東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

南投蒸留所訪問記、オマー(Omar)ウイスキーについて調べてみた

蒸留所概要

南投蒸留所は台湾で唯一海のない内陸県の南投県南投市にあり、スコットランドで使われるゲール語で「琥珀」を意味するオマー(Omar)という名を冠したウイスキーを2008年から生産している比較的若い蒸留所。

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伝統的にウイスキー熟成に使われるバーボン樽やシェリー樽だけでなく、茘枝(ライチ)酒、梅酒、ワイン、オレンジブランデーなどの樽を使ってフィニッシュさせる世界で最もイノベーティブな蒸留所の一つ。
こういうといわゆる「イロモノ」的な印象を受ける人もいるかもしれないが、バーボン樽熟成がうまくいかないとユニークな樽でフィニッシュさせても美味しいウイスキーはできないし、実際に茘枝酒の樽で熟成されたウイスキーを飲んでみるとこれは一つの新しいスタイルだと感じさせられる。

歴史

日本の統治時代から塩や酒、たばこは国有の専売局のみによって販売が許されていたが、台湾解放後も政府の財源確保のため菸酒公賣局がタバコ、酒などの生産を独占。2002年に台湾のWTO加盟により専売制が廃止され公売局が民営化、現在の南投蒸留所を保有する臺灣菸酒股份有限公司(Taiwan Tobacco and Liquor Corporation, TTL)が設立された。沢山あった公売局の蒸留所、醸造所の中で南投蒸留所(南投酒廠)だけが2008年にウイスキー造りを開始。ちょうどその年は同じ台湾のカバラン蒸留所がウイスキーを初出荷した年だった。

民営化後で外国製品との競合もあり財政難の中で設立された。コストセーブのため蒸留設備は後述するように各地で眠っていたポットスティルが集められたためそれぞれ形状が異なる。生産開始当時はウォートとウォッシュは近くのビール工場から持ってきていた*1が、2009年にマッシュタンとウォッシュバックを新設。

2013年には初のシェリー樽とバーボン樽熟成のシングルカスクカスクストレングスを販売。
2015年にはライチ酒、梅酒、ブラック・クイーンワインの樽を用いてフィニッシュをかけたウイスキーの販売を発表。
2016年からは国際的なウイスキーコンクールで数々の賞を受賞。世界的に評価される蒸留所となった。

特徴

南投蒸留所はもともとビールやワイン、ライチ酒、梅酒、オレンジブランデーなど醸造酒・蒸留酒ともにさまざまなお酒を造っていた。この樽のバリエーションを活かして先行するシェリー樽熟成で有名となった同じく台湾で作られるウイスキー、カヴァランに対して差別化を図っている。

麦芽は複数のモルトスターからの仕入れ。アンピーテッドの多くはイングランドから、ピーテッドの多くはスコットランドから購入*2

麦芽はドイツ産のミルで粉砕されて70%グリスト、20%ハスク、10%フラワーとなる。
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この辺はTTLが台湾で最も人気のある国産ビールを造っていたノウハウが活かされている。
これらグリストは半ろ過式のドイツ製のマッシュタンに送られる。マッシュタンの容量は15000リットル。温水は3度に分けて加えられる。

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ウォートはステンレス製のウォッシュバックに送られ、イーストによってウォートの中の糖分が二酸化炭素とアルコールを作り出す発酵プロセスが始まりアルコール度数7から8%程度のウォッシュになる。通常の近代的な蒸留所での平均的な発酵工程は48時間程度のところ、南投蒸留所ではフレンチディスティラーズイーストを用いて平均72時間をかける。

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ウォッシュはウォッシュスティルに送られて初留が行われ、アセトンやメタノールなどの有害物質が取り除かれエタノール、芳香性化合物と水分を含むアルコール度数の低いローワインとなる。そこから再留釜であるスピリットスティルに送られより高い度数に精製される。

南投ではウォッシュスティルとスピリットスティルが2つずつ計4つある。会社が財政難にあったため、安価な中古のスティルを買い集めて蒸留設備が作られた。そのためそれぞれラインアームやスティルの形状が異なる。大きさも1つは7000リットル、2つは5000リットル、1つは2000リットルと大きく違う。
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Whisky Magazineの日本語記事を見ると4つのポットスティルのうち3つはスコットランドのロセスにあるフォーサイス製、1つはベルギーのFrilli Engineering SPA社製、とされている。記事にクレジットがなく文末にWMJ Promotionとの記載、受賞歴の画像も南投蒸留所のHPからのものに思われるのでおそらく蒸留所による公式な説明に近い。かつての蒸留所の写真を見ても「比利時(=ベルギー)」という説明書きがついていた。

こちらがフォーサイス社製のポットスティル。

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しかし私が撮った写真をもとに調べてみるとベルギー製とされているポットスティルはイタリアの老舗、1912年創業の蒸留設備製造業者フリーリ(Frilli)社製と思われる。そもそも表記がイタリア語。会社名の後のSpAやs.r.l.というのはイタリア会社法上の株式会社と有限会社のことだ。直近スカイ島の隣にあるラッセイ島に新設された蒸留所もフリーリ社の蒸留施設を採用している。

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ちなみに現在はフリーリ社はベルギーには生産拠点やオフィスはない。昔はあったのかもしれないので何とも言えないが、ベルギー産ではなくてもしかするとベルギーの蒸留所で眠っていたポットスティルがはるばる東アジアまでやってきたのかもしれない。
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自社製品の最も重要な生産工程にあるスティルの出自が何だかあやふや、というのも面白い。

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蒸留回数は2回。私が訪れた時は蒸留中で、スピリットセーフの中でニューポットが流れていた。

f:id:KodomoGinko:20191226171657j:imageスピリットセーフはフォーサイス社製。
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貯蔵・熟成

残念ながら私は貯蔵庫を見ることができなかったので、貯蔵・熟成の写真は前回のキルケラン同様にK.67/鯨さんからお借りいたしました。

蒸留所内には3つのウェアハウスがあり、第二貯蔵庫がシェリー樽熟成用、第三貯蔵庫がバーボン樽熟成用、第一貯蔵庫がライチ酒、ワイン、オレンジブランデーなどのその他の樽での熟成用。

f:id:KodomoGinko:20191226215449j:plain南投では一番寒い1月でも平均最低気温が18℃、平均最高気温は27℃、真夏はそれぞれ27/35℃とスコットランドとは比べ物にならないぐらい気温が高い。そのせいでエンジェルズシェアは年率7-8%とスコットランドの2-3%程度と比べて圧倒的に多い。

仮に南投のエンジェルズシェアを7.5%、スコットランドのそれを2.5%として、10年熟成すると当初1リットルだったウイスキーは南投では0.459リットル(0.925の10乗)まで減ってしまうが、スコットランドでは0.776リットル(0.975の10乗)までしか減らない。台湾で10年熟成するのとスコットランドで31年熟成するのとが計算上では同じ量のエンジェルシェアとなる。
それだけ南投では熟成も早く進み、同じ熟成年数のウイスキーで比較するとスコッチの6割程度の歩留まりしかないので1.7倍高くても文句言えない。

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バーボン樽でサードフィル、フォースフィルと使われてきたものはライチ酒の保存に使われる。樽の力が弱ってもスポンジのようにライチ酒のエキスを吸収し、それらの樽を使ってバーボン樽で熟成された原酒をフィニッシュすることで上品で主張の強すぎないウイスキーが産まれる。
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ちなみに1999年9月21日の深夜に南投を震源とする死者2400人を超える921大地震があり、ブランデーを貯蔵してあった南投蒸留所の熟成庫は全焼。今の熟成庫は地震に耐えたもの。

 

テイスティング

Black Queen Wine Barrel Finished Cask Strength (215/950, Cask No. 21090336, 21090345, 21090346)

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バーボン樽熟成、ブラック・クイーンワイン樽フィニッシュ。

色は綺麗なアンバー。香りの立ち上がりは穏やかで安らぐ。潤いの残る干しぶどう、オレンジ、濡れた革、遠くにわずかのブラックペッパー。
口に入れると上品な甘味が広がる。東ハトオールレーズン(!)、微かなライチ、杏仁豆腐。フィニッシュは少し渋みが残るが嫌味はなく綺麗な余韻が続く。軽くウッディ。
ワイン樽熟成ってどうなの?という先入観あったが嫌いじゃない。

このブラック・クイーン樽フィニッシュというのはある意味台湾と日本の絆の象徴。

ブラック・クイーンというブドウ品種は日本固有のもので、1927年に新潟県上越市の岩の原ブドウ園の創業者の川上善兵衛氏によって開発された。川上氏は勝海舟の勧めでブドウ栽培とワイン醸造を始め、今日の国産ワイン醸造の礎を築き、その功績から「日本のワインの父」と呼ばれている。
川上氏はブドウの改良にも取り組み、開発に成功したブドウは22品種、マスカット・ベリーAなどもその中に含まれる。

そんな日本と深い縁のあるブドウで造られたワイン樽で熟成された台湾のウイスキーは、二つの国(というと怒る人もいるかもしれないが)の強い結びつきのシンボルと言っても言い過ぎではないだろう。

 

PX Solera Sherry Cask 2008 10 yo

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シングルカスクカスクストレングス、8年バーボン樽、2年PXソレラシェリカスクにて後熟。 

色は相当濃い。香りはシトラスやオレンジなどの柑橘系、マジックインク、マッチの煙。口に入れると粘度を感じながらもスムース、砂糖の入ったダージリンティー、みかんの缶詰のシロップ、黒いぶどう。フィニッシュはウッディ、最後に少し渋みとわずかな硫黄系のえぐみ。いわゆるドシェリー系。圧殺系ではない。 


Cask Strength Lychee Liquour Barrel Finished

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色は通常のバーボン樽熟成と変わらないが香りが全然異なり、オリエンタルな香木を思わせる。わずかなミカンのような柑橘感、リコリスキャンディ。バーボン樽熟成の原酒の特徴を失わない中でライチの甘さが口の中に広がっていくが主張が強すぎず、上品なまま余韻につながっていく綺麗で儚い感じ。

 



インドや台湾のウイスキーというだけでなぜだか遠ざけてしまう人がいて、その人たちは「本当にまじめに作ってるの?ちょっとまがいものっぽくない?」という疑問を持っていることが多いように思われるのだが、確かにいろんな資料を見ていると事実関係が若干明確でなかったり、違った記述が見受けられたりしてきちんとしたブランディングにはなっていないと感じることは多々あった。

(南投蒸留所の皆さん、私に日本語HPの改善手伝わせていただけませんか?相当いい翻訳ができると思います!)

しかし実際に蒸留所に訪問してみたことのあるオマーとカヴァランは、プライド高く真面目にウイスキーを造っていると強く感じられた。オマーは日本ではまだまだマイナーな蒸留所ですが、バーなどで見つけられたら試す価値は間違いなくあると思います。
個人的にはシェリーよりもバーボン樽の使い方が上手な蒸留所というイメージ。ライチもブラック・クイーンワイン樽フィニッシュも良かったな。

 


参考

http://www.omarwhisky.com.tw/jp/about.aspx

http://www.omarwhisky.com.tw/en/about_story.aspx

http://whiskymag.jp/omar_03/

https://asia.nikkei.com/Life-Arts/Life/Omar-whisky-a-Taiwanese-tale-of-grapes-and-barley

http://www.whiskygeeks.sg/2019/06/27/nantou-distillery-visit/

http://www.whisky-distillery.net/www.whisky-distilleries.net/Asia/Seiten/Nantou.html

https://www.masterofmalt.com/distilleries/nantou-distillery/

https://www.mansworldindia.com/experiences/fooddrink/rise-taiwanese-single-malt/

 

 

 

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*1:TTLは現在でも台湾産のビールとしては最も人気のある台湾啤酒を製造している

*2:両者とも多くがスコットランドから、という記述も見受けられた