伝説のモルトバー 丸亀 サイレンスバー
伝説のモルトバー、丸亀のサイレンスバーへ。
全く無計画の行き当たりばったりの旅行中、夕食後家人たちをホテルに残し、高松駅からディーゼルエンジンの特急に20分ほど揺られて丸亀へ。
バーは駅から1㎞ほどなのでタクシーに乗るほどでもなく、満月の月明かりの下独り歩く。街は寂しい。クリスマスの夜9時なのに、駅を離れると人気はほとんどない。10分ほどすると港町につく。船が出航の準備をしている。こんなところに本当にバーはあるのだろうか。
岸壁から一本離れた元倉庫らしき建物に、件のバーを見つけた。ネオンが控えめに光る。ドアを開けると、団体のお客が2組。地元の人たちのようだ。カウンターはがら空きなのだが、そこは世の中クリスマスで予約が入っているらしく、若いバーマンが一番端に席を作ってくれた。
ここの噂を渋谷のCaol Ilaで聞いて、機会があったら一度訪ねようと思っていた。なぜこのバーが伝説のバーといわれるかはこちらを見て欲しい。想像もできない数のオールドボトルが眠っていて、丸岡さんとおっしゃるバーテンダーがあまりにかっこいいのだ、と聞いていた。
見るところ丸岡さんはいらっしゃらず。まず一杯目はタリスカーソーダ。高松で穴子の刺身を初めて食べ、ふわふわとした食感のカワハギの肝などをしこたま食べてうどんで締めた後だったので、渇いた喉にソーダがしみじみ沁み込んでいく。
さあ二杯目は何を頼もうか、と考えていたら御大が登場。私の後に店にきて隣に座ったお客さんに「東京からわざわざありがとうございます」と声をかける。出たとこ勝負の私と違って彼は事前に電話を入れていたようだ。いくつもバーの名前を挙げて、そこのだれだれさんから紹介されてきました、と言っていた。丸岡さんは店の名前を言われるとそこのバーテンダーの名前がすらすら出てくる。
私も名前を聞かれて渋谷のCaol Ilaからの紹介できた、というと、小林君のところか、この前行ったよ、とのこと。
カウンターががら空きなのに二人端っこで片寄せあっているので、 「バーで知り合うっていうのもいいですね」と言われたのだが、その時はまだ隣の方とは一言も口をきいていなかった。
タリソー作ってくれた若いバーマンは、実は丸岡さんの息子さんの大介さんだったことが後程判明。一息ついて店内を見渡すと、L字型のカウンター十数席ほどの後ろにはびっしりとボトルが並べられている。私は丸岡さんにハイランドかスペイサイドで何かおすすめのものをお願いします、とお願いした。そうするとカウンターの裏に彼は消えて、しばらく経ってDalmore 12年の70年代か80年代と思しき黒いラベルのボトルとともに現れた。
「これは男らしいウイスキーなので試してみてください」
私はこれまでDalmore飲むきっかけがなかったので比較のしようがないが、オールドになってもストラクチャーがはっきりしているので確かに男らしいなあと思いながらいただく。
「一杯目はなんでしたか?」
「タリソーいただきました」
「うちは毎日一本はタリスカー空くね、若いころはウイスキーをわざわざソーダ割にして飲むなんて、と思っていた頃があったけど、お客さんから教えられたよ。旨いウイスキーはどう飲んでも旨いんだって。そこからタリスカーソーダばっかりだね」
そう言いながら自分のグラスでぐいっと飲まれる。実は丸岡さんが一晩でボトル半分ぐらい飲んでいるのではないか、と思って声を出さずに笑ってしまう。
次、何をお願いしようか悩み、このところ最もおいしいものの一つだ、と思うようになったDaluaineをお願いした。
「珍しいものを知っていらっしゃますね、ほとんど注文を受けたことないです」
「いや、最近好きなんですよ」
「じゃあちょっと持ってきますか」
そして持ってこられたのがThe Societyのもの。 昔はロゴは紙のラベルに描かれていたとは知らなかった。1981年4月蒸留の15年物。何だかさらにすごくなってきた。
丸岡さんはThe Societyの設立メンバーだとのこと。ボトルナンバーが1番のものも倉庫には何本かあるらしい。もうこのあたりのものになると、私が感想を述べるのもおこがましくなってくる。
どうして店を開こうと思ったのか、という話を教えていただきながら飲み続ける。一見の客の私にここまで良くしていただくのも恐れ多いと思いながら、問わず語りに耳を傾ける。
「アイラが好きなんでしょ」と言って次に持ってきてくださったのはこちら。Bulloch LadeのCaol Ila、12年43°。
そしてGlenFarclas25年43°、Grant Bondingのボトリング。どうしてこういうものが残っているのだろう、と不思議になる。ボトルのネックの埃は払っては罰が当たりそうな気がしてきた。蒸留されたのは日本でオリンピックが開催される頃かその前かもしれない。丸岡さんはそれぞれのボトルについて蘊蓄を語らないが、伺えばたくさんのエピソードが紡ぎだされるのだろう。
「日本中のウイスキー好きなバーの方から良くして頂いてありがたいんです」とおっしゃっていたが、ウイスキー好きで彼に敬意を払わない人がいたらびっくりしますよ、と思いながらグラスを傾ける。
そして締めにはCadenheadのSpringbank。
何気なく持って来られて自分の前に置かれたボトルによって、自分が生まれる前の世の中に間違って辿り着いてしまったかのような「時間」という概念が麻痺するという初めての経験。
そんなタイムスリップを経験するには、東京からいくつもの大きな橋を渡ってやってきて、人気のない道を満月の明かりに照らされて歩くことが求められていたのかもしれない。