですよ」と言われ、「お譲りした後もザザのことを見に行ってもいいですか、たまに動画を送ってくださいますか?」と聞かれ、飼い主の身勝手な事情で手放したがっているわけではないことが分かり、安心感とともに我が家に家族として迎える勇気が出た。
そしてついに今週土曜日にザザが我が家に来ることになった。
水曜日ぐらいからは家族3人何だかそわそわし、いつもよりも家の中の整理整頓が進み、夕飯の食卓の話題はザザくんの話ばかり。ベッドをどこに置こうか、旅行に行くときはどうしよう、カットはどれぐらいの頻度なのだろうか、爪は我々上手に切れるかな、などなど。家人もムスメもなんだか楽しそうで、我が家の雰囲気がいつもの2割増しぐらい明るくなった。
そして待ちに待った土曜日。ザザくんが来るのが待ち遠しくて時間の経過が遅く感じられるようになることが自分で分かっていたので、気を紛らわせるためにいろんな作業をした。バイクが納車された日もこんなにそわそわしなかった。
在宅勤務が始まって以来IP電話だのラップトップPCだのの配線が戦場のように散らかっていた書斎を徹底的に片付け、シスコのIP電話の電源アダプタが弁当箱みたいに巨大なことに殺意を覚え、こんな綿ぼこりはどこから来るのだろうと思いながら丁寧に掃除機をかけ、家を建てて初めて家の外壁を自分で高圧洗浄機できれいにし、途中で昼食をとり、さらにガレージを掃除して3月の連休に京都に行って以来汚れたままだったクルマも洗った。
洗車の最後で約束の3時が近づいてきたので慌てて仕上げ、シャワーを浴びて着替えていたら飼い主のTさんがご夫婦でクルマでやってきた。生後3か月の赤ちゃんと、2歳半のザザくんと。
30代半ばぐらいのご夫婦か。ちょっと緊張されていたが人の良さそうで日に焼けたお顔のご主人。奥さんはご挨拶されたとき少し鼻声だったが、後から伺ったらザザとの別れが辛くてクルマの中で泣いていたそうだ。
大人が両手で抱えて3往復しなければならないほどの荷物を車から降ろして家へ。ネコのサイズがサイズなだけにベッドもトイレも両手で抱えるほどの大きさ。自動エサやり機は時間になったらエサをあげられるのはもちろん、外からでもスマホでエサやりができる上にカメラを通してネコの様子が見られるとのこと。すげえ。自動給水機や気に入っていたネコのおもちゃ、おやつもあった。
ザザくんはキャリーバッグの中に入って大人しくしていた。ベッドを置くことになるリビングでバッグから出たザザくんは、部屋を一周したあと階段をすたすた降りていく。そして1階の玄関に置かれたTさんのベビーバギーの後ろに隠れたまま出てこない。飼い主が泣いていたりして何かおかしい、と頭のいいザザは分かったはず。自分が逆の立場ならとても不安に感じるはずなのでそれも仕方ない。
頂いたものの使い方を説明してもらい、久しぶりに見る赤ちゃんがかわいくてリビングで一緒に遊ぶ。それでもずっとザザは玄関から出てこない。見に行ってザザ、ザザ、と何度か呼ぶとようやく私の方にやってきたが、するりとすり抜けて行き止まりになっているエレベーターの扉の前へ。エレベーターのボタンを押して扉が開いたらめちゃくちゃびっくり、そして何とかエレベーターに乗らせたら動いてまたびっくり、扉が開いて三度びっくり。リビングのある3階に戻ってこれで少し落ち着くかな、とみんなで話していたらまた階段を下りて玄関まで戻ってしまった。バギーの後ろ、玄関の角で隠れて瞳孔を大きくしたまま微動だにせずこちらを見ている。かわいそうなので慣れるまでそっとしておくことにした。
コーヒー淹れてイチゴ食べながらしばらくTさん夫妻と飼い方の相談や世間話をし、「いつでもザザくんに会いに来てくださいね」といってLINEのアドレスを交換。そして「そろそろ失礼します」となって玄関まで全員で降りる。泣きそうになってしまう奥さんは赤ちゃんを抱いて先にクルマの中へ。私は玄関でザザくんを抱っこし、ご主人が「ザザ、元気でね」と別れを告げる。ザザは左足で私の腕をゆっくり、何度も蹴る。ああ、この子は別れを分かっているんだ、そう思った。そしてご主人が再び別れを告げに来た。
ザザくんをムスメに任せ、私はクルマの誘導を兼ねて外に出てT夫妻に手を振った。
家に戻ると、ザザくんはリビングの角にあるソファーの下に隠れてずっと出てこない。大好きだと聞いていた猫じゃらしで誘うものの、また角にうずくまって真っ黒な瞳孔を開いて我々のことをじっと見ているだけ。ムスメは怖がらせてはいけないといつもより静かな音でピアノの練習をした。
もうこれはあまり構わずに、お腹減って出てくるのを待つか、何だかあっちは楽しそう、行ってみようか、と思わせる雰囲気にするか、最悪ネコが大好きなチュールで釣るしかないか、という結論に達した。私はチュールを買うついでにランニングすべく着替えてリビングでストレッチ、家人は夕飯の準備、ムスメは学校の宿題に取り掛かった。
そんな中で突然家人の携帯のLINEの電話が鳴った。Tさんから。家人が「ザザくんはまだソファーの下に隠れて出てこないんですよ」と状況を説明したが、表情が曇る。ご主人が泣きながら電話してきていると私にジェスチャーで知らせる。
「はい、わかりました。お願いします」と家人は言った。ああ、そういうことか。私もすぐに分かった。
Tさんのご主人は電話口で「玄関口で最後のあいさつした時にザザが『捨てるんだ』って顔をしたのが忘れられなくて、大変申し訳ないですがやはりなかったことにさせてもらえませんか、今からすぐに引き取りに行きます」と泣きながら言われたそうだ。
家人と私でセットしたベッドや砂を入れたトイレ、全自動エサやり機などを無言でまとめているうちに、再びご主人が一人でクルマでやってきた。ザザくんはまだソファーの下に隠れたままだ。「本当に申し訳ありません、ブサイクで」。普段通りの顔でそう謝られた後、ソファーの下にいるザザに声を掛けた。
ご主人が呼べばすぐに出てくると思ったけれど全然出てこない。ストロング、というザザの好物を出せば出てきますよ、とご主人はおっしゃってそうしてみるものの、身動き一つしない。結局二人がかりでソファーを動かし、ご主人がザザを抱え上げた。「ザザ、よかったな」。私は思わずそう声が出た。
ザザは慣れ親しんだキャリーケースの中に納まり、再び恐縮しながらお詫びをされたご主人とともに海の近い東京の真ん中にある家に帰って行った。ドイツ製の大ぶりの四駆のセダンのフロントのタイヤがリアと比べて摩耗が目立った。たぶんご主人はああ見えて飛ばし屋なんだろうな、となぜかそんなことを思いながら小さくなっていく車を見送った。
ザザくんの写真の一枚も撮る余裕もなく、2歳半のオスのメインクーンの飼い主になっていたのはわずか2時間半だけだった。
私は日課のランニングに出かけ、帰ってきてシャワーを浴びて渇いた喉に冷たい辛口の白ワインをたくさん飲みながら、家族で言葉少なに夕食をとった。すぐに酔いが回ってさっきまでザザがいたソファーの上でうたた寝し、いつもより早く寝て早く起き、一度も使ったことのなかったカバーを掛けられたピアノと急ごしらえで白いシーツを掛けたリビングのソファーを眺めながらこの記事を書いている。
瞠の油めんリスペクトを家で作ってみた
Stay Homeで出かけるのは食料品の買い出しぐらい、食べ物で紛らわせないとツラすぎるので自分の好きな瞠(みはる)の油そばリスペクトを自分で作ってみることにした。
恵比寿で働いていたときはよく食べたよ瞠の油そば。
出来合いのものはメンマのみ。味玉、タレ、チャーシューその他は自力で作る。
在宅勤務だと鯛の昆布〆とか味付け玉子とか燻製とかそういう時間かけて後から楽しむ料理やりたくなるな
— 子供銀行券 / funny money (@tk_whiskeykitan) 2020年4月8日
まずは買い物だ。
【買い物リスト (3人前)】
豚ロースの塊肉 (鍋に収まり切りそうな一番大きなやつ一択、どうせツマミで食べる)
しょうゆ (1リットルのペットボトル買っとけ)
中華麺 (比較的入手しやすいものでおすすめはマルちゃんの中華極太麺)
長ネギ1本 (まるっと1本使うわけではないが余ってたら簡単にツマミができる)
しょうが
玉ねぎ1-1.5個 (量はお好みで、できれば新玉ねぎ)
玉子 (味玉作っておけばどうせツマミで食べる)
メンマ
ニンニク (もしくはチューブ入りすりおろしニンニクかニンニクパウダー)
茅乃舎だし (あると旨い出汁が簡単に引けて食生活が劇的に向上するので送料無料キャンペーンの時にポチってみてほしい、なければかつお節の使い切りパック二袋)
海苔 (お好みで)
砂糖、酢
チャーシューづくり
まずチャーシューを作る。
必要なものは豚肉、しょうゆ、長ネギの青い部分、しょうがだけ。豚肉は記事の中ではバラ肉となっているが、おすすめは脂が少し入っている肩ロース。脂がくどくなく、肉の旨味が味わえる。
最初にしょうゆを沸騰させるときに吹きこぼれるリスクがあるので深めの鍋がおすすめ。深めの鍋がない時は強火で沸騰させず、中火で沸騰させる方がよい。あとは30分煮て、肉をひっくり返してさらに30分煮るだけ。
そんで大事なことは煮たときのしょうゆを温存しておくこと。次のチャーシューづくりの時に再利用するのと、これを使って味玉を作る。
味玉づくり
冷蔵庫に入れてあった卵は沸騰しているお湯に入れて7分ぐらい茹でれば黄身の外側がしっかり、中がトロっとした半熟卵に。
鍋に入れるときはお玉に入れてそっとお湯に落とさないと割れるリスクがあるので念のため。茹で上がったら冷水にさらしてから殻をむく方がむきやすい。
旨さのコツは水分を減らすこと。剥き終わったらペーパータオルで拭いてくるんで水分飛ばしておくといい。ビニール袋に剥いた半熟卵を入れ、そこにチャーシュー煮たときのしょうゆを入れて冷蔵庫で1日、2日寝かせる。お好みでめんつゆ、コショウ、花椒やラフロイグなど入れてください。
どうせツマミで食べるので4つとか6つまとめて作るのがおすすめ。
油そばづくり(ようやくかよ)
こちらが瞠の恵比寿店の油そば完成形。もちもちの玉子麺の下に魚介系スープがあり、「よくかき混ぜてお召し上がりください」と言われる。奥には玉ねぎみじん切りがあって口の中をさっぱりさせてくれる。右側はフライドオニオン。
玉ねぎは辛みを抜きまたシャキシャキな食感になるように冷水にさらす。普通の玉ねぎの場合は少し長め(15分ぐらい)に水にさらさないと超辛い。水から上げたらきっちり水切りしないと出来上がりの味がぼやける。
フライドオニオン、なくても大丈夫だが私はチャーシュー作った時に浮いてくるラードで長ネギのみじん切りを焦がし気味に揚げ焼きにして作る。
そして味を大きく左右するタレの作り方。
フライドオニオンというか長ネギ取り出した後のラードにお玉一杯分のチャーシュー煮たしょうゆを加え、すりおろしニンニクひとかけ分、おろししょうがをお好みで、砂糖小さじ1杯、酢大さじ2-3杯(お好みで)、茅乃舎のだしパック1袋を破って中身を投入、軽く煮切ってごま油を大さじ1。
あとは麺を茹でてしっかり冷水にさらし、ぬめりを取って水切りしてタレを入れた丼に投入、熱盛りが好きな人は麺を茹でたお湯を温存しておいて冷水にさらした麺をお湯に再投入して温めて湯切り。
刻んだチャーシュー、味玉、玉ねぎ、メンマと玉ねぎのみじん切り、長ネギの小口切りをトッピングし、最後に海苔を乗っければ完成。
字で書くと大変そうに見えるけど、チャーシューと味玉を事前に作っとけば意外と楽勝。少々分量間違えても全然大丈夫。
自宅勤務だと食べることぐらいしか楽しみがないので、ランチにささっと作ることをおすすめします。
豊島区のコロナ対策担当にバー向け融資について電話で聞いてみた
知り合いのバーの経営者に代わって豊島区の中小企業をサポートする部署である「としまビジネスサポートセンター」に電話してみた。電話窓口の混雑緩和のためにも、役所に電話する前に一読をおすすめします。
加えて前回書いた記事の最後の部分にある公的金融支援の受け方を読んでいただければ、概要は理解できるはずです。
電話での問い合わせ方
「コロナの影響を直接受ける飲食業、バーの個人事業主(もしくは法人)なのですが制度融資や保証、利子補給制度について教えてください」
4月の売上の試算表を作っていただき、確定申告書で昨年4月の売上と比較して10%以上売上が減少する見込みであれば融資対象となります
借入にあたって必要なもの
借入申込書 (豊島区の分はこちらでダウンロード可能)
個人事業主の直近の住民税納税証明書のコピー (区の税務課で入手、ただし入手しなくても区が自分で確認するので大丈夫)
直近の個人事業税の納税証明書のコピー(都税事務所で入手)
直近の所得税確定申告書のコピー (税務署の受付印が押された控え)
直近の決算書、収支内訳書
借入の流れ
取り急ぎまとめました。以上。
【緊急アピール】全ての誇り高きバーマンへ: 進むべきか退くべきかの考え方のヒント
最近一番気になっていることは、自粛要請と売上減のせいで一部のバーテンダーの方が「もう何をやっても無駄かも」と気持ちが折れつつあること。リーマンショックなどの修羅場を乗り越えたバーを愛する社会人の一人として、「学習的無力感」から脱し、建設的に考えるヒントを整理・提供したいと思います。
- はじめに
- まず考えるべきこと:この状況がいつまで続くのか
- 事態収束までに出ていくお金の合計額(A)の考え方
- 実際に事態収束までに出ていくお金の合計額(A)を計算してみる
- 店を閉めるための費用(B)の考え方
- 店を続けるべきか、閉めるべきかの判断
- 参考: コロナ対策での雇用調整助成金の概要
- 参考: 日本政策金融公庫からの公的融資その他の資金繰りの支援、借入/保証について
- 最後に
はじめに
犬を檻に入れて逃げられないようにし電気ショックを与え続けると、犬はなぜそのような罰を理不尽に与えられているのか理解できず諦めることしかできなくなり、檻が取りはらわれて逃げられるようになってもそのまま電気ショックを受け続ける。酷い実験だが、これが「学習的無力感」。
Wikipedia「学習的無力感」より
学習性無力感とは、長期にわたってストレスの回避困難な環境に置かれた人や動物は、その状況から逃れようとする努力すら行わなくなるという現象。
なぜ罰されるのか分からない刺激が与えられる環境によって、「何をやっても無駄だ」という認知を形成した場合に、学習に基づく無力感が生じ、それはうつ病に類似した症状を呈する。
大変失礼な言い方だとは承知しているが、SNSでは憔悴しきっているバーマンの弱音を目にすることが増え、一部には「何をやっても無駄かも」という「学習的無力感」が出てきているような気がする。
そもそも消費税増税後のコロナ感染拡大で夜の人出が減ってしまっているのに、さらにバーを名指しで自粛要請出ればノーゲストの夜も増えてさらに辛い精神状態になると思うので仕方のないことだと思う。長期化すると売上を上回る固定費支払いで手元から現金がなくなっていくわけだから。
私が許せないのが不安感を煽るように「政府は無策だ!このままでは我々は絶望だ!」とSNSなどでしつこく言い続ける人たち。助けが来ることはない、と誤解させて心の弱った人を追い詰める。
本来慎重かつ冷静に今後の対処策を検討すべき最も重要な時に、人々の恐怖心を意図的に煽って感情的に絶望させ、理性に基づいた冷静な判断から遠ざけるよう仕向けている連中を見ると、私は腹が立って仕方がない。
安倍政権のコロナ対策は無為無策であるという結論ありきで語りたい奴が「安倍政権はコロナの被害を保障しない」と言い放っている。彼らは弱者の味方をしてるつもりかもしれないが、セーフティネットを自力で調べることも出来ない弱者に対して救いの手が無いという誤情報与えて追い詰めてるだけだ。
— しわすみ (@s_w_s_m) 2020年3月29日
バーマンがセーフティネットを自力で調べられない弱者だとは私は全く思わないが、救いの手がそこにある。頭の整理のためお役に立ちたく、以下書いていきます。
まず考えるべきこと:この状況がいつまで続くのか
それが分かればだれも苦労しない、という質問であることは百も承知だが、「この状況がいつまで続くのか」の予測が一番肝心。
データポイントがなかなかない中で参考にできるのが真っ先に感染を封じ込めた中国の例。以下がざっくりとしたタイムライン。
2月初旬: 新規感染者の増加がピークアウトし減少に転じる
2月末: ホテルの8割が再開
3月中旬: レストランの7割以上が再開
つまり中国では感染拡大がピークアウトしてから1か月半ほどである程度サービス業が正常化した。
日本で感染拡大のピークはいつ来るのか、まず推測してみてほしい。それに1か月半から2か月ほど足せばどのタイミングで飲食業が(ある程度)正常化するかの予想ができる。
ただし感染爆発により医療崩壊で大量の死者を出している海外と異なり、日本は患者数のピークの高さを極力低くする代わりに収束まで時間をかける戦略をとっていることを考慮する必要があるかもしれない。
仮に6月ごろに日本での感染拡大のピークが来るとすると、8月ぐらいから通常に近い営業が可能になると考えることができる。違う言い方をすると今から4か月は苦しい時期が続くということになる。
もちろん感染拡大のピークが4月末、5月にも来ると考える人がいても反論するつもりはない。念のため。
また通常の風邪やインフルエンザ同様、秋から冬にかけて再流行し、感染拡大の第二波が来ると考える慎重な人もいるかもしれない。感染拡大のピークアウトが遅れて冬に近づけば近づくほど第一波と第二波が近づいてしまう恐れはある。
店を続けるべきか否か考える際の頭の整理
釈迦に説法ではあるものの究極的には以下の二択となる。
選択肢1
持久戦で目先赤字を出しながらも営業をこのまま続けていく
OR
選択肢2
一度撤退して収束後に再起を図る
1か2かどちらがいいか考えるにあたって重要な点は以下の2つ。
A. 事態収束までいくら手元からお金が出ていくか
= ( 事態収束までの長さ(月) x ひと月当たりの赤字額)
ただし重要なことはこの額は (手元資金 + 借入可能額) を上回ることはできない
B. 店を閉めるにはいくらかかるのか
= (店の原状回復費用 + 賃貸契約の違約金 - 保証金・敷金返還額) + その他費用
(+復活するときにかかる再出店費用)
AがBを(大幅に)上回る、すなわち「事態が収束するまでに出ていくと思われるお金の合計額」が「閉店のための費用」を明らかに大幅に上回る可能性が高ければ、一度撤退するのも一つの判断になるだろう。
当たり前だが選択肢1の持久戦を永遠に続けられる人はいない。
「バーの灯りを消さない」という矜持は尊敬に値するけれど、長期化して赤字が広がり再起不能なダメージを負ってしまうよりも、事態が収束した時にまたそのバーマンに違う場所ででもお会いできた方がバーを愛する客の一人としては嬉しい。
ではAとBを計算していくためにさらに整理していく。
事態収束までに出ていくお金の合計額(A)の考え方
先ほども書いたように、
事態収束までに出ていくお金の合計額(A)
= ( 事態収束までの長さ(月) x ひと月当たりの赤字額)
となる。
繰り返すが非常に重要なことは、この額は (手元で保有する自己資金 + 借入可能額) を上回ることはできない。上回ってしまうと資金繰り破綻でゲームオーバーとなってしまう。
予想されるひと月あたりの赤字額についてはこれはお店をやっていらっしゃる方が一番よく分かっているはずなのでここでは語らない。
現金流出額をいかに小さくしていくのか、すでに皆様様々工夫されていると思いますが念のために考えられる対策の例を以下に整理する。
● 仕入れ額を減らす
(家にあるボトルを持ってきて新しく買わない、ビールサーバーを止めて缶・瓶ビールにする、アルコールスプレーとペーパータオルを置いておしぼりレンタルを止めるなど)
● 賃料の減免、支払い猶予を不動産オーナーと交渉する
(国土交通省も業界団体に要請を行っているため無茶苦茶な話ではないし、今テナントが廃業して出て行っても新しいテナントは今後しばらくは見つからない可能性が高いので家賃下げても入居し続けてもらった方がオーナーにしても得で交渉の余地あり)● 雇用調整助成金の申請 (スタッフを使っている場合)
(従業員を休業させるが給料を出すとき、雇用を継続するときに国から出る助成金、休業手当もしくは雇用を維持する場合は賃金の8-9割が一日当たり上限8330円まで助成され返還の必要はない、詳細は最後にまとめてありますのでご覧ください)● 自分もしくはスタッフの給与支払い時に納めている社会保険料の支払い猶予の要請
(厚生年金など、詳細はこちらのP.34をご覧ください)● 昨年分の所得税・消費税の納付期日4月16日(再延長される可能性あるが)を口座振替の納税にすることで納付期限を5月16日、19日まで延長
(詳細はこちらのP.35)
もしくは納税の1年猶予の申請 P.36、37
税務署も税金支払う意思はあるけれど支払えない人には親身に相談に乗ってくれる)● 電気・ガス料金の支払い猶予申請
(上記リンク P.38)
実際に事態収束までに出ていくお金の合計額(A)を計算してみる
ではより具体的に以下のケースを考える。
12坪程度の広さのバー、オーナーバーテンダーが一人で営業
店の家賃: 月坪当たり1万5千円として月18万
水道光熱費その他費用: 月7万
月の仕入れ費用: 月10万円
ローン返済額: 月5.25万円
(開店費用が600万円、その半分の300万円を5年のローンで2%の金利で均等返済していると想定)
自分への給料: 月20万通常時のひと月当たり費用合計 約60万円
まず上に書いた経費削減策を実行。
家賃が3割免除もしくは1年後から1年間3割増しで支払う猶予の交渉。
仕入れを半分に。
水道光熱費の猶予。
銀行に返済猶予を求める。毎月2.25万円の返済にリスケジュールしてもらって3万円支払い削減。
これで約18万円コスト削減でき、費用は月42万円。仮に苦しい中でも1日あたり4000円の売上げがあるとすると月25日の営業で売上10万円、赤字額は月32万円。
なお上記の支払い猶予などすべてトライしたうえで店を一時休業にするという選択もある。その場合は仕入れが基本ゼロ、水道光熱費も基本料金程度。
何もしない場合、コスト削減実施後、休業のそれぞれのケースにおいていくらお金が出ていくのかをまとまると以下の通り。
それぞれの場合について、現在の状況がいつまで続くとお金は合計でいくら必要になるかをまとめたのが以下の表。
上の表をグラフにすると以下の通り。手元資金(自己資金と借入)が250万ある場合は黄色の点線、400万円ある場合はオレンジの点線で、点線と斜めの線がぶつかるところが資金繰りに行き詰まるタイミングを示す。
手元現金は現状減ることはあっても増えることは残念ながら考えにくいので、どれだけお金を借り入れられるのかというのが重要。当たり前だがお金が借りられれば資金繰りがつかなくなるタイミングが先送りされる。
据置期間の長い(=お金を返し始めるタイミングが先)の実質無利子の融資がセーフティネット融資として借りられる(後程細かく実際に借入ができたバーの例も含めて説明します)。
日々状況は変わっていて融資基準はどんどん緩和されているので、昨日融資を断られたからもう全然借りられない、とあきらめないことが非常に重要。
また忘れてはいけないのが減免・猶予はあくまでも「今すぐ返さなくてもいい借金」であって借金には変わりなく、いつか返さないといけないということ。上記の例では月に18万円ずつ借金が増えていくことになるので、念のため。ただしこれもセーフティーネット借入で将来のキャッシュフローで賄える可能性がある。
店を閉めるための費用(B)の考え方
縁起でもない、というのはよくわかっているが、名誉ある撤退を必要とされるケースもあるだろう。深手を負って再起不能になるよりは一度損切りしてコロナのワクチンが出来て混乱が終息してから復活するというのも一つの考え方だし、それはバーを愛している客に対するバーマンの様々ある誠実なチョイスの中の一つかもしれない。
撤退にあたって手元から出ていくお金の額はざっくり以下の通り。
店を閉める際に手元から出ていくお金の合計額(B)
= (店の原状回復費用 + 賃貸契約の違約金(もしあれば) - 保証金・敷金返還額) + その他費用(什器搬出・ボトル搬出保管など))(+ 金融機関借入の即時弁済を求められる可能性(もし借入があれば、ただし可能性は低い))
大家さんも急に退去されてもこれから1年以上はテナント見つからない可能性が高いので、空き家になるよりは賃料下げても現在のテナントにいてもらった方がいいと考えるかもしれない。だからいきなり退去届出すよりも不動産管理会社にまず賃料の減免・猶予の相談をしてみたらいかがだろうか。そして上記Aのシミュレーションを改めてしてみてから、撤退の決断をしても遅くない。
まず不動産の賃貸借契約書を確認し、原状回復についての取り決めがどうなっているか確認してほしい。前賃借人の内装をそのまま使って開業した場合、つまりいわゆる「居抜き」で開業した場合でも、退去するときにスケルトン渡しにする原状回復義務がある場合がある。
現状の内装をそのまま残すことができれば費用を安く抑えることができる。
また退去予告が通常3-6カ月前になっている場合はすぐに退去する場合その分の家賃(例えば6か月分)は大家さんに前払いをする必要があり、実質違約金となる。
恐らく敷金・保証金の月数と退去予告の月数が同じになっているケースが多いと思われるので、敷金・保証金の返還と相殺されてゼロになるケースが多いのではないだろうか。
つまりネットでの撤退費用は内装撤去にかかる原状回復費用とその他費用になるだろう。
一般的には内装撤去には坪数 × 10-15万円程度かかるといわれているので、先ほどの12坪の店のケースでいえば120-180万円程度。
その他費用は什器の搬出(製氷機や冷蔵庫、グラスなどは売却できる可能性も)、ボトル撤去と保管費用などが見込まれる。バー好きとしてはグラスやボトルは手元に置いておけることを心よりお祈りしている。
あと気を付けないといけないのは金融機関からのローンの返済義務。開店時に金融機関からお金を借りてまだ残高がある場合は、廃業すると期限の利益を喪失する可能性がある。平たく言うと商売やめるなら借金の残額を今すぐ全額返せ、といわれる可能性があるということ。
ローンの契約書(金銭消費貸借契約書)を見ると、通常は「著しい信用力の悪化が見られるときに期限の利益の喪失とみなす」と書かれている。廃業は「著しい信用力の悪化」に普通は該当する。
ただし金融機関は今回のコロナ感染拡大に関しては貸しはがしをするなと強く指導されているので、突然「今すぐ全額借金返せ」といわれる可能性は極めて低い。
ローンが残っているバーの経営者の方は廃業するしないにかかわらず金融機関担当者とは密にコミュニケーションをとることを強くお勧めする(まともな金融機関の担当者はすでに連絡を密にしていると思いますが)。またローンがない方でも、地元の信用金庫にとりあえず相談を始めるのがいい。信用金庫は地元の中小企業の味方で親身に相談に乗ってくれる。地元の商店街や商工会に相談するのもあり。
また見えない費用としては復活するときにかかる再出店費用がある。
敷金・保証金を払い、什器をそろえ、内装をまた一から始めないといけない。これは開店したときにいくらかかったのか覚えていらっしゃるであろうから割愛するが、一度撤退してから新たに開店するには原状回復費用と開店用の内装費、退去にあたっての違約金と新規開店にあたっての敷金保証金の2つについては往復ビンタ、二度払いになることは頭に置いておいた方がいいだろう。
仮に原状回復義務があり、営業を続けて赤字を出すのを回避するためにすぐに廃業するとすると上記のバーの例では120-200万円程度の廃業費用がかかると考えられる。また開店するにあたって借り入れているローンが残っていれば廃業していったん仕事・収入がなくなったのにそれを返済していく必要もある。
店を続けるべきか、閉めるべきかの判断
仮に保守的に見積もって10月から正常化すると考えた場合、これから半年間でいくらお金が出ていくかを確認。先ほどのシミュレーションでは大体200万円ぐらい。ただし各種減免分の18万円 x 6ヶ月分、108万円分は将来返済が必要なので借金が増えている形になる。
廃業するとするとすんなりいって120-200万円程度。だが仕事がすぐに見つかるとは限らない。失業保険を受給することもできるが、20万円の給与だったとするとその5-8割程度の支給となる。そして復活したときに開店するための費用を仕事を新たに見つけて稼がないといけない。
これのどちらがいいかという究極の選択。
バーに行きつけている客の見方からすると、コロナ感染拡大が起きる前、損益分岐点をしっかり超えて売上が上がっていて固定客もついているようなバーであれば、店を続けても踏ん張っていかれる可能性は比較的高いと思う。
逆にコロナ前からあんまり儲かっていなくて損益分岐点をなかなか超えられなかったようなお店だと、コロナ収束後もしばらく景気は悪くこれまで以上に客の財布の紐はきつく締まったままで損益は悪化すると思われるので、その点を考慮したほうがいいかもしれない。
ただしテレワーク/自宅勤務などで勤務形態が大きく変わってきており今後もある程度継続するはずなので、自宅で働いて家の近くの店で夜飲む人が増え、かつて立地の悪さに悩まされた住宅地から近い地元密着型の店が再評価される可能性もあり、これまで儲かりにくかったから今後も絶対だめだ、というわけではないことをお含みおきください。
凄く酷な言い方だが、ずるずる無理に続けると、負けると薄々分かっている勝負なのにどんどん賭け金をテーブルに積み上げていくという展開になる可能性がある。
その意味でこのタイミングでこうなれば/ならなければ思い切って撤退する、というプランを持っておくことが重要と考える。そう考えれば逆算して今のうちにこれをやっておくべき、これを試しておこうという気にもなる。
学習的無力感で打ちひしがれ、何も考えず「手なり」で現状維持バイアス(変化によって得られるリターンよりもそれにより失う可能性のある損失に過剰に反応してしまうこと)や損失回避バイアス(いったん払ってしまって戻ってこないコストにこだわって損切りが遅れて損失を広げること)によりだらだら続けて傷口を広げることだけは避けてもらえれば、と思う。まだまだ再起のチャンスはあるのだから。
参考: コロナ対策での雇用調整助成金の概要
休業するが従業員に給料を出す、あるいは本当は休業させたいが雇用を維持して従業員に働きに来てもらう、という時に国からもらえるお金が雇用調整助成金。会社都合で休業させる場合は従業員に給与の6割以上の休業手当を支払う義務があるが、その休業手当の8-9割、雇用を維持するときは賃金の8-9割が一日当たり上限8330円まで助成され返還の必要なし。
自粛要請を受けた業種つまりバーはお金をもらえる対象となるとこちらのQ&Aに明記されている(Q&A問10)が、「助成対象は雇用保険適用事業所、支給対象労働者は雇用保険被保険者」となっている(問16)ためお金をもらえるのはこれまで雇用保険に加入して保険料を納めてきたお店に限られる。
でもあきらめる必要は必ずしもない。
先ほど(4月4日土曜日午後)コールセンターに電凸して確認(ホットライン0120-60-3999、土日も受付)、とても丁寧に教えてもらえた。
「コロナによる自粛要請を受けている飲食業を営む個人事業主が自分に給与を支払っている場合、雇用調整助成金の対象となるか」と聞いたら答えは「現時点では対象にならない」とのこと。
また「現在雇用保険に加入しているか定かでないが、従業員使っている場合雇用調整助成金を受け取れるのか」という質問。
答えは「今からでも事業主として事業所が雇用保険加入を申請して認められ、雇用保険料を納付すれば、従業員が雇用保険を払っていなくても雇用調整助成金を受けられる」とのこと。
雇用保険料は月額従業員負担が給与に対して0.3%、雇用主負担が0.6%。給与20万円とすると従業員負担600円、雇用主負担は1200円。それで従業員一人一日当たり8330円を上限として助成してもらえるのは悪くない。もちろん所得そのものを「何らかの理由」で捕捉されたくない人もいるかとは思いますが。これだと家族や友人雇ったことにすれば以下ry)
詳細はこちらのリンクやこちらのリンクをご覧ください。
https://www.meti.go.jp/covid-19/pdf/pamphlet.pdf 27ページ
参考: 日本政策金融公庫からの公的融資その他の資金繰りの支援、借入/保証について
ざっくり言ってコロナの影響を受けたお店がお金を安く借りるには2つの方法がある。一つは日本政策金融公庫からお金を借りる方法。もう一つは「信用保証協会」から保証を受けて地元金融機関からお金を借り、利子補給を地元の区から受ける方法。
昔は中小企業金融公庫というのがあったが、2008年に統合されて日本政策金融公庫になった。まさに困った中小企業を助けるためにお金を貸してくれる公的な金融機関で強い味方。
信用保証協会というのは実質国のようなもので、地元の金融機関からバーがお金を借りて仮にお店がつぶれてしまって融資を回収できなかった時は、バーに代わって信用保証協会が金融機関にお金を返済する。だから金融機関からしてみれば信用保証協会の保証付きでバーにお金を貸すというのは国にお金を貸すのと同じリスクになるので、安い金利でお金が借りられる。
保証を受けるにあたっては保証料を払う必要があり、また実質国に貸しているのと同様のリスクの融資とはいえ利息を払う必要があるが、地元の自治体が保証料や利息に対して補助金をくれるケースが多く、その場合は実質無利子もしくは超低金利でお金を借りられる。
こちらのパンフレット7ページをまず見てほしい。バーの方(個人事業主も含む)はほぼ100%融資の対象になる。据置期間というのはお金を返し始めるタイミングで、最長5年とあるがその場合は5年たつまで元本の返済は不要。
さらにこちらをみると今後利子補給を受けることができるとある。
3年分の利息は一度払った後で払い戻されるため、実質3年間はタダでお金が借りられる(すでに公庫からの借入があって有利子で借りている人も再申請すれば無利子化される)ということだ。
日本政策金融公庫の「借入に必要な書類」というリンクの一部には「直近2期もしくは3期分の決算書」などと書かれているが、あきらめてはいけない。
実際に創業から日が浅くても借りられた、というオーナーバーテンダーからの報告もあった(据置期間は1年弱、金利も1%弱)。
こちらの「はじめてご利用いただく方」というところを見れば、直近2期分もいらないことがわかるだろう。創業から3カ月たっていれば大丈夫。あきらめないでほしい。
またそれなりに業歴が長いバーのオーナーバーテンダーからは、希望額プラスアルファを公庫から借りられた、という話も聞いた。
あきらめることなく日本政策金融公庫の相談窓口に相談してほしい(窓口は相当混雑しているそうだが)。
日本政策金融公庫だけでなく、付き合いのある金融機関からの融資に信用保証協会から100%保証をもらって融資を受けられる、セーフティーネット保証4号・5号融資というのもある。これはわかりにくいのだけれど、あなたのお店がつぶれても金融機関は貸し倒れにならず、信用保証協会がお店に代わって返済するもので、信用保証協会は実質国と同じなので金を貸してくれる金融機関は基本リスクを全くとっていない(のでどんどんあなたのお店に金貸してくれる)、というもの。
一部の地方自治体では利子と信用保証料を全額補助してくれるので実質無利子。すげえ。自分のお住いの、もしくはお店のあるところの地方自治体名に「コロナ対策」「補助」などのキーワードを入れてググってみてください。
ろが申請したら、2019年3月末の決算書と今年度の試算表があればセーフティーネット保証の融資を受けられたとのこと。もちろん納税証明その他の融資に必要な書類は備えた上でですが、業歴短くてもあきらめないで。
港区の場合据置期間1年、貸付期間7年以内、借入上限500万円かつ信用保証料は区が補助ということなので、仮に利息が実質ゼロで7年間500万円借りたとすると今後1年間は何の返済もいらず、1年後から6年かけて元本の500万円返せばいいということになる。月7万円程度。
もちろん審査があるので希望条件通りに行くとは限らないが、利息かからないのであれば借りておいて損はない。間違ってウイスキーのボトル買いまくったりしない限り。
いろんな形で公的なサポートはあるのだから、あきらめないでほしい。自分のためにも、あなたのバーが好きで通ってくれていた客のためにも。
(4月6日追記: こちらで実際に豊島区のあっせん融資について電話で聞いてみましたので是非ご覧ください)
最後に
全てのご相談に乗ることはできないけれど、フォローしていただいているバーの経営者の方で本当に困ったときはあきらめるのではなく私のTwitterまでDMください。何かお手伝いできることがあるかもしれません。ただし私の本業もこの時期忙しいのでお含みおきください。この記事に紹介したリンクについてはご覧いただいてからご相談ください。
手放したらいつ再び手に入るかわからないボトルがあるけれど、止むにやまれずヤフオクなどに出そうかな、でもそれも本当は絶対に嫌なんだけど、などとお考えの方(私がお会いしたことある方が望ましいですが)もご相談に乗ります。
想像力と共感力のないフリーライダーになるな: そこにバーがあることの価値
あなたの好きなバーはずっとそこにあり続けるわけではありません。何もしないで「あの店なくなったら困るなー」と言うのは実はとても身勝手なことかもしれません。
またこの時期にバーに顔を出したときに気を付けた方がいいことがある気がしています。読んでみてください。
- そこにお店があることの価値
- あなたは想像力や共感力に欠けるフリーライダーになりたいですか?
- この時期バーに行った人、「せっかく来てやったのに」って思ってません?
- この時期来てくれた客を特別扱いしすぎるべきではない理由
- 「その」バーに行く理由を増やしたい
そこにお店があることの価値
以前住んでいた街の書店が閉店になってしまった時に感じたことを、かつて書いたことがある。
駅前の歴史ある書店で、某有名女流作家の行きつけの店でもあった。
私はふらりと立ち寄って文芸書のコーナーを見るのが好きだった。
「いつでもそこにある店」だと勝手に思っていたが、おととし40年の歴史を突然閉じてしまった。
そのお店がそこにあったことは私にとっても地元の人にとってもありがたいことで、それは地元への貢献と言ってもよかったかもしれない。
だがそれに対して我々がちゃんとお返しができていなかった結果、店はなくなってしまった。
「閉店します」。その突然のニュースによって、その店があったことがどんなにありがたかったかということを私を含め人々が初めてはっきり認識することとなった。
「閉店が地元の人に惜しまれていますが?」と取材で聞かれたそこの店主が「実は言うのも恥ずかしいぐらいの給料しかもらっていませんでした」と答えた。それを聞き、私は自分勝手に「お店がなくなって残念だ」と思った自分を恥じた。私は1か月に一度ぐらいしかその書店にお金を落とさない、アマゾンの便利さに甘えていたフリーライダーだった。店主の使命感、義務感、そういったものに多くの人がフリーライドしていた。悪気は全くないままに。
あなたは想像力や共感力に欠けるフリーライダーになりたいですか?
以下は今週発表された内閣府の景気ウォッチャー調査の中の2月の飲食業の先行き見通しのチャート。
調査対象者全員が「今後よくなる」と答えれば100、全員が「今後悪くなる」と答えれば0になる数字。
見てお分かりの通り、今回のコロナショックのインパクトは大きく、2月の時点での先行き見通しは過去最低の12.9。
東日本大震災の時の19.7を下回り、リーマンショックの時の25.4のおよそ半分程度となっている。
今回はもしかすると震災の時よりも夜の街に人が少ないかも、と思った肌感覚は間違っていなかった。
2月はそもそも飲食業にとって8月とともに厳しい月で、その分3月に歓送迎会などで取り返す、というのが毎年のパターン。だが2月26、27日からのイベント自粛要請、学校休校措置などの影響をもろに食らい、3月は取り返すどころか2月以上に厳しい状況になっているはず。
だから自分の好きなお店があるのなら、そこに行ってしっかりお金を落とさないといけないと強く思う。
先の自省も込めて身もふたもない言い方をする。
お店がなくなってからでないとその店があったことのありがたみが分からない、というのはぶっちゃけ「あなたが想像力や共感力に欠けるフリーライダーである」ということだ。「私じゃなくて誰か他の人が行って(お金を落として)くれるはずだし」というのもフリーライダーの希望的観測に過ぎない。
この時期バーに行った人、「せっかく来てやったのに」って思ってません?
そんな思いもあり、前回自分の好きなバーがあるならそのバーに是非行こうという記事を書いた。
でも少し言い足りなかったことがある。
この時期大変かもしれないから、少し遠回りになるけどちょっとあのバーに寄って帰るか。そう思って以前行って気に入ったお店にわざわざ足を運んだら混んでいて入れなかった。
この前行ったお店では自分以外にお客さん来なくて、ずっとバーテンダーが話してくれてとても良くしてもらった。だから改めてまた来てみたけれど、今回は忙しくて全然構ってもらえなかった。
バーあるある、ではあるけれどそんなことあった時にあなたはどう思います?
「せっかく来たのに」、と思うかもしれない。
「それだったらしばらく来なくてもいいか」、と思うかもしれない。
「せっかく来たのに」というのは自然な感情だが、もしかしてそれが「せっかく来てやったのに」になってません?
そう思ったということは「俺はわざわざ来てやってるんだぞ」っていう気持ちがあったということだ。それを口に出すか出さないかは別として。
それは「大変な時にわざわざ来てやったのだから何かあってもいいんじゃないの?」と変に期待する気持ちがあることに他ならない。
でもそれ、バーに良くいる「イヤな常連客」、つまり他の客を差し置いて自分に対してだけ店からの特別扱いを要求し、それが満たされないとへそ曲げる客、への道まっしぐらってやつじゃないですか?自分よりも頻繁に来ている客もいるかもしれないのに。
そういう常連客がいると他のお客さんの居心地が悪くなる。百歩譲ってその人が他のお客さんよりも圧倒的にお金落として帰る、というのなら別だけど。でもそういう人はたいてい大したお金を落としていかない。
そして上から目線つまり「お客様は神様です」って客である自分で言ってしまうようなタイプの謎のオーラを漂わせた人が「店の常連」になんてなると、お店にとって今後も含め色々とよろしくないことこの上ない。
加えて、サービス業は需要があった時にサービスが提供できないとダメというタイミングが重要な業態。
例えばパソコン古くて調子悪くなったけど、今はコロナもあって人ごみ行きたくないので落ち着いてから買い物しよう、というのはよくある普通の話。タイミングがうまく行かなくてもその需要はなくならない。
だけどサービス業では「その時失われた需要」は復活しない。
「先週コロナのせいで酒飲みに出かけられなかったから今週はそれ取り返すためにいつもの店で2倍飲む」とか「先週この店満席で飲めなかったから、今週その店行って前回の分と合わせて2倍飲もう」とは普通ならない(といいながらそれに近いことをやっている私が通りますよwww)。
だから需要がある時にできるだけその需要をお金に変えておかないといけない、という因果な水商売、それがバー。
それが分かっていれば、カウンターからバーテンダーが出てきて「満席ですみません」と謝ることができないぐらい忙しかったときでも「たまたま今日は運が悪かった、でもお店上手く行っててよかった。水商売だから明日は混んでいるとは限らないしまた来よう」って思えますよね?
客は店が自分に媚びることを期待すべきではない。なぜなら客が店に媚びる必要はないのと同様に、店が客に媚びる必要はないから。バーでお酒を飲むという行為は、店がお酒と時間と空間といったサービス、体験を提供して、それと引き換えにそれに見合った金額を客が払う、という本来イーブンでフェアな商取引であるはず。
手間暇かけて丁寧に作った野菜を普通のものよりも高く売り、それがいいもので価格に見合うと思えばその価格を払って買う人がいる。バーでの体験にお金を払うのは、それと基本的に何も変わらない。だけどモノを買うときは「買ってやったのに」とあまり言わないのに、コトというか体験を買うとき、サービスにお金払うときに偉そうなこと言う人が増えるのは一体どうしてなのだろう。
この時期来てくれた客を特別扱いしすぎるべきではない理由
また逆の視点から。店はいくら暇な時に来てくれたからと言って、お客さんに対して再現性の低い過剰なサービスをする必要はない。異論は認める。
なぜか。客の期待値を高め過ぎるような、常に必ず再現できるとは限らないようなレベルのサービスをしてしまうと、次回その客が店を訪れた時にがっかりさせかねないから。結果として長い目で見た時のその客とお店との関係が、スタンダードなサービスを提供していた時に比べて短くなってしまうかもしれないから。そういう意味でも店は客に媚びる必要はない、と思う。
ただし、お客さんもお店も一定以上のスタンダードとリスペクトを持ってお互いに接するということがこの議論の前提となる。
私は客として、お店が他の客に対して変に媚びることなく毅然とした態度で接することを期待したいし、私も店に対して常にいい意味での距離感と緊張感を保ち、変に馴れ合うことのない客でありたい、と思う。
「その」バーに行く理由を増やしたい
最後に。あなたに推しのバーがあれば、その店のことに加えて周りにあるお気に入りのレストランやラーメン屋、その他オススメのスポットについても積極的に情報発信してほしい。推しの店が立地のあまりよくない場合は特に。
そのバーのためだけに足を運ぶのはちょっとしんどいかな、というときでも、「東池袋の瞠の本店の油そばがめちゃ美味い」とか「西川口のザムザムの泉まで行かなくても西池袋の火焔山蘭州拉麺が超美味い」とか 「奥渋のアヒルストアやフグレンだけじゃなくてさらに先のアイリッシュパブのタラモアのフィッシュアンドチップス一度食べてみて!」とか「東中野の阿波や壱兆の温かいそうめんやもつ焼きの丸松もめっちゃ美味いけど山手通りはさんで反対側のうなぎ串焼きのくりからがサイコー」とかあれば、「それだったらあの店寄ってからバー行こうか」、ってなる人も必ずいるだろうから。
バーのカウンターで「あの店美味しいね!」「そうなんですよ、地元でも有名で…」って話していれば他のお客さんも「今度自分もその店行ってみよう、そのあとまたこのバー来よう」と思うだろう。
飲食店で「あのバーのカクテル、この料理の後の食後酒にぴったりじゃない?そのあとベンネヴィス飲んだら優勝でしょ」とか話しているのが聞こえれば、他のお客さんもバーに行く気になってしまうかもしれない。
実は自分の店だけでなく、地元全体が盛り上がれるようなネタがあれば回りまわって自分の得にもなるかも。誰にも迷惑掛からないWin-Winなのでお客さんもバーテンダーの方もバーが開いている時間の前後で楽しめそうなお店周辺情報の発信よろしくお願いします!
バーに行け、今すぐ今晩行け。いつまでもあると思うな親と行きつけのバー
最近夜の街では東日本大震災の時よりも人が少ない気がします。昨年からバーを含む飲食店の倒産は過去最高になると言われていたところにこのコロナ騒ぎ。
最近関西方面で「えーあのバー閉店しちゃうの!?」というびっくりニュースもありバー難民になったらどうしようと想像して恐怖に震える機会もありましたが(実は移転だそうです)、自粛が過ぎると「年末行って素敵だったあのバー、いつの間にかなくなっちゃった」なんてこと、普通に起きますよ?
だから無理しすぎない程度でいいのでバーに行かないと実は結構ヤバい、というのが今回の記事です。
<目次>
- 驚くほどバーにゲストが来ない
- 実はコロナの前から「飲食店の倒産は過去最多へ」と予測されていた
- 東日本大震災の時との比較
- バーは感染リスク高いのか?
- いつまでもあると思うな親と行きつけのバー
- 今あえてバーに行くメリット
- まとめ
驚くほどバーにゲストが来ない
渋谷のレコードで音楽掛けてくれるロックバー、海外のウェブメディアにも取り上げられるぐらいで国内外からのゲストでいつもにぎわっている。
だが昨晩は行ったらノーゲスト、他のお客さん来るまでいろんな曲レコードで聞かせてもらい、誰か来たら帰ろうと思ってたら全然人が来ない。45mlのジガーサイズを5、6ショット飲んで結局23時過ぎまでいて帰宅。酔っぱらった。
どうなってるんだ世の中は。
私もたまにお邪魔する銀座の有名なバーに行った友人曰く、昨晩はゲストが2組5名、先週の土曜日は2人だけだったとのこと。
渋谷や銀座でこれだったら世の中どうなっているのか。データはないが肌感覚では明らかに震災の時よりもひどい。
震災の時は地震や津波で人がたくさん亡くなっていたし、東京も原発事故が終息せず被ばくのリスクをリアルに感じていたので飲みに行きにくい雰囲気はあったが、夜の街にはもっと人がいた気がする。
実はコロナの前から「飲食店の倒産は過去最多へ」と予測されていた
帝国データバンクによると、今回のコロナ騒動の前から「2019年の飲食店の倒産は過去最多へ」と予測されていた。
特別企画:飲食店の倒産動向調査(2019 年)飲食店の倒産、過去最多へ
~「酒場・ビヤホール」、「西洋料理店」が過去最多を更新~
原因としては以下の3点が指摘されている。
- 節約志向で外出が控えられた
- イートインが10%の税率となったことで持ち帰りや内食を選ぶ消費者が増えた
- 人手不足
中でも「酒場・ビヤホール」は11年連続で倒産件数最多の業態。2019年1-11月で飲食店の倒産件数668件のうち143件、21.4%を占める。
逆に倒産が少ないのは「日本料理店」「すし店」など新規参入が少なく消費者の嗜好やトレンドに左右されにくい業態。
確かにバーは新規参入のハードルが低く、トレンドに左右されやすいかもしれない。
この状況でコロナ騒ぎがやってきた。自宅勤務によりそもそも人が街に出てこないし、早朝出勤・早帰りという時差通勤の人も多いだろうし、感染リスクを恐れている人たちも多く、会社の飲み会や接待は基本中止になっているはずなので2次会もなく、飲みに行こうとはあまり思わない状況になってしまっている。
東日本大震災の時との比較
当時は原発がすべて止まって電力が足りず、大停電が東京を襲って病院や金融システムが完全にマヒするリスクがあった。だからネオンサインなどが全部消されていて、渋谷の夜も真っ暗。原発事故も収束しておらず被ばくのリスクがリアルにある中では飲みに出る雰囲気ではなかった。
私は当時子供がまだ小さかったので、家族は関西に送り東京で一人で暮らしていた。当然毎晩外食し、酒を飲んでいた。飲みに行ってもお客さんがあまりいない。日持ちのしない食材があればそれ使って何か食べさせて、というとどこの店でも喜んでもらえた。高級魚を扱う築地の仲買が店を畳んだという話も多く聞いた。
その時よりも今回の方がオフィス街や夜の街に人が少ない気がする。当時はまだみんな出勤したからか。
震災関連の倒産情報を見ていると、企業の倒産は3月の地震から3か月後の6月がピークになっている。昨年秋の消費増税と自然災害もボディーブローのように効いているし、やはり今回も今から2、3か月が最も厳しい時期になってくるかもしれない。
バーは感染リスク高いのか?
以下の2条件が同時に満たされる空間にいるとコロナウイルスの感染リスクが高いと言われるが、バーのカウンターは少なくとも一つ目の条件は満たさないので高リスクとは思えない。もちろんリスクがゼロとは言わないけれど。
- 「手を伸ばせば届くくらいの近い距離に人がたくさんいて、絶えずしゃべったり、歌ったり、叫んだりしている」
- 「風通しが悪い」
新型コロナ、満員電車や映画館は危なくないの?専門家に聞きました
いつまでもあると思うな親と行きつけのバー
都内で8席のカウンターだけの12坪程度の広さのバーのランニングコストを考えてみる。店の家賃は月坪当たり1万5千円としても月18万。水道光熱費その他加えて月の費用が25万。
生ビール出すなら樽も在庫しないといけないし、カクテル出すならフルーツ買わなきゃいけないし、ソーダやミネラルウォーターも買わなければいけない。新しく出たウイスキー仕入れないと客も呼びにくい。仮に月の仕入れが10万円だとしよう。
そして開店費用が600万円、その半分の300万円を5年のローンで2%の金利で均等返済しているとすると毎月5.25万円の返済。
自分に給料20万払うと全部足すと月60万円ちょっと。月に25日営業するとして1日当たり2万4千円売上げてキャッシュフローとんとん。客単価3千円だと一晩に最低8人来ないと回らない。
客が平均2人しか来ない日が1か月続くと売上15万円、月45万円の赤字。
3か月続けば135万円の赤字。
自分の給料返上しても月に25万円の赤字。3か月で75万円。
(バーの経営者の皆さんへ、困ったら日本政策金融公庫に相談してください、緊急融資制度等紹介してもらえます)
その上に所得税(と消費税)を納付する確定申告の期限、コロナウイルスのせいで1か月延長されたが4月15日にやってくる。もちろん納税資金は運転資金とは別に用意してあるとは思うが、昨年儲かっていたのであれば昨年の儲けの分の所得税を払わなければならない(だから毎年3月はバーは売上立てなければいけないので高額のボトルが開くのだよ、知ってましたか?)。
特にキャッシュフローが厳しいのが内装にお金をかけている最近できたバー。開業費用が高くついていてローンの支払いが厳しい上に、高騰したタイミングでお酒買っているので儲けが薄い。そしてゲストの財布のひもが固くなると真っ先に客足が遠のき、常連の数がまだ少ないので売り上げが安定しにくいからリスクが高い。
毎月45万円も赤字出すような客が来ない状況が長く続くと、当然ながらどこかのタイミングで自己資金が尽きて、自分が好きだったバーがなくなってしまうリスクが高まります。わかります?
今あえてバーに行くメリット
今バーに行けば、確実にバーテンダーにあなたの顔を覚えてもらえる。
そして忙しいときには聞けない話をバーテンダーから教えてもらえる可能性が高い。
バー初心者の人でも、いつも以上に歓迎してもらえて敷居が低くなる。
店としては売上上げないといけないので、いい酒が安く飲めるチャンスかもしれない。
店が苦しい時によく顔を出してくれていたゲストのことは、ちゃんとしたバーテンダーならいつまでも忘れない。
まとめ
私は自分の行きつけのバーがなくなったら困る。
そこそこ歳を重ねたとはいえ自分がまだまだ知らないことがたくさんあることを改めて教えてもらえる、謙虚になれる場所だから。
仕事でささくれて昂った自分のままで家に帰るのではなく、ワンクッションはさんで落ち着きを取り戻すための大事な場所だから。世の中には落ち着きを取り戻せる場所はそんなに存在しない。
だからできる限り自分の好きなバーが長く続いてほしいと思っている。
皆さんも行き過ぎた自粛をせず、無理ない範囲でいいので意識してバーに行って売り上げに貢献しましょう。年末行ってすごくよかった最近できたあのバー、好きだったのに気がついたらなくなっちゃってた、なんてこと、普通に起きますよ?このままだと。
今晩バー寄って帰りません?
彼はもう二度とこのバーに戻って来ない
先日は初めてのバーに行ってまた来ようと思う客の心理を書いてみましたが、今回はせっかく初めてのバーに来たのにもう来なくなってしまうであろう例について書きました。パッと見何も起きていないようにしか見えない、バーでの出来事。
ある晩のバーのカウンターにて。
私の隣、カウンターの端で20代前半と思しき若者が一人ウイスキーを飲んでいた。私が一杯目のカクテルをオーダーしたときにはすでにグラスいくつかが目の前に置かれていた。若いのに綺麗な飲み方だった。雰囲気からこの店初めてなんだな、とわかった。
カウンターにはオーナーバーテンダーではない若いバーテンダーが立っていた。「次の一杯はどうしましょう?」と彼に聞く。若者は「今まで飲んだお勘定いくらですか?」と確認。「では何かおすすめを」と言ってあと何杯か飲み、カード使えることを確認してカードで払い、一言二言バーテンダーと話して帰っていった。
表面的にはバーでの日常の風景にしか見えない。私は一人で飲んでいて、彼とは何の会話も交わしていない。だが、彼はもう二度とこの店に来ることはないと確信した。そして私もいたたまれなくなってお勘定をもらって早めに切り上げた。
なぜか。実際に起こっていたことはこんなことだった。
(写真は本文とは全く関係ありません)
振り返ってみよう。私が来た直後、数杯飲み終わった時点で彼は今までいくら分飲んだか確認してからバーテンダーのおすすめをさらに3杯ほど飲んだ。
それまで飲んだ値段を確認した時に彼は「じゃあもうちょっとだけいただこうかな」と小さな声で言った、気がした。
おすすめのボトルを数本見せてもらって彼が注文する時の注文の仕方も「説明聞いてどう聞いても一番よさそうなのはそっちだけれど、やっぱりそれは高そうだからこっちにしよう」というような頼み方だったように感じた。
おすすめされていたのは蒸留所限定のレアなボトルなど割と良いもの。おすすめされた一杯を飲み終わったら間髪置かずにその次何飲むか聞かれていた。
そして彼が最後にもらったお勘定は最初確認した額の倍以上だった。聞くつもりではなかったが聞こえてしまった。
その店は早い時間から飲み始めると安く飲めると知っていた彼は、その仕組みについてバーテンダーに質問したが、答えは彼のその晩の飲み方だと適用にならない、だった。
多分彼のその晩のご予算を大きく超えていたのだと思う。顔を曇らせていたように私には見受けられた。財布を開けて一瞬キャッシュで払おうとした後カードで払い、彼は何も言わずに帰っていった。
彼の気持ちを推察するに、途中で値段を確認したのだから当然バーテンダーはそんなに高い酒をおすすめしてこないだろう、という漠然とした信頼があったはず。そして割安に飲めるシステムがあることを知っていたからそれにも幾分か期待していたはず。
だが結果としてその信頼や期待はかなわなかった。
財布と相談しながら飲んでいることが分かっていたのだから、おすすめのボトルを出すときにどんなボトルなのか説明すると同時に一杯おいくらか教えてくれてもよかったのに。あるいは「ご予算だいたいどれぐらいですかね?」と聞いてくれてもよかったのに。そして「こう注文すれば割引になりますよ」という説明をしてくれてもよかったのに。お勘定お願いした後で「その飲み方だと割引にはなりません」と言われても。
飲み物だけで1万円弱というのは20代の普通の若者にとっては結構な額。彼にとってのこの店のデビューは苦いものに感じられたに違いない。だから彼はこの店にもう二度と来ることはないだろう。私はそう思った。
途中彼が飲んでいるボトルを見て「ん?」と思ったが口を出さなかった私も悪かったのかもしれない。「あーそのボトル私も次にもらいたいな、でもそれちょっとお値段張るんじゃなかったでしたっけ?」とでも言ってあげられれば良かったのか。
私も何かできることがあったのではないか、と考えたら飲んでいたウイスキーが苦くなった。そして私も予定より早く家路についた。
先日渋谷のエリックサウスに家族で行き、帰りに娘が「おとーさんカレーおいしかったねー!また連れてきてねー!」と興奮気味に言った時の3人分のお勘定と、今日バーで一人飲みしたお勘定がたまたまぴったり同じ値段だったことに気が付き、再び気持ちが揺れた。
一つ経験的に言えることがある。
グラスを飲み干してから次の一杯を聞かれるタイミングが早すぎて、あ、何だか急かされてるみたいだ、と同じバーで一晩に二度思った時は、バーテンダーにおすすめをもらうときには値段を確認するか、それがしにくいようであれば早めに切り上げた方がいい。そのまま飲み続けると、大抵自分が予想していたよりも大きなお勘定がやってくる。
そもそもバーで飲むペースはこちらで決めるものだ。時間をかけて開くまで待ってから飲みたいウイスキーもある。ボトルによっては3杯目に飲むものを1杯目の注文と同時に頼み、グラスをカウンターに置いたままにしておいて空気に触れされておく、というようなことをやるぐらいなので(もちろんその旨はバーテンダーには伝えるが)、頼んだウイスキーを時間をかけて楽しむこと、そして飲み終わった後グラスから立ち上がる香りの余韻や変化を楽しむこともショットのお値段に含まれている。サウナの後の水風呂の後の「ととのい」タイムみたいなものだ。
(ただし目の前のグラスが空いているのに無意味にオーダーせず長話したり、勘定を締めた後でだらだら長居するのは歓迎されないので念のため。)
自分にとって気持ちのいいペースで飲ませてもらえない時点でその店での居心地はよくないはず。飲みたいボトルがその店でしか飲めない、といったよほどの事情がない限りは深追いしないほうがいい。旅先でのバーでもない限り、お勘定貰って思った通りだったらまた来ればいいのだから。
ボトルをおすすめしてもらった時にたいてい値の張るものが出てくるバーもあれば、「これすごくないですか?」って安ウマボトルを持ってきてくれる店もある。「今日はあんまりいい日じゃなかったんですよ」とボソリというと何も言わずに私が好きそうなボトルを選んできてくれるバーもある。一見の客よりも常連を大事にしそれで喜ぶ常連客が多いバーもあれば、初めてのお客さんへのサービスを見て別の客が萎えてしまうようなバーもある。
仕事の帰り、家にたどり着く前のサードプレイスとしてのバーに期待するのは、お酒を介してリラックスして心地いい時間を過ごし、家に不機嫌を持ち帰らないこと。だがこの晩はそれが叶わなかった。
値段は聞かれなかったから言いませんでした。割引のシステムは当然分かっているものだと思ってました。予算言われなかったのでわかりませんでした。いくらでも言い訳はあるかもしれないけれど。
私にはニコニコ話してくれるけれど出入りの酒屋さんにはきつく当たるようなバーテンダーを見ると、部下に感情的にダメ出ししている自分の姿をビデオ再生して見せられているような気がして辛い。そしてこの人が私に良くしてくれているのは多分お金のためだけなんだろうな、と再確認してしまった気がして寂しい。
バーテンダーも自分が店に立っているときの売上が少ないとオーナーに詰められるのかもしれない。
その日の売上がその日の給料に直結しているのかもしれない。
その若者は一見の客でもう来ることはない、と思ったかもしれない。
その日の売上を数千円増やすためにやったことが、長い目で見れば店の評判を落として結局売上の面でもネガティブかもしれない。
若者にとっては授業料が高すぎてしばらくバーに行こうとは思わなくなったかもしれない。
そしてその若者だけではなく、隣にいた私のような客も居心地が悪くなって足が遠のいてしまうかもしれない。
「雇われ」だからそんなの関係ない、と言い切ってしまえばそうなのかもしれない。
そもそもそんなことは起きておらず、彼は満足して帰っていて酔っ払った私のただの勘違いだけかもしれない。
何が真実なのかは私にはわからない。
ただ一つはっきりしていることは、大抵の勤め人はそういう生々しくて心がザワつくようなことは昼間山ほど目にしているので、仕事の後にわざわざ金を払ってまでそんな光景は見たいと全然思わない、ということだ。こういうことに出くわすと、私にとってバーはサードプレイスではなく、世の中はやはり世知辛いのだと再確認する場所になってしまう。
バーでは見えないところでいろんなことが起きている。私は一人静かに飲むことが多いので、他のゲストが気にならないことまで拾ってしまっているだけかもしれないが。
普段はこういうことはあまり書きたくないし書かないのだけれど、あの晩彼の隣にいて私は何もできなかったことを後悔し、罪滅ぼしとしてこれを書いている。
あの日隣り合わせた彼にはまたバーに戻ってきてもらいたい。本当はバーはそんな世知辛い場所ではないのだから。
都道府県別成人1人当たりの酒消費量データから読み取る県民性
最近のウイスキーの消費動向はどうなっているのかな、と思って総務省家計調査のウイスキー消費量のデータを見てみた。2018年のデータでは、県庁所在地・政令指定都市の中でウイスキーに最も多く金使った街はぶっちぎりでなんと山形市がトップ、次いで奈良市、福島市。
ウイスキーの消費が最も多い/少ない県庁所在地・政令指定都市それぞれ10都市(2018年)。
— 子供銀行券 / funny money (@tk_whiskeykitan) 2020年2月2日
この数字は家飲み用にウイスキー買った額、という見方が正しいと思われる(外食費は別にある)。
山形市は酒への支出のうち約20%がウイスキー、奈良市14%。すげえ。https://t.co/3y2vIpPqok pic.twitter.com/zIKKkvhS3b
ちょっとこのデータ面白すぎるだろ、と思って時系列で見てみたら、残念なことに信頼性に欠けることが分かった。そういえば去年の今頃は厚労省の毎月勤労統計を始めとする国の機関統計データが捏造に近いものだったと大騒ぎになっていたことを思い出した。
恐らくサンプル数小さすぎるので時系列で追いかけたらブレが多すぎてあんまりインプリケーション読み取れなくなってきた。失礼しました。
— 子供銀行券 / funny money (@tk_whiskeykitan) 2020年2月2日
山形市のウイスキー消費が2018年7000円、2017年2800円、2016年5700円ってブレすぎでしょ。
奈良の消費が多かったのも2018年だけ。 pic.twitter.com/J6uRYLWO6F
より信頼性の高いデータを探して国税庁のHP見ていたら、酒税の課税関係等状況表(平成29年度)で都道府県別成人1人当たりの酒の種類別消費量を発見。現在入手可能な最新のデータ(沖縄のデータについては沖縄国税事務所統計情報)をまとめ、そして参考までに都道府県別の飲酒運転検挙率もつけてみたら色々面白い事実が分かった。
ちなみに沖縄は酒税が泡盛が35%、その他の酒が20%低いという「本土復帰の特別措置」が今も続いているために、国税庁の全国統計とは別扱いになっている。
こちらのデータが2017年度都道府県別成人1人あたり酒類消費量(単位リットル)と2018年飲酒運転検挙率(飲酒運転検挙件数を運転免許保有者数で割ったもの)。筆者まとめ。
日本酒消費量は新潟、秋田がずぬけて多くてあとは秋田、山形、福島の東北が強い。高知も納得だが意外と佐賀も飲むんだ。知らなかった。
焼酎は九州、特に南と泡盛飲む沖縄強し。意外と山陰・中国も力強い。
ビールは東京の圧勝ぶりが目立つ、が発泡酒と合わせた時の高知が強すぎて笑う。
ワインは東京が強いのには驚かないが山梨がこんなに強いとは知らなかった。ウイスキーも山梨強い。そして飲酒運転も。
リキュールは恐らく第三のビール(風アルコール飲料)の売れ行きに左右されていると思うが沖縄圧勝。調べてみるとオリオンビールから結構な新ジャンル出ててそれによるのかな、と思う。
この数字見て私が勝手に導き出した仮説は4つ。
仮説その1「実は山梨県人は嗜好品としての酒が大好き」
果実酒、主にワインは「酔うため」に飲んでいるのではなく嗜好品としての性質が高いと思われるが、東京がぶっちぎりなのは分かるとしてもその次に多いのは山梨。ワイン生産出荷量は山梨が日本で一番多くて33%のシェアだそうだが、二番目に多い長野県(22%)よりも2倍以上の消費量。三番目に多い北海道(15%)でもそれほどワインの消費量が多くないことを考えると山梨県人は嗜好品として酒がめちゃくちゃ好きということ?
それに山梨はウイスキー消費量も多い(東京、宮城に次ぐ3位)。白州蒸留所があるから?
ちなみに山梨県は人口千人当たり飲酒運転検挙率で全国ワースト4位。県民性として民度が低いといった悪いイメージなかったけどな。鉄道があまり便利じゃないのに酒飲むからかな。
仮説その2「やっぱり高知はヤバい」
これは仮説ではなくて事実だろう。四国の他県と比べてもビールと発泡酒の売れ行き違い過ぎて笑う。発泡酒飲む量が香川の2倍をはるかに上回る力強さ。でも島根よりも日本酒飲まないって結構意外。飲酒運転も堂々の(?)全国6位。色々納得できます。
仮説その3「沖縄は発泡酒と第三のビールをめちゃ飲む、そして飲酒運転ヤバい」
これも仮説ではなく多分事実。泡盛飲むからもっと焼酎売れててもいいかな、と思ったけれど、若い人はあまり飲まないらしい。公共交通機関があまりないのに酒やたらと飲むからだと思うが、飲酒運転検挙率(飲酒運転検挙件数を運転免許保有者数で割ったもの)が東京の25倍。さすがです。
仮説その4「茨城が一番ヤバいかもしれない」
大してお酒飲まないのに東京対比で飲酒運転検挙率10倍はヤバい。同じくらいしか飲まない近くの栃木や群馬と比べても飲酒運転3倍超。もしかしたらある意味一番ヤバいかも。
そしてこちらが成人1人当たりのウイスキー消費量の都道府県別ランキング。
結果はやはり東京圧勝。そして2位が宮城、ニッカのおひざ元だからか。そして白州おひざ元の山梨が3位。マルス信州蒸留所があるお隣長野県よりも相当多い。
東京、大阪のような大都市と北海道、東北のような寒い地域でウイスキーの消費が多い傾向があることが分かる。愛知の人は県民所得高い大都市の割には酒飲まないのにやや驚く。
家計調査では健闘の目立った奈良は下から8番目。
なんか眺めているだけでも意外と面白かった。いつもと違う感じの記事ですが、調べてみてよかった。
出典
国税庁平成29年度分 酒税課税関係等状況表 酒類販売(消費)数量等の状況表https://www.nta.go.jp/taxes/sake/tokei/kazeikankei2017/pdf/29-06.pdf
統計情報(沖縄国税事務所)
https://www.nta.go.jp/about/organization/okinawa/statistics/index.htm
沖縄県 住民基本台帳年齢別人口
https://www.pref.okinawa.jp/site/kikaku/shichoson/2422.html
平成30年の犯罪
https://www.npa.go.jp/toukei/soubunkan/h30/h30hanzaitoukei.htm
警察庁 運転免許統計平成30年版
https://www.npa.go.jp/publications/statistics/koutsuu/menkyo.html
SNS/ウェブ情報をうのみにすべきでないとSNS/ウェブ上で主張するという大ブーメランについて
突然音楽の、それも昔話から始めますがお許しください。
今は音楽をお金払ってダウンロードする前に、YouTubeで曲を聴いてみて、あるいはダウンロードサイトで試聴して買うか買わないか決めることができる。
だからお金を払って聴いてから「ハズレだった~」って分かることは基本ない。それも1曲ずつ好きか嫌いか確認して買うことができる。
だが昔は、音楽、特に洋楽は試聴してから買う、ということはほぼできなかった。正確に言うとシングルカットされているアルバムの中の1曲はFMラジオなどで金払わずに耳にすることはできたが、オンディマンドではなく特定のラジオ番組の時間にラジオの前に正座して曲がかかるのを待たなければいけなかったし、それ以外のアルバム収録曲は試聴できないままに3000円を払ってCDもしくはLPでアルバム全曲を買わされる、というのが普通だった(信じられないかもしれないがそのためにラジオ番組でどの曲が掛かるか知るための番組表雑誌、みたいなものまであり、それを読んでいるとシャレオツ、とされていた)。当然昔はインターネットもなければYouTubeもない。
田舎の中学生だった私の1カ月の小遣いは3000円だったのでアルバム1枚買うのは清水の舞台から助走をつけて飛び降りるぐらいの相当な決意を必要とした。当時はレンタルレコード屋もしくはレンタルCD屋があって一泊二日350円とかでアルバム借りられたけれど、私は当時から結構マニアックだったのでレンタル屋に自分が聴いてみたいアルバムがないことがままあり、自分で1か月分の小遣いをすべてはたいてアルバム買うしかチョイスがない時が多かった。
だからレコード/CDを買ってきて最初に針を落とす/CDプレイヤーを再生するときは相当ドキドキし、大枚はたいて買ったアルバムがしょうもなかった時の凹みっぷりは半端なかった。ハズレをつかまないために音楽雑誌のアルバム評を食い入るように読み、ストレートにネガティブなコメントを雑誌に書けない時もあったりしょうもないアルバムをしがらみにより絶賛しなければならないようなオトナの事情があることも高い授業料を払って学び、行間を読む技を身に付けることができるようになった。
今からしてみれば笑ってしまうようなことだと思う。試聴せずに金払うなんてありえねー。今の感覚ではそうだろう。今時そんなリスク取ってまで買わなければならない嗜好品、ってあまりない。そもそも自分が好きだから消費するのが嗜好品なのに。買ってみないと自分がそれが好きかどうかわからない、ってもはや嗜好品の定義からも外れてしまっている。
だけどテクノロジーの進化した今日この頃でも高い金払った後に「ハズレだったらどうしよう」とドキドキさせられる嗜好品がまだある。はい、もうお気づきでしょうが、そのうちの一つはウイスキーってやつです。ペリペリするときドキドキしませんか?*1
店頭もしくはバーで試飲せずに買うと、最近ボトルの値段も上がっているのでドキドキ感めちゃ強い。輸入元のコメントを鵜呑みにしてしまうと、最近だと「トロピカル詐欺」、ちょっと前までは「シェリー感詐欺」に引っかかる。だからだれかがバーで試して、あるいはチャレンジャー*2がボトル買ってツィッターでどんなコメントしているのか眺めてから買うか買わないか判断する、ってなりますよね、普通。
特に可処分所得が限られると、失敗した時のリスクが大きいのでよりそうなるはず。大人の私よりも中学生の頃の私の方がよりシビアにアルバム選んでたことは間違いない。だからおじさんよりも若い人の方がウェブ上の情報を真剣に見ているはずだと思う。
少し話題を変える。一般的に日本人の間では、知り合いの意見に対しては表だって違う意見を述べない、という無意識のうちの同調圧力がある*3。
人口密度が高く農耕というチームプレイで生きてきた日本人の多くは、狭くて濃厚な人間関係の中でトラブル起こすと生きていかれなかったはずなので、「和をもって貴しとなす」、つまり人の意見に表立って反対しないような傾向を進化の過程で身につけるのは自然なことで、現代社会に生きるマトモな大人は空気を読む能力を身につけて当たり前。
日本人は一般的にDisagreeとDislikeの距離が近いイメージ。外国人は自分の意見と違うこと言う人がいても議論の後に仲良くランチ食べたりするのが普通だが、日本人の一部(特に私以上の世代)は「自分と意見の違う人=自分の人格を否定する人」、と受け止めるので人間関係が気まずくなってしまう。結果、自分がよっぽど強く主張したいことでなければ他人に対して反対意見を(強く)述べない、というのが無意識のうちに「大人しぐさ」になっている。サラリーマン社会にいる人、毎日実感してますよね?
そしてウェブでやSNSで情報収集する皆さんがあまり意識しない事実だが、実はブロガーやツイッタラーは意外とつながっていることが多い(SNSはつながるためのものなので当たり前だけど)。仮に同調圧力が働くとするとどうなるか、というと「あの人があのボトル褒めてるのに自分はあまり好きじゃないとは書きにくい」「あの人がネガティブなコメントしているのに自分は好きとは言いにくい」的なバイアスがかかる。書いている人の顔が思い浮かぶようだと特に。
念のためだが実際にそれが起きているか否かとか、それがいいとか悪いとか、馴れ合うべきかそうでないべきかなどを議論したいわけではなく、日本における人付き合い*4って普通そういうものだ。先ほども述べたように、マトモで立派な大人であればあるほど同調圧力センサーが働くようになっている。
ウイスキーの好き嫌いの主張のために友達失うかもしれないリスクとりますか?普通はとりません。
そもそも全員が試飲してからボトルを買うことができないという事実と若いウイスキー好きが増えているという事実によりウイスキーの評価におけるウェブやSNSの影響力が強くなり、それと同時にウェブやSNSでボトルを評価する人が仮に同調圧力にさらされているとすると、結果何が起きるか考えてみよう。
おそらく、ボトルリリース直後に書かれたテイスティングブログやツイッターでの評判の多様性が薄くなる上にそれにみんなより強く依存するようになる。ウェブやSNSで誰か声の大きな人の一人が発売直後に「これは旨い!」というとみんなそれに乗っかって人気化するし、「これはダメだ!」というと売れないという状況が少しずつ出来上がる、はず。嗜好品だから本来は色んな意見が飛び交って当たり前なのだけど。
もしそうなってしまうと、いくつかの点で良くない状況が発生してしまうのではないかと個人的に懸念している。
一つ目はいろんな個性のウイスキーが楽しめる、という多様性が失われていくという点。
みんなは「これよくありがちな凡庸なウイスキーだ」と言っているけれど、私は実はこういう風なニュアンスを取ることができて意外と悪くないと思いました、みたいな様々な意見を持つ人が増えれば多種多様な商品が受け入れられる環境になる。
逆にみんながみんな「トロピカルな甘い香りのするこの手のボトルサイコー!」みたいな似たような意見しか言わないと似たような商品しか出てこなくなる、ような気がする。
そしていわゆる「尖った」ボトルが出てこなくなるリスクが高まる。そうなると自分が経験できる感覚のスペクトラムの幅が狭いままになってしまう。
例えば海外の人が「ミーティ」という硫黄系の香りや後味をあまり嫌がらずに評価するが、日本人は(私も含め)あまり好まない。だけどミーティ、という表現はどういうときに使われるか、どの程度までだったら海外の人も受け入れるのかを知っておきたい、と思う。多様性が失われるとそういうことを学ぶ機会が徐々に失われていくことを心配する。
二つ目は蒸留所のハウススタイル、ビンテージ、樽使い、熟成年数、色などの客観的要素から試飲をしなくてもある程度信頼性のある官能評価、主観的評価を予想し導き出すことのできる能力を飲み手が磨く機会が失われる、という点。
もう少し具体的に言うと、「これだけ色濃いしこの蒸留所の酒質が軽めなこと考えるとシェリーの樽感がくどすぎる可能性が強いからパスしとこうかな」とか「このビンテージは当たり年だったし前に飲んで美味かったカスクナンバーに近いから試飲しなくても買って大丈夫なはず」とか想像していいボトルを見分ける「野生の勘」のようなものを持たない人が増えてきてしまうのではないかという懸念。
全てのボトルについての情報がウェブ上で入手可能なわけではなく、またアウェイのバーに行ったときなど事前情報なく自分の力でよさそうなボトルを見つけて飲まないといけないときもある。やはりいいボトルを自力で見極められるスキルがあった方がいい。ウェブ情報に頼ることに慣れてしまうと、カーナビなしではドライブに出かけられないドライバーのような「ウイスキー方向音痴」になってしまうのではないか、と思う。
三つ目は、ウイスキーに対するリスペクトが失われていく気がする点。
SNSやブログの評価に頼ることで「いい」ウイスキー「だけ」飲みたい、というのは時間とカネという資源を節約する行為かつ他人にフリーライドする戦略。だがそもそもウイスキー造りには時間も手間も掛けられていることを考えると、作る側にはスローフードの精神を要求しておいて消費するフリーライダー側はマクドナルドのハンバーガー食べるのと変わらないメンタリティーでウイスキーをいただき、落とす金は最小限で済ませたい、という生産者に対するリスペクトを著しく欠くおかしな状況になる。
家飲み用に買って飲んでみたら自分にとっては「ハズレ」だったボトルを、ただ捨てるのはもったいないからと言う理由だけで飲む、というのは有限な時間や肝臓の無駄遣いではあるものの、そういう痛い目にあって「授業料」を払わないと先ほど書いたように自分のセンサーの感応範囲が狭くなり、野生の勘も養うことができないのだと思う。そして、残念ながら全てのウイスキーが美味いわけではないので一定量の「ハズレ」ウイスキー*5が世の中に存在するというのは変えようのない事実。誰かが授業料を払い、そのババを引かなければならないが、自分だけ授業料を払わずババも引かずにいいとこどりしてずっとウイスキーを楽しもう、というのは完全なフリーライドで自分勝手すぎる気もする。ただし「フリーライダー」の中にはそうしなければならない経済的理由がある人もいるのはわかる。みんながもっと豊かだったらハズレボトルも楽しめる余裕が出るのに、とちょっと老害的な発言の一つもしたくなる。
正直言うと私も「おいしいウイスキーしか飲みたくなくて、好きなものだけに囲まれていたい」と思う部分ももちろんある。ストレスレベルが高いときは特に。だが、「愚者は誰からも学ばないが、賢者は愚者からも学ぶ」というありがたい言葉*6がある。「ハズレ」ボトルからも学べるフレイバーやニュアンスがきっとあるはず。
音楽の例で書いたが、ボトルを評価する人が本当に独立した自分の意見を述べているとは限らない。世の中いろんな大人の事情やしがらみがある、と私は昔授業料を払って学んだ。ちゃんとした人であればあるほど、オトナのしがらみにがんじがらめになる面もある。
上記の理由から、ボトルの評価に関してSNSやブログを頼りすぎるのは正しくない気がする。ただし真面目にSNSやブログを書いている人を貶めるつもりは全くなく、あくまでも受け止める側がそれに頼りすぎないように、ということが言いたいので念のため。
当たり前ですがあなたが今読んでいるこのブログで私が今まさにこう書いていることを鵜呑みにしていただく必要は全くない、ということを暑苦しく主張しているという意味でこの記事は壮大な自己矛盾、大ブーメランだけど。
そして私がツイッターで書いている内容の一部も、悪い意味でのフリーライダーの参考になってしまっている部分ももちろんあることは自覚している。
そこは本当に申し訳なく思っております。
特に「スローフード」メンタリティーでウイスキーを作っている生産者やボトラー(インポーター)、そして彼らに強く敬意を示されている(オーナー)バーテンダーの方々、日々SNSを見て店に現れる一見の「フリーライダー」に対して思うことがあるバー好きの皆様に対して。
だから私はできるだけ多様性を意識して人の意見に流されないようにしながらSNSやブログを使っていきたいと思う。そして私のできることは、ウイスキーを生業にしている人たちに常にリスペクトと感謝を持ち、だがしがらみからもできるだけ距離を置き、できる範囲でカネを落とすことでフリーライダーを排除しないといけなくなるような世知辛さを減らしていくことだと思う。
(かつて同調圧力(Peer Pressure)について割と真剣に考えてみたことがありました)