東京ウイスキー奇譚 Islay Whisky’s blog

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 その1 その2 その3
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

Today is not my day

今回も特段のオチもない長文で、時節柄よほどお暇な方以外は他のより建設的な読み物をされて新しい年を迎えられたほうがよろしいかと思いますので、念のため。夜も更けてまいりましたので大きな声での朗読はご近所の迷惑ですのでご遠慮ください。

年も押し迫ったというのに大阪出張。込み入った話を説明するためプレゼンテーション作成に数日かかり、ようやく本番。羽田発伊丹行きのANAの12時の便は満席、機材は3-3-3の並びのシートで、2-3-2のJALと比べて横幅も前後の幅もすごく狭くて辛い。

窓際の席に座ると、狭いのに隣の人が脚を組むので私の脛に靴が当たりそう。年末なので家族連れも多く、離陸する前から泣き叫んでいるちびっこもいて、いつもの出張とは雰囲気が随分と違う。
居心地悪い中、資料を入れたカバンを足元に置いてプレゼンに目を通していたら「離陸しますのでカバンは前の座席の下にお願いします」とCAに言われてしまい、座席の下に入れようとしたらシートを床に固定する金具が邪魔して自分の前の席の下には入らず、隣のおっさんは脚組んだまま寝てしまって脚が邪魔でカバンが入れられない。こちらは早く仕事に戻りたい。何とか四苦八苦しながらカバンを収納、でも定時を過ぎても動き出す気配はない。

しっかりとしたアナウンスがないまま10分過ぎ、20分過ぎる。伊丹に1時10分に到着予定で2時半からのアポ。30分遅れると結構ギリギリ。30分経ってようやく飛行機が動き始め、「羽田空港混雑のため出発許可を待っていたのと荷物の積み込みに時間がかかったので本機は35分遅れております」というアナウンスが。まあ遅れたのは百歩譲って許すが、時間が読めないと困るビジネス客多いんだから精神衛生のためも含めてもう少し前から状況説明のアナウンスがあってもいい。


予定外にプレゼン前のチェックの時間が取れたのはよかったのだが、着陸時にもカバンの収納についてCAに注意される。「もし座席下に入れにくいようでしたら荷物を上の棚に収納しましょうか?」とでも聞いてくれればいいのに、完全なマニュアル対応。ANAはおもてなしを売りにしていたのではなかったか。

ようやく伊丹に35分遅れで到着。時間の余裕を見ていた分をすべて食われてしまう。そして客先へと阪神高速で向かうと今度は事故渋滞で環状線まで45分という電光掲示。これはもう完全に遅刻だわ、と凹む。ややこしいプレゼンをしたり、難しい交渉事をする際には早目に先方についてアウェイでも余裕を持って対応する、というのが通常で、「遅れてすみません」とこちらが最初に詫びて相手が当初から心理的優位に立っている状況は相当不利。渋滞の中で焦れるが焦っても仕方ないのでバカ話をして気を紛らわせる。塚本あたりでしょうもない追突事故だった。だが何とか時間に間に合う。

お客様の偉い方々を前にしっかりつかみで冗談言って笑わせてから話を始めたのだが、自分の話が刺さっていないのが話しながら分かる。それが分かるので一生懸命話すのだが空回り。いや、そういうニーズがあるって担当営業が聞いてきたのでそのニーズへの解決策を話しているのだけれど。結局1時間以上いろんなテクニックを繰り出して話したものの、今一つで終わってまた凹む。とても時間をかけて準備してきたのに。

プレゼン終わっていろんな意味で脱力状態の中、もうオフィスに戻っても7時過ぎになるし年末なので片づけることも少ないはずで、大阪で何か食べていこうか、そういえば昼食も食べそこなったので、と思い同行者の予定を聞くと、とりあえず羽田に戻ります、とのこと。自分だけ大阪残っておいしいもの食べて帰ります、とは言いにくい雰囲気。後ろ髪引かれながらじゃあ私も、と羽田へ。

帰りの飛行機はJALで席も狭くなく定時到着。同行者二人はそれぞれ直帰するとのこと。えーそれなら大阪残って千草のお好み焼きでも食べて、そのあとRosebankにでも行って古いウイスキーでも飲めればよかったなあ、と後悔するが先に立たず。さらに凹んだがプレゼンの手元資料もずっしり重いし首都高激渋滞なので電車でとりあえず帰社。

オフィス戻るとがらんとした雰囲気。自分用の簡単な出張コールメモを作っていると猛烈に腹が減る。そういえば客先に早目について喫茶店で遅いランチを食べるはずだったのに食べ損なったのだった。

大阪でいいもの食べるつもりだったので、東京でラーメンとか安易に食べることは自分的に死んでも許せない状況。そもそも人生いつ死ぬかわからないので一食一食悔いが残らないよう妥協せず美味いものを食べる、また適当な酒で酔っ払わない、というのが私のポリシー。少し考え、会社から歩いて10分弱の前回ミックスフライ定食事件が勃発した洋食屋へ。

冷たい風が吹く中を歩いて店に着き、一人でも気兼ねなく食事できる4席あるカウンターに空きがあるか見ると、お母さんとちびっ子2人がカウンターにいて残り一席もお母さんのものらしきコートと荷物が置かれている。いつもオーダー取ってくれるおばさんが寄ってきて「だいぶお待ちいただきます」と言われてしまったので諦める。だが気持ちは完全に洋食モード、じゃあ遠いがぽん多にでも行くか、と思って御徒町へ移動。だがわざわざ行ってみたのに定休。またやられた、今日はついていない、と思い、携帯でググって近くのキッチンさくらいをトライ、だがこちらも満席で一人でも入れない、とのこと。心が折れてその下の階の生パスタの店、というので妥協しようとしたが、席に着いたら「お水はご自身でドリンクバーでお願いします、オーダー決まりましたらこのボタンを押してください」と言われファミレスもどきで俺は妥協するのかと我に返って店を飛び出た。
そうだ、ぽん多がダメなときは蓬莱屋だ、と我ながら名案思いつくじゃん、偉い偉いと自画自賛しながら行ってみるともうラストオーダー過ぎたとのこと。しょうもない店に入ったりしていなければ、と今日何度目かわからない後悔。全くもってついていない一日。


こうなったらどこかのバーにでも入ってゆっくり一杯飲みながら美味い店探そう、と思ってバーを探すもののあまりいい店がなく、結局上野駅近くのProntoで妥協してジムビームのハイボールを飲む。正直角ハイの方が好きだわ、とまたまた後悔。
スマホをいじって、近くに上野藪蕎麦があると分かったので、熱燗で体を温めてつまみ食べて蕎麦でも手繰るか、と決定。グーグル先生はまだ営業中とおっしゃったのに行ってみるとすでに閉まっていて、本日何度目の空振りか、と思って本当に心が折れる

もうなんでもいいや、と自暴自棄になり歩いているとえらく昭和なおでん屋が。火が出れば3分で全焼しそうな古い建物だがぱりっとした紺色の暖簾がかかっている。一瞬行き過ぎたが、思い直し戻って暖簾をくぐる。
 
予想通り昭和の雰囲気を色濃く残すおでん屋。カウンター10席程度、テーブル席は5テーブルぐらいだろうか。結構な繁盛ぶりで、遠慮しながらカウンターの一番右端に座る。壁には古ぼけた黒板にチョークで刺身その他の一品が書かれていて、目の前でおでんを煮ている。カウンターの奥には1億円札や招き猫などおなじみの昭和グッズ。中に立っているのは60絡みのこぎれいなお母さんと20代の女性。寒いので熱燗。追加でシマアジ刺しとおでんを数品頼む。

熱燗出てきたら二合徳利だった。さすが上野。最初だけカウンターの中からお酌をしてもらう。隣は常連さん3人連れ、うちの親父と同い年かちょっと上ぐらい。結構飲んでいるが、下町でよく見るきれいな飲み方。

味の染みた大根を食べ、ごっつい厚揚げを食べているうちに身体が温まる。背中越しに引き戸を開く音がして3人連れの客が入ってくる。カウンターの常連さんが一つ席をずれて私の隣に移ってきて、3人連れのために席を作ってあげている。常連さんは一見の客に席を譲る、というお約束が守られている。

私の隣にイトウさん、イトウさんと店の人から呼ばれているごま塩頭のずんぐりしたお父さんが座る。短い話をして最後に冗談を言ってハハハ、と笑うのを繰り返して楽しく飲んでいる。

「兄さん、この店は初めて?俺はね、この店昭和29年ぐらいから来ているよ。隣の新潟から出てきたこいつの地元は、村なのに競輪場があるんだよ、すごいねアハハ。」「この若い女の子はレンちゃんっていうんだよ。中国のハルピンから来た。中国語教えてもらってね、いい子なんだ。レンっていうのは、干支の寅って書くんだよ。後ろの女の子はくみちゃん。日本人。」と言って胸から手帳を取り出して、「くみちゃんは月、火、木曜日にいて、レンちゃんは基本毎日いる」と教えてくれる。黄色いポストイットにおでん屋のバイトの女の子のローテーションが几帳面な小さい字で書かれている。くみちゃんがそれを見て、「イトウさん、本当にメモ魔なんだから。お客さん、イトウさんのメモ帳いろいろ面白いこと書いてあるんですよ」と言って笑う。

イトウさんは東京オリンピックの前に新築の団地に親と一緒に引っ越した話をしてくれ、そのころの公団住宅は夢の未来の住宅みたいだったよ、と教えてくれた。隣の新潟の弥彦村出身の友達はちょっと前に綺麗な奥さんを亡くして寂しがっている、といいながら私のお猪口にお酒を注いでくれる。でも私のことをいろいろ詮索したりはしない。短くて太い指が関節ごとに曲がっていて、爪が横に広がって大きくて、今はツイードのジャケットを着ているけれどこれまでずいぶん苦労されたのだろうことが何も聞かずとも伝わってくる。イトウさんも奥様に先立たれてしまったのだろうか。上野のおでん屋はそんな寂しくても寂しいと言わない人たちのためにそこにあった。私が通り過ぎることができなかったのはもしかしたら偶然ではなく必然だったのか。