東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

バーでの作法

皇居を走り、汗を流してからバーに出かけた。4月中旬の夜の街はいつもと雰囲気が違う。居酒屋から出てきて2次会の場所確保を待っていると思しき若い大人数のグループが道をふさいで通れない。酔いつぶれて介抱されている人も。新入社員の同期会か。

仕事場でまだ自分が受け入れてもらえていない疎外感や孤独、不安を打ち消すために弱いもので群れる。それは仕方のないことだ。自分も通った道なので目くじら立てようとも思わない。

そんな街の光景を眺めながら初めてのバーに入った。声のボリュームのコントロールを忘れてウイスキーのうんちくを熱く語る若い二人連れがいた。静かに味わって飲みたいと思っていたのだが、行きつけの店でもないのでおとなしく飲む。

二杯ほど飲む間に、私の隣にいた外国人カップルが次にどの店に行くべきか相談していた。女性はどうやら日本語を学んだことがあるらしく、片言の日本語で懸命にお店の方とコミュニケーションを取ろうとしていた。口を挟もうか少し悩んだがジャパニーズウイスキーが好きで白州蒸留所にて3日過ごした、と言っているほどだったので「すぐ近くにWhisky Risingにも紹介されているイチローモルトがたくさん置いてあるバーがあるよ」とおすすめしたら喜んでいた。Whisky Risingというのはベルギーとスコットランドで育った著者によって書かれた、日本のウイスキーやバーをさまざま紹介している本。邦訳も出ている。

すると奥の二人が「あそこのオーナーバーテンダーは英語しゃべれないんじゃないの?」と言っているのが聞こえる。そしてイチローモルトが充実している別の店のマスターの名前を出して、「××さんの店の名前何だったっけ?そっちの方がよくない?」と今飲んでいる店のバーテンダーに聞いている。

自分たちの発した言葉が様々な方面に対して持つ意味を彼らが理解できているとはとても思えなかった。悪気はないのは分かるが、想像力に欠ける。残念な気持ちをオールドのグレンリヴェットとともに飲み干し店を出た。
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グレンリヴェットは昔サイレンスバーで飲んだものを期待して注文したのだが、東南アジアの免税店向けリッターボトルの保存状態があまりよくなかったせいかそこに感動はなかった。店での出来事とは全く無関係だが。

やはりホームグラウンドのバーで飲む方が様々な意味で気持ちよく飲める可能性が高いのは間違いない。

そんな目にあったので、ふと昔のバーでの作法というのはどうだったのだろう、と気になり、本棚にある池波正太郎の「男の作法」という本を引っ張り出した。もう40年近く前に書かれた本。時代遅れになってしまっているところもあるが、「高い腕時計しているのに安いボールペン使うとかはバランス悪いから、時計の前にいい筆記具を買いなさい」、「鮨屋では通ぶる客が一番軽くみられる、職人の符丁のあがりとかガリとか言わず、お茶、しょうがと言え」などと書かれてあって今読んでもなるほどな、と思うことが多い。手元にある文庫本は平成23年の83刷。ロングセラーなのは今でも通用することが書かれているからなのだろう。
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ちなみに池波正太郎は「鬼平犯科帳」などの著者、時代小説の大家で食通としても名が高く、当時人生経験豊富なダンディーなおじさんの一人とされていた。今の人で喩えるのは難しいが、ビートたけしが「昔の芸人はこういう感じで粋な人が多かった」と話すようなものか。

彼の述べるバーでの作法について簡単にまとめると以下のようになる。

食事の前にバーに立ち寄って、ギムレットマティーニ、マンハッタンなどのスタンダードなカクテルを2杯ぐらい飲んでから出かけ、食後にまた同じ店に帰ってきてブランデーなど飲むのが男らしくていい

バーの醍醐味はちゃんとした店で見つけた自分が好きなバーテンダーと仲良くなること

つまらない店にいろいろ行くぐらいなら、そのお金を貯めておいていい店にたまに行くほうがいい

いい店のバーテンダーからは気の配り方など客が学べることが多くある

 

格のある店のちゃんとしたバーマンと仲良くなる、というのは口で言うほど簡単ではない。客としてどういう振る舞いをすべきか、してはいけないかの常識がそもそもないといけなくて、そうでなければ仲良くなれない。どう振舞えばいいは本を読んで覚える類のものではない。

この本には初めて行く敷居の高い食べ物屋でどう振舞うべきなのか、混んできた店で長居することがどんなにかっこ悪いのかなど、飲みに行ったときにも役立つことがたくさん書かれている。

最高のハイボールやショートカクテルを飲みたいと思うのであれば、細部にまで注意を払って最高の状態で仕上げられた一杯が目の前におかれたらしっかり味わいつつも時間のたたないうちにさっと飲むべきで、携帯いじったり話に興じている場合ではない。それはお酒だろうが鮨だろうが天ぷらだろうが変わりない。昔は注意してくれたお店の人もいたのだと思うが、今はそんな人は減ってしまった。その代わり、単純に次の一杯が最高の仕上がりのものでなくなる(可能性が高まる)だけだ。自分が作り手の立場だったらベストのものを作ったのにそれが時間がたっても口にしてもらえない状況でどう思うか、次の一杯にも自分のベストを尽くそうと思うか、想像してみればわかるだろう。

注意してくれる店の人がいれば、むしろそれは感謝した方がいいかもしれない。注意されなければ一生気が付かずにいろんな店で同じ間違いを犯し続け、同じ金を払ってもちゃんとした人よりもレベルの低いサービスしか常に提供されないかもしれないのだから。

そう考えれば、格のあるバーで客として認められるための作法というのは究極的には「バーマンの、あるいは店の他の客の立場になって考えてみたらどうだろう?」と想像力を巡らせられるかどうかの一点に尽きるのではないか。

 

 

男の作法 (新潮文庫)

男の作法 (新潮文庫)

 

 

 

 

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

 

 

 

最近のプチ幸せ

平野啓一郎さんが私のツイートをリツイートしてくれた。伸びなかったけど。SNSならではの出来事。「壮大に」ではなくて「盛大に」でしたね。

ちなみにマイケル・シェンカーとは70-80年代に「神」と崇め奉られたドイツ人の元アルコール依存症ギタリストで、ワウを使った独特のギタートーンとクラシカルかつオーソドックスなスケールでむせび泣くようなソロで世の中のギター小僧を虜にしたおじさん。今も現役。

 

新橋のキャパドニックさんのカウンターが満席で、入口に近いテーブル席で勧めていただいたボトルを一人味わって飲んでたら、お客さんが私のテーブルに来たので一瞬喧嘩でも売られるのかと思ったら「ブログ読んでます!大学の後輩です」と言われた。面割れてた。ブログにはほとんどコメントつかないので永遠の一人壁打ちテニスモード、だったんだけど初めての生のフィードバック、ごっつぁんです。

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最近買ったソニーノイズキャンセリング機能付きヘッドフォンが超優秀だった。これ着けてたら神経質な俺でもレオパレス住めて、スピードラーニング流す人がいても住民の中で俺だけ全く英語が上達しないレベル。ゴルゴ13の背後に行列ができる法律相談所を開設しても気付かれないレベル。

渋谷みたいな街を歩くと「バーニラ、バニラ高収入〜」とかホストクラブの宣伝広告トラックの大音響攻撃に晒されて心の平安が削られるけれど、これを着けていると外出しても心が健康で文化的な生活がもれなく保証される。

アマゾンでケチつけてるオタクっぽい人いるけど、窓開けて外の叫び声や騒音入ってくる中で超高音質のスピーカーで音楽聴くのと、外部ノイズから遮断された部屋でそこそこ音質のいいスピーカーで音楽聴くのとどっちがいいかなんて自明じゃないか、と思う。

 

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グレンリヴェットの60、70年代の5ヴィンテージを垂直試飲出来たこと。伊勢神宮参拝の際に立ち寄る津のアンバールさんにて。年に一度しかお邪魔していないのにいつも良くして頂いて本当に感謝。


伊勢神宮でたまたま奉納大相撲を行なっていて、白鵬鶴竜の土俵入り、豪太郎や貴景勝玉鷲を生で見られたこと。

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渋谷の行きつけのバーの仲良くさせていただいていたバーテンダーが辞めたことで危うくバー難民化しかかったのだけれど、居心地のいい新しいバーを知り合いから紹介いただいて無事着地できていること。渋谷の新しい、といっても前から知り合いのバーテンダーも私の好みのボトルのコレクション持っていて振舞ってくれること。

 

2013年初出場以来毎年楽しみにしている石垣島トライアスロンに私の不手際で出場不可になりかかったのだけれど、ある親切な方に助けていただき今年も出場できるようになった。日本で一番西にあるモルトバーにまた行かれるし、俺がこれまで食べてきた焼肉は一体なんだったのだろうと思わずにはいられなくなる焼肉やまもとの予約をトライアスロン仲間が取ってくれたこと。

 

苦手だったスイムにようやくブレークスルーがあって、1キロぐらい泳ぐのは何ともなくなった。これまでは1キロ泳ぐぐらいなら15キロ走った方がいいわ、ぐらいだったのが8キロランぐらいになったイメージ。水中の中立姿勢がしっかり取れる感覚が出来て、大胸筋などではなく背中の肩甲骨周りの筋肉を使ってローリングの反動を活かしながら省エネで前に進むことが継続してできるようになった。今度のレースでどんなタイムが出るのか楽しみ。

 

飲みたかったタリスカー8年とグリーンヴェイルという名のダルユーインを飲めた。大した苦労もなく自分が飲みたいボトルが置いてある店を見つけて飲みに行けるというのは、あんまりみんな認識していないかもしれないけれど東京のビューティーの一つだと思う。間違いない。

このタリスカー飲んだ後で自分の家で空いているHoopの6年タリスカー飲んでみたけれど、HoopはHoopで負けていないことが確認できて、それもプチ幸せの一つだった。

それぞれの人のそれぞれの事情

平日昼間に母から携帯にショートメールが来た。仕事終わりにようやくチェックしたら悲しい知らせだった。実家で飼っていたフレンチブルドッグが死んでしまった。

「コパンが昨夜亡くなりました。ずっとテレビを見ていて、気が付いたのは寝るときでした。眠ったままで行ってしまいました。ワンとも言わないで。17日に荼毘に付します」 


老いた親からの短いメッセージに込められた気持ちを思うと二重に悲しくなった。

さぞかし気落ちしているだろうと思い、両親の顔を見に週末バイクで伊豆へ。事前に連絡するのもと思い、あえて熱海から電話してみると父はいるが母は入れ違いに東京に来ているとのこと。虫の知らせとかそういうものはないのだな、と心の中で苦笑いしながらとりあえず無事に実家に着く。土曜日の昼下がり、父は居間で一人本を読んでいた。コパンがいなくなった家が余計にがらんと感じられた。

コパンは骨になって立派な白い布がかぶせられた桐の箱の中にいた。わが実家に来ておよそ15年。大往生だった、と思う。元気な頃はフレンチブルドッグらしい陽気な性格でみんなに愛されていた。ここ数年は目もあまり見えず、あまりしっかり歩けなくなっていたので生きていたのも苦しかったはず。この世の苦しみから解放されて天国に行かれたのであれば長生きしてほしいと思うのは我儘だったのだろう。

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親の顔を見るべくやってきたにもかかわらず、男二人で家にいるのも気づまり、というたいていの男性ならわかるはずの状況になり、実家を出て伊豆熱川まで15㎞ほどのランニングに出掛ける。山道を走った疲れを温泉とサウナで癒して伊豆急に乗り、ちょうど東京から戻ってきた母と合流して実家に戻った。伊豆高原の駅の早咲きの桜が見事に咲いていた。


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コパンのことが気になって早く東京から帰ってこないと、と今でも思うわ、と母が言う。それはそうだろう。母が東京で買ってきた総菜を3人で食べて、夜8時過ぎにバイクで東京に戻る。

夜には気温がぐんと下がり、小田原厚木道路走っていたら体の震えが止まらなくなった。海老名サービスエリアに入り、ジャケット着こもう、と思って背負っていたリュックを見たら口がぱっくり開いている。
まさか、と思って見てみると着たかったジャケットはそこにはなかった。背負っていたリュックの口が風圧で開いてしまい、中に入れていたNorth Faceのお気に入りのトレッキング用ライトシェルジャケットが吹き飛ばされてしまったのだ。とっても気に入っていたのに。
残念過ぎ、そして寒すぎて心が折れる。仕方がなく夜も10時になろうというのにスタバでショートドリップ飲んだ。カフェインと暖かさが身体に染み入ってくるのを感じながら、コパンのことを少し思った。

 

その後、今度バイク乗るときはいろいろ気を付けないと、と思っていたのにまたやらかした。首都高を走っていてガレージのシャッターのリモコンを落っことした。デニムのお尻のポケットにマッチ箱ほどの大きさのものを入れていたのだが、コーナーで身体を動かしているうちにポケットの中をせりあがってきてしまったようだ。結構な勢いで走っている時にブーツのかかとあたりに何か当たった気がして「まさかリモコン?」と一瞬思ったがそんなわけはなかろう、と考え直し、そのまま走り続けた。仮に目の前で落っことしたとしてもまさかバイク停めて首都高の真ん中で拾うわけにもいかない。気もそぞろに走り続け、パーキングエリアに止まって確認したらやはり、だった。

恐らく後続の車に踏まれてバラバラになっているだろうな、と想像し、いつも楽しい首都高ぐるぐるひとりツーリングなのだけど気持ちが折れて帰宅。いつもならリモコン使ってシャッター開けるのにヘルメットかぶったままで家の鍵を開け、ガレージの中からシャッター開けてバイク片付ける、という作業の不便さにさらに凹んだ。

翌日シャッター会社に電話して値段を聞いたら1個1万5千円を超えるとのこと。5千円ぐらいかと思っていたから予想以上。首都高にバイク停めて落っことしたリモコン拾って轢かれたら1万5千円ではきかないのでまあしょうがないか、と訳の分からない納得の仕方をした。不注意は高くつく。

車で高速道路を走っているとなんでこんなものが道に落ちているんだろう、と思う時があるが、それぞれの落下物にはそれぞれの事情があることがよく分かった。

不幸はいくつかあったが、最近は小さな幸せにもいくつか恵まれた。

後輩と目黒の焼きとん仲垣で散々食べてあまりの旨さに結構びっくりした後、二軒目どこ行くか考えた挙句、マッシュタンでもGosseでもなくFractaleというラムが飲めるバーに行くことに。当たり前だがウイスキーだけが蒸留酒ではなく、ウイスキーだけが美味い酒だというわけではないのだ。

この店はバックバーというものがなく、おすすめのボトルを数本持ってきてもらいそれぞれ説明してもらって香りをかぎ、気に入ったものを注文するというスタイル。なのでボトルの写真を撮り損なうと何を飲んだのか忘れてしまいがちで、詳しくないラムの詳細はアル中ハイマーの中年の酔っ払いにはなおのこと覚えられない。一杯目にいただいたラムはブラインドテイスティングすると10人中8人はブランデーと言いそうなくらいブドウの香りとコクで驚き、二杯目は…。なんだっけ。

それからウイスキーで何か面白いものありますか、と聞いたら結構びっくりするものが出てきた。イチローズのThe Game、ミズナラカスクミズナラ特有のオリエンタルな香りはあまり感じられなかったがキレのある綺麗な麦を感じる軽快なドラム。少しソーピーだった記憶もあるが気のせいかも。羽生の酒ももう飲めなくなってきているので想像していなかったところで飲めてうれしかった。もしかしたら酒好きオーラが伝わったのかもしれない。

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小さな幸せその2。スーパームーンの翌日に海岸通りをランニングしていて見られた東京湾に映る月。奥はお台場。品川埠頭の近くから。海外にも関西にも住んでいたことはあるのだけれど、東京が大好きでたまらない。こういう景色が見られることも含めて。

 

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小さな幸せその3、というか自己満足。30年近く前に買ったピクチャーレコードを引っ張り出してきて、ヨドバシExtremeでレコード専用のフレームを買って自分の部屋に飾ってみた。レコードそのものも名盤だと思うし、ジャケットも歴史を感じていいと思っていたので飾れてよかった。Roadrunnerから出ていたレコード。

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小さな幸せをいろいろ探して考えてみたけれど、やはりコパンがいなくなってしまってとても寂しい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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よい子はロックバーでQueenを見境いなくリクエストしない

私のこれまでのストレス解消法といえば、ランニングしてお風呂で汗を流しサウナで瞑想し水風呂入ってととのったあと(マッサージが受けられればなお良い)、さっぱりとした格好に着替えて美味いもの食べていつものモルトバーで美味い酒飲んで少しおしゃべりする、というもの。これを全てしっかりこなすには結構時間がかかるけれど、コンプリートするとココロもカラダも仕上がって数え役満上がった状態。

だが好事魔多し。ランニングとサウナと飲酒のコンボで脱水状態となり脈拍下がらず寝つきが悪くなり、食べ過ぎて苦しく、夜更かしして飲み過ぎて眠りの質も低下した上に起きても酒が残っていて、自己嫌悪も含めて翌日ストレスたまりまくりの状況でスタート、なんてことはよくある。なにせもうおっさんだから。数え役満和了って調子乗ってたら2分後に親に役満放銃したようなもので、差し引きマイナス1万6000点逆転不能。現に今がそうだ。いつも土曜の朝は子供を車で習い事に送ることになっているのに全く起きられず、起きてきても完全に酒気帯び状態で使い物にならず、子供は寒い中一人で電車に乗って出かけたと嫁にやや棘を含んだ声で聞かされる。絵に描いたようなダメ親父。

そういうわけで上記のコンボとは違う何かをずっと見つけたかったのだが、最近ようやく新しいストレス解消法を発見した。

先日立ち飲みのパブで会社の飲み会があり、たまたまそこで昔よく聴いたLed ZeppelinのKashmirが流れていた。ハードロックの授業が存在したならこれ必ず試験に出るよと言われそうな、演歌でいうと与作みたいな曲。耳にはうるさくないけれど腹が震える大きなスピーカー独特の音を聴くと、何故だか不思議とリラックス。ああこれいいわととのう。身体全体で音楽を受け止める感じ。ヘッドフォンで耳だけで聴くのとはだいぶ違う。心の奥の硬い何かがマヨネーズのような固体と液体の間に変わる。そうだった、ロックバーに行けばいいのか。昔よく行ったけど忘れてた。でかいスピーカーで腹に響く音楽掛けてくれるところ。出来れば美味い酒があればなおいい。

そういうわけでウイスキーが充実していて大きめのスピーカーから70-80年代のロックが流れるバーを探してみることにした。

ウェブを眺めていて一つかなりイメージに近いところを発見。新橋の行きつけのサウナからほど近い、雑居ビルの地下にあるカウンターだけのロックバー。6人も入れば閉所恐怖症の人なら思わず出口を目で追って探してしまうような店。照明は暗く、入り口の横にはLed ZeppelinDeep Purpleが来日した時のコンサートのポスターが貼ってある。

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Led Zeppelinの来日公演ポスター

換気が行き届いていてそれほどタバコ臭くない。焼酎の品揃えが豊富なのが売りだがスタンダードなアイラやイチローズのホワイトラベルなども置いてある。私にとっては理想的なバーだ。

店の中ではWishbone AshのThe King will Comeが流れている。レコードではなくCDで。普通の声で話ができるぐらいのボリュームで音はすごくいいのだが残念ながら小さめのスピーカーで腹には響かない。一杯目はアードベッグソーダをお願いする。

奥に座っているおじさんはタバコをふかしながら一人静かにウイスキーロックをゆっくり飲む。最近Wishbone Ashが来日したらしく、隣のおばさんはずっとその話をマスターにしている。その言葉の弾幕をかいくぐりながら二杯目を注文するのに一苦労。

カウンターにMotörheadというバンドが出しているウイスキーがあったのでそれを注文。中身はスウェーデンシングルモルトらしい。単にボトルが気になっただけなのだが、気を遣ってバンドの代表曲、OverkillAce of Spadesを立て続けにかけてくれた。埃っぽいド直球の男のロックで改めて聴くとカッコ良い。

そのあとRolling StonesのSympathy for the Devil、悪魔を憐れむ歌、が流れる。久しぶりに聴くがこれまたクール。そりゃそうだ、昔からStonesといえばカッコ良いバンドの代表、そのバンドの代表曲なんだからクールに決まってる。

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数曲心地よく聞いた後、マスターが何か掛けましょうか、と聴いてくれる。少し悩んで、Uriah HeepのJuly Morningをお願いする。1971年発表のアルバムに収録。そういや西城秀樹もカバーしてた(今聞くと日本語の歌詞がかなり寒い)。ハードロックでギターよりもオルガンの方が印象的かつカッコいいというのは珍しい。今週はUriah Heepのリクエスト多かったなあ、とマスターと奥に座っているおじさんが話している。70年代のマイナーバンドどんだけみんな好きで聴きたがるんだよ。

思い起こすと昔はエンドルフィン、というレコードでロック聴かせてくれる神泉のバーに多い時には週に2回は行っていた。いい店だった。そこで色々見てきたのだが、ロックバーの難しいところは音楽が途切れてはいけないところ。レコードで音楽掛ける店では、客が聴きたい曲をリクエストすると、以下の一連の作業が発生する。それも薄暗い照明のもと。

沢山のアルバムのストックの中から目当てのアルバムを見つけ出す(ちゃんとどこに何があるか覚えていないと至難の業) → リクエストされた曲がアルバムのA面かB面どちらの何曲目に収録されているかを調べる(店が暗いと意外と難しい) → ターンテーブルにレコードをセットし埃を払う → 曲の頭からちゃんと流れるようにヘッドフォンを使ってレコード針を落とすところを調整(これも慣れないと難しい) → 今掛かっている曲が終わるのと同じタイミングで再生のスイッチを入れる → かけ終わったレコードをジャケットに入れ、棚に片づける

書き出すだけでも大変だ。長い曲ならまだしも、短い曲ばかりだととても慌ただしい。これに加えてドリンクの注文を受けたり、カクテル作ったり、つまみを用意したり、お勘定したりするといったバーの基本動作が加わる。だから一人でレコードから音楽流す店でやたらと自分勝手にリクエストするのは大顰蹙。

そんなことを思い出しながら、Led ZeppelinのAchliles Last Standをリクエスト。新橋の店はレコードを掛けているわけではないが、それでもリクエストした曲数と同じだけの飲み物注文しないと申し訳ないのでは、と勝手に思って都合5杯ほど飲んでしまった。さっきのおばさん見ていて店に気を遣わせた挙句大して金を落としていかない、他の客や店に気が利かない客にはならないようにしよう、と改めて心に誓ったせいもある。そういうわけで新しいストレス解消法を発見したどころかなぜか、というかやはり飲み過ぎて結局のところは逆効果、という展開になった。まあ最初から何となくわかっていたけれど。だが後悔は全くない。

Bohemian Rhapsody見てQueenに目覚めた若い人は、ロックバー探して行ってみれば新たな発見があるのではないでしょうか。ただしよい子のみなさんは、店に入っていきなりQueenの曲をリクエストするのはやめましょう!あなたが来るまでの1時間にBohemian RhapsodyWe will rock youとWe are the championが3回ずつぐらい掛かっている可能性が最近マジで普通にあります。あとおじさんがQueenの蘊蓄語るのはみんな聞き飽きている可能性があるので気を付けてください!


平野啓一郎 「ある男」を読了

「マチネの終わりに」に深く感銘を受けたので、平野啓一郎の新作「ある男」を読んだ。

バーでの出会いの回想から物語が語られ始める。その後もバーでの思索や会話が物語の中で重要なシーンを構成する。著者はシングルモルトよりもカクテル、あるいはウォッカがお好きな印象を受ける。小説家の酒や音楽についての描写からは著者の人となりが分かるので興味深い。

「ある男」を読了して「考えさせられる」小説、というよりは「考えさせる」小説、という印象を持った。正確に言うと「マチネの終わりに」は「考えさせられる」部分が多かったが、「ある男」では「考えさせる」部分が多かったように思う。

何を言っているのかわからないと思うので乱暴なたとえ話で説明すると、「沖縄の神社でおみくじ引いても凶しか出ません、だってもう「きち」は要らないから」というネタを披露した芸人と、お笑いのネタの中で沖縄の基地問題を含む現在の政治状況を直接的に批判した芸人がいたが、「考えさせられる」の例は前者で「考えさせる」の例は後者。

もう少しちゃんと説明すると以下の通りとなる。

ストーリーに著者の問題意識(=テーマ)が巧みに織り込まれ、物語が動き出すにつれて読者が引き込まれその物語に思いを馳せるにつれ知らず知らずのうちに著者が暗示的に提示したテーマについて自ら考え始める、というのが、私の考える「考えさせられる」小説の定義。

「考えさせる」小説というのは著者が自分の問題意識を明示的に物語の中でテーマとして提示し、物語の中で登場人物の行動や思索に投射された著者の主義主張をなぞっていくうちに物語が前に進んでいく、というもの。

もちろん二者択一ではなく、一つの小説の中で「考えさせられる」部分も「考えさせる」部分もあっていいし、どちらが良くてどちらが悪い、というわけでもない。

主人公である「ある男」はこの小説の中で一言も発せず、彼の周りの人が彼について話すこと、特に彼の家族の言葉によって彼の人となりが浮き彫りにされる中で、血のつながりとは何か、出自によって生まれながらに、あるいは自らのコントロールできない親の行動によって絶対的な不幸に突き落とされた人に対する救済はあり得るのか、というテーマが提示される。そしてそれに加えて自分の子供の幸せと親としての自らの幸せが一部両立しないときにどうするべきか、などといった著者が描きたい究極的なテーマについて「考えさせられる」のだが、「ある男」の苛烈な運命とそれを追う弁護士の両者が持つ自らがコントロールできない出自について描きたいがゆえに持ち込まれていると思しきテーマ(ヘイトスピーチや彼の国との距離感など)など一部の提示の仕方には少し硬さというか唐突感があって、物語を読むうちに自然に「考えさせられる」なあと感じるよりも小説が私に「考えさせる」、forced to think、すなわち著者の考えをなぞることを強いられていると感じてしまう部分もあった。

繰り返すが「考えさせられる」小説イコールいい小説で、「考えさせる」小説が悪い小説、というわけではない。明示的にテーマが提示される小説を読むほうが何について書かれているか分かりやすいので好きだ、という人もいるだろう。「何が言いたいのかわからなかった」「読後感がはっきりしない」というような書評を耳にするけれど、読者に自然に考えてもらおう、という「考えさせられる」系のアプローチをとった小説の方に対してはそのような感想を持つ人は必然的に多くなると思われる。

「考えさせる」アプローチの難しいところは、直接的に提示されるテーマが今日的で論争の多いものであればあるほど、そして著者の考え方が先鋭的であればあるほど(念のためだがこの小説ではそこまで先鋭的ではない)、物語上の一部で示される著者の意見と自らの意見の差異を克服できず物語全体を受け入れられなくなる読者が増えるリスクが出るところだ。残念ながら世の中では「自分と違う意見を持つ人」のことを肯定的に受け入れる人はそれほど多くないので。

およそ同世代の作家である平野啓一郎の様々な問題意識には共鳴させられることが多く、また彼の技量からすると読者が自然に「考えさせられる」ような物語を語ることは当然にできるはずで(「考えさせる」小説を書く方が難しくないように思える)、彼にはそのような現代の寓話を紡ぎ出してもらいたい、と思う。

なおここまでの議論は「マチネの終わりに」という小説と対比させた時の「ある男」という小説の感想であり、私が2018年に読んだ小説の中では白眉であることを念のため書き添えておく。

 

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ある男

ある男

 

 

 

 

 

 

 

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オチのない大阪での話:イチローズモルト羽生15年など

年末の夕方梅田で仕事が終わり、折角なので飲んで帰ることに。阪急三番街から場外馬券売り場を横目に饐えた匂いのするガード下の半地下の薄暗い通路を歩き、朝日放送の駐車場出口にいる出待ちの人たちとプラザホテルを眺めながら浦江公園を越えて通っていた塾から家に帰ったのはもう35年以上前のこと。大阪市内にはわずか一年半しかいなかったが強烈な記憶として残っている。

綺麗になった梅田の中でも全然変わらないのが新梅田食道街。食堂街、ではなく食道街。阪急とJRの駅の間の一等地に雑多な飲食店が軒を連ねる謎のゾーン。有楽町交通会館や新橋の駅前ビル、三軒茶屋の三角地帯や吉祥寺のハモニカ横丁のようにてっきり闇市の名残かと思っていたらそうではなく、ちゃんと整備して戦後作られたものらしい。

その一角にあるお好み焼き「きじ」本店、珍しく空いていたので初めて入ってみた。ガード下に店を作るとこんな感じになるのか、と改めて思う。カウンターに座りモダン焼きを注文。卵液がとてもふわふわしていて素敵な食感。ソースが鉄板の上で焦げてカラメル状になり香ばしい。そばはもっちり。丁寧に焼いてもらうので時間がかかるがそれだけのことがある。東京まで店を出すのも納得。
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何軒もはしごして色々飲み食いするのが大阪の食い倒れ。関西風のおでんが食べたくなり兎我野町方面へ。この猥雑な感じが大阪らしくていい。

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結局行きたかったおでん屋は予約で満席、気を取り直して阪急東通り商店街へ。以前も訪れたAle House加美屋さんへ。ここはさりげなく置いてあるイチローモルトが飲める穴場。

The Peatedの2016年があったのでまずそちらをいただく。香りは少しニューポッティ、グラッシーさや桜の木のチップを使ったスモーク、口に含むとチェリーの缶詰、カカオ、ブラックベリー、コーヒーキャンディ、フィニッシュは短くて切れ味が抜群。ビールのハーフパイント用のグラスになみなみと注いでくれる。
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The Peatedの横に羽生15年が。今時羽生を普通に飲めるというのにまず驚いた。そしてさすがにすごい値段になっているだろう、と思ったので聞いてみたら「めちゃ高いですよ」とのこと。じゃあそこまでして飲まないでも、と思ったが、ここで飲まないともう二度と羽生を飲む機会がないかもしれないと思い直して注文。

ハーフショットでもらったが、思った値段の半分ぐらいだった。そもそもこの店に来る人でイチローモルトを知っている人も高いウイスキー飲む人も多くないので「あれなんですか?」と聞く人はいても実際に注文する人はそれほどおらず、注文するのはバーテンダーの方が多いそうだ。
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甘くライチのような、そして干し草やわら半紙を思わせるような香り。熟したマスカット、少し焦げたカラメルが乗ったプリン、わずかなオレンジのような柑橘。余韻は震えて細くきれいに消えていく。
ボトルを手に取ってラベルを眺め、客観的な事実しか書かれていないのにもかかわらず書き手の気持ちが伝わってきてじわりと心が動く。f:id:KodomoGinko:20181218124334j:plain

このシングルモルトウイスキー利根川に面した羽生という街にある羽生蒸溜所で作られました。麦畑や田んぼに囲まれた羽生蒸溜所ではスコットランドと同じ手法でモルトウイスキーを作っていました。しかし2000年をもって蒸留を休止してしまいました。ポットスティルやその他の設備は2004年に完全に取り壊されました。所有者が変わってしまったせいです。幸運なことに創業者の孫によって樽詰めされたウイスキーと器具は廃棄を免れました。彼は蒸溜所を再建し、2008年に生産を開始しました。その蒸溜所は秩父と呼ばれています。


最終の飛行機に乗るぎりぎりまでどこかでまた酒を飲もうかと思ったが、今日はよい出会いがあったので早めに帰京することに。
高速バスの時間を確かめ、まだ20分ぐらい時間があったので再び新梅田食道街に戻り串揚げを食べる。10分程度の時間と1000円ぐらいあればかなり満足。せっかちな大阪の人にあった業態だな、と改めて感心。

さくっと飲み終わって、小走りにバス乗り場まで行くと空港からのバス到着が遅れていて二、三十分ほど遅延しますとのこと。それだと予定の飛行機に間に合わないのでタクシーで伊丹へ。阪神高速を走る車の外に大阪の夜景が流れていく。もっとゆっくり串揚げ食べられたな、さよなら俺の2018年の大阪。

 

 

 

 

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丸亀にて:伝説のバー、サイレンスバー再び

あてのない旅に出たくなり、車で京都へ。昔の下宿から数百メートルしか離れていない王田珈琲専門店でオールドのウイスキーをいただき、一泊して適当に西に向かう。大好きな明石の菊水鮓に寄ってから淡路島で宿をとる。そして翌日丸亀へ。久しぶりにサイレンスバーに行きたくなったからだ。

3年前はJRで丸亀に行ってサイレンスバーを訪問し、最終の列車(多分ディーゼルだったので終「電」と書くのはなんだか抵抗がある)で少し慌ただしく高松に戻った。今回は丸亀泊なので帰りの心配をしなくてもいい。素晴らしい。

高松の上原屋で美味いうどんをいただき、二、三十分ほどのドライブの後丸亀城天守に登る。江戸時代からの天守閣が現存している城は12しかないという。

f:id:KodomoGinko:20181227223415j:image丸亀城は遠くから見ると壁のように屹立した石垣の上に小さな天守が乗っかっていてまるでイチゴのショートケーキのようだ。精緻に組まれた石垣がかなり直角に近い角度で聳え立つ。
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今年は自然災害の多い年だったせいか石垣の一部が崩壊していて痛々しかった。
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ちなみに夜の丸亀城は石垣と天守がライトアップで白く映し出される。それを掠めながら月が上っていく様は幻想的で素晴らしいと思った。上手な人が写真を撮ればとてもきれいに撮れるのだろう。

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旅の途中はできるだけランニングするようにしている。ガイドブックなどなしでも10㎞程度走ればその街がどんな街なのか大まかに知ることができるから。沈む夕日を見ながら港に向かって走る。今晩訪れるサイレンスバーを明るいうちに見る。
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私も海の近くで育ったこともあって、こういう景色を見るとなんだか落ち着く。
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ランニング後にスーパー銭湯に行ってサウナでいい汗かき、その後水月(みづき)さんという和食のお店で刺身や白子の天ぷらなど。何を食べても旨くて嬉しくなる。

そして満を持してサイレンスバーへ。

宿から歩いて10分ほど、静かな住宅街を抜け大きな国道を越え、人気なく静まり返った夜の港の一角。

ドアを開けると誰もお客さんがおらず、広いお店に丸岡御大が一人カウンターに立っていらっしゃった。

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一人ですが大丈夫ですか?どうぞどうぞ。カウンターに陣取る。
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予約せずにふらっと一人で来る客は多くないので驚かれたのかもしれない。クリスマスの日だったが、宿からの道すがら街を歩いている人は一人も見かけなかった。港はトラックの出入りもない。

店に敬意を表して一杯目はタリスカーソーダ。厚手の立派なクリスタルのトールグラスに大ぶりの氷を入れタリスカーが注がれ、ウィルキンソンが追いかける。喉に沁みる。そして気持ちも落ち着いてくる。

今日はお仕事で丸亀に?いえ、プライベートで。ちょうど3年前の今日、クリスマスの日に一度伺いました。東京のCaol Ilaさんからの紹介で。ああそうでしたか。わざわざ来てくれたんやね、丸亀まで。ええ。次何飲みますか?では、グレンエルギンお願いします。

そして御大はバーの裏に消え、しばらくしてボトルを持ってきてくれた。

エルギンといえばホワイトホース、立派な蒸留所やな。80年代。
ハーフショットで色々飲んでいったらいいよ、と御大はおっしゃるが、いやいやそれはハーフとは言わんでしょう、というぐらいの勢いで注いでくださる。

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どんなお酒が好きなの?いや、好きな蒸留所はマイナー系のところが多いんですよ。たまたまなんですけど。次はダルユーインお願いします。
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丸岡さんはソサエティ日本支部創設にかかわっていらっしゃったのですよね?そうや日本にも持ってこられるよう一生懸命リースにお願いしたな。今は運営が変わってしまったからなあ。

そう言いながら自分用のタリスカーソーダを作って美味しそうに飲まれる。しばし東京のバーの最近の動向をご報告。

佐治さんにも良くしてもらったし、サントリーのブレンダーも来てくれる。この前も福與さん来てこれ飲んだんだけど、今では入手不可能やな。非売品だからちょっとだけ味見してごらん。1982年の山崎シェリーウッド。
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若い人たちにはやっぱり昔のウイスキーがどんなに美味かったかというのを伝えていかないといかん。Yさんもちゃんと次の人たちに伝えて言ってくださいよ。これは美味いから。

そういって出された60年代流通のグレンリベット。アザミでもなく赤玉。

これは間違いないので飲んでみて。そう勧められて飲んだリベットは自分のこれまで飲んできたウイスキーの中で間違いなくベスト。
普通のオフィシャル12年なのに50年近く経っていることを全く感じさせない力強さとしっかりとした黒いブドウの香りとビスケットの香ばしさと甘みが出ていて驚く。

やっぱり昔は手間暇かけて作っていたから今とは違う。麦芽が違うな。ウイスキーはグレンリベットに始まりグレンリベットに終わるっていうけど間違いない。

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そして見せていただいたのが1876年のマッカラン明治8年。平成ももう終わろうとしているのに物凄いものを見てしまった。1970年ぐらいにスコットランドで自分の師匠がこのボトルを見かけて、三日通って売ってくれと言って当時30万円相当で買ってきたそうだ。最近このボトルを地方で家が一軒建ちそうな値段で売ってくれ、と言われ、車が古くなったから買い換えたいと思っていてちょっと悩んだけど止めといた、と笑いながら教えてくださった。

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東京のキャンベルタウンロッホさんやウォッカトニックさんなど多くのオーナーバーテンダーさんは丸岡さんの薫陶を受けたという。東京に飲みに行き、一軒目から二軒目に行こうとすると大体飲んでいた店のバーテンダーは俺と一緒に飲みに行きたいので店閉める、というから気を遣うし飲みに行くのも簡単じゃないな、それに東京に来てるってわかると「何でうちの店には寄ってくれなかったんですか」って後から言われるから、いつも「丸岡が来たっていわんといてくれ」と言うんやけど大体バレてるわ。あはは。そんな話を伺いながら飲む酒は楽しい。

そのあと1926年蒸留のラムをいただく。昭和元年だ。

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御大はもうすぐ70歳になられるという。最近ご尊父を92歳で亡くされたと少し寂しげにおっしゃっていた。親が大きな借金したせいで中学生ぐらいからバーで働き始めて学校の先生に酒出したりしていたそうだ。昔はジョニーウォーカーオールドパーなどブレンディッドウイスキー全盛の中、ピュアモルトと言われたシングルモルトの旨さに目覚め、それを探求していく中で結果的に日本における先駆的な存在になられたのだという。

今度1月に名古屋のイベントに出店するからYさんもぜひ来てください、アイリッシュウイスキー戦前のものとか安く出そうと思ってます、ブレンディッド500円とか、シングルモルト1000円とかで。でもそんなに安くいいものを出されると周りのお店が困るんじゃないですか?まあそうかもしれないね、でもみんなに飲んでもらいたいから。そう笑いながらおっしゃっていた。

そしてまたお勧めのボトルを出してきてもらっていただく。最近のものでは下の真ん中のモートラックと右のマッカラン・タムデュー・ロセスのヴァッテッドが出色の出来だとのこと。ファークラスは樽買って詰めてもらったけど偉い高かったわー、だけどうちのためにわざわざ樽出してもらったわけだしありがたいな、などと話は尽きない。

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結局日本の伝説のウイスキーバーのオーナーバーテンダーを2時間近く独り占めするという至福を味わった。酔いも回りそろそろ引き上げようかというタイミングでもう一人お客さんが来られたので、記念撮影をお願いした。

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丸岡さんには長生きしてずっとお店を続けていただきたい。「その店を訪れるためだけにわざわざ旅行する価値がある」というのがミシュランガイドの三つ星レストランの定義だと記憶しているが、サイレンスバーを訪れるためだけに丸亀まで旅する価値は間違いなくある。


 

 

 

 

 

 

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台北にて バー麦村とイケメン兵隊さんなど

ホテルのサウナで整ってから、小雨の降る中、歩いて10分ほどのバー麦村へ。何となくThe Whoのロゴを思い出させる看板。

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ここはバックバーからボトルを出してきて客に飲ませるのではなく、客が店にあるラックから好きなボトルを選び、自分でカウンターに持って行って注いでもらうというスタイル。日本語も英語も聞こえてくるし、カップルもいれば男2人もいれば私のような一人飲みの人もいる。香港人のお金持ちそうなカップルはジャパニーズウイスキーの高いボトルをずらっと目の前に並べている。

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ウイスキーだけでなくフードも提供、誰も食べていなかったけれど。黒板にチョークで書かれたメニューのネーミングがユニークだな、というのはなんとなくわかる。

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最初は分かりやすいものを飲んでまず落ち着いてから、そう思って選んだのがコニサーズチョイスのPulteney。GMがコニサーズチョイスをリニューアルしてからデザインもカッコよくなったし、内容もほとんど外れがない気がする。Pulteneyらしさが味わえるドラムだった。

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沢山のボトルの中から東京だと飲めなさそうなものを探す。少し悩んだ挙句、ソサエティの最近飲めなくなった昔のラベルのAuchroiskを発見。95.7、2007年リリース。リリース番号一桁はすごい。

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奥斯魯斯克、と書いてオスロスク、これは漢字見てなんとか蒸留所名を言い当てられる気がする。

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硫黄っぽいマッチを消した後のような香りだが口に含むとドライプルーン、蜂蜜、トフィー、濡れたタバコとアルコールのアタック。余韻は長くて複雑。

サントリーやニッカ、イチローモルトもなかなかの充実だけれど、台湾でしか飲めないものを探してみた。Kavalanも充実しているが南投蒸留所のOmarが数種類あり、店の方に飲むならどれがいいか伺う。暑いところなので通常は4年ぐらいで相当熟成が進むため8年だとかなりの長熟になる上、シングルカスクカスクストレングスは珍しいのでこれを飲むべきだ、とのこと。Omarは飲んだこと無かったので貴重な体験。

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香りは黒い葡萄と苺、マジックのインク。口に含むと甘い麦感が一気に押し寄せて未熟のバナナ、イチジク、わずかの苦味。8年という年数から想像したよりも良くできていて心を落ち着かせる感じ。台湾で地元の美味いものを発見した、という感じが強くした。

お店の方も「どうやらこいつ変わったウイスキー好きらしいな」と思ったようでいろいろ見繕ってくれてありがたい。「次何飲む?シェリー系飲む?お勧めのいいのがあるよ」と言われたのでありがたく頂戴したのがDufftownの30年、1979年蒸留。

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左のグラスがDufftown。色がとても濃い。香りは酸味を感じるコロンビアのコーヒー、ドライプルーン、タバコの葉。口の中では杏仁豆腐、ブラックベリー、柿の渋み、少しカラメルが焦げたクリームブリュレ。ああ美味しい、とつい言葉を漏らしてしまう。

これほんの少しだけボトルに残っていたやつだからどうぞ、と言われて飲んだのが真ん中のエージェンシーのボトル。サウナ上がりに割としっかり注いでもらった4杯飲んだ後なのであまりはっきりとした記憶がないが、どこかで見たことある。

初めての街で初めて来たバーなのにそう感じさせない落ち着ける一軒だった。値段も良心的でクオリティ対比新橋のバーで飲むのと変わらないイメージ。

バーに一人で行くとカウンター席でバーテンダーとのコミュニケーションが必要だからめんどくさい、という人もいるかもしれない。特に日本国外だと。しかしここは一人で来てもスターバックスみたいにテーブル席で飲むスタイルなので人に気を遣わず気楽に飲める。 

言葉に自信がなくても自分でラックからボトルを選ぶスタイルなのでちゃんと飲みたいものを注文できるし、バックバーの後ろに隠れているウイスキーが気になるけどバーテンダーに言って奥から取り出してもらわないといけないので申し訳なくて頼めない、なんてこともない。値段もボトルの裏に書かれているので明朗会計。店側も一人で来てカウンター占拠して大して売上に貢献しない「自称常連客」のお話にずっと付き合わされて他のお客さんへの接客が疎かになることもない。

このスタイル、意外とメリット多いかも、と思った。日本でも外国人客が多い店でスタッフ全員が外国語話せるわけではない、だけどジャパニーズウイスキーの品揃えは充実している、みたいな店でこのスタイルでやってみると面白いかも。

そういう意味ではウイスキーを純粋に楽しみたいのでセルフサービスで構わない、ちゃんとしたストックさえ置いておいてくれればいい、という人だけを相手にした店が成立する台湾はある意味成熟したウイスキー文化のある「ウイスキー先進国」なのかもしれないと思った。自分の蘊蓄聞いてもらいたいモルト好きばかりの国だと成立しないと思うが。

 

 

101の中で見つけた自動販売機。3万円ぐらい払ってもいいので私も少し知能を補給してもらいたい。

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台湾三大観光名所の一つ、中正紀念堂にて。皺一つない儀礼服を着て曇り一つないヘルメットを被った衛兵が蔣介石の像の前に直立不動、ずっと微動だにせず。

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一時間の持ち時間ずっと動けなくて、流石に辛いだろうな、と思ってみていたら、実は助っ人がいた。下の写真に写っている黒服の兄さんがマネキンのように動かない兵隊さんにさりげなく近づいて行って耳元に何か囁き、兵隊さんは唇をほとんど動かさずに何か答えている。

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そして黒服の人は僅かにうなづくとあたかも兵隊さんの服装が風でわずかに乱れたのを直している、というようなふりをしながらウルトラさりげなく膝の裏を掻いてあげていたのを目撃してしまった。

動くことのできない兵隊さんは、いったん痒い、と一瞬でも思ってしまったらもう頭の中がそれでいっぱいになって気が狂いそうになってしまうことは容易に想像できる。
頼む、ひざの裏が痒くて死にそうなので掻いてくれないか、もちろんだ兄弟、他に何かあったら言ってくれ。

ああ、俺がこの兵隊さんだったら同僚だと思われるこの黒服の人に間違いなく惚れてしまうわー、ボーイズラブの世界を見てもうた、と思いながら人とは違う中正紀念堂の楽しみ方をしてしまった。

麦村で飲んだけれど、流石にずっと運動しないわけにもいかないので早朝の台北の街を走った。101に反射する朝焼けが美しい。

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ファイナンシャルディストリクトのようなところを走り抜けると、立国国父紀念館があった。朝の7時前だが公園では太極拳などしている人たちがたくさんいる。

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ここでも朝の7時に儀仗服を着た兵隊さんが国旗掲揚を行っていた。国歌が流れ、兵隊さんの手で厳かに国旗が掲げられる。

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やはり自らの統治制度の正統性を強く主張しないと大陸に飲み込まれる、という潜在的な危機感があり、アイデンティティの発露というか主張がこういったところに顕れているのかもしれない。市ヶ谷でもやっているのかもしれないが、皇居前広場や東京駅前の行幸通りで同じことをすると拒否反応を示す人はたくさんいるのだろう。彼我の差を思う。

国旗掲揚を見終わってランニングを再開、ホテルまで7㎞ほど走って戻り、屋上のプールに上がって泳いだ後で台北の街を一望。

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今までなぜここに来なかったんだろう、とまた強い後悔のようなものを感じるところだったが、むしろこれからもこんな新鮮な驚きが沢山待ち構えていると思うとこの先の人生も楽しみで仕方ない、ということなのだろうな、と台北の街を眺めながら気が付いた。

 

 

 

 

 

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

 

 

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カバラン蒸留所見学

台北の宿から一番近い駅、科技大樓のすぐ隣にあるバスの待合所でお金払って、高速バスでカバラン蒸留所のある宜蘭(イーラン)に向かう。クッションが肉厚で大ぶりな座席に収まると、自分がまるで肉まんの皮に包まれた餡になった気がする。いい感じの揺れが気持ちよくてうとうとしているうちに着いてしまう、1時間弱の旅。

宜蘭の雰囲気は日本の田舎の県庁所在地の次の次に大きな街、みたいな感じ。そんな街のJR駅の裏にありそうなぶっきらぼうなバスターミナルで下車、そこからタクシーで20分ほどでカバラン蒸留所に到着。タクシーの中でまたうとうとし、ふと目を開けたら自分が群馬の田舎にでもいるのかと一瞬混乱した。なんだか懐かしい景色が広がる。

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カバラン蒸留所は電子部品を作っています、と言われてもあまり違和感ないぐらい近代的でハイテク、「工場感」が漂う。日曜日に行ったせいでガランとしている。タクシーで来ているのが我々ぐらいで、バスのツアー客、その他の人たちは自家用車。帰りはちゃんとタクシー拾えるだろうか、という不安は後程的中してしまう。

まずはこちらの製造棟を見学。

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見学コースも効率的、ガイドは特におらず工場の真ん中にある通路からガラス越しに糖化や蒸留工程を眺め、説明文を自分で読む、という淡々としたもの。

ちなみに日本語の説明はない。
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グレンリベットなどメジャーな蒸留所で使われているForsythsの蒸留器が使われている。

樽の貯蔵庫まで来るとようやくウイスキーの香りがする。樽を立てたまま熟成するというのは知らなかった。

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あっさりとした工場見学が20分程度で終わり、無料の試飲。iPhoneの性能のせいで明るく写っているが実際はもっと暗く、ちょっと安っぽい電飾が光る。
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カバランのスタンダード、久々に飲んだがこれはこれで旨い。

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普通にお金払って最近出たソリストの青いやつとか飲みたかったのでショップの人に聞いたら、「1時まで待てばいろんな種類の有料試飲もできる」とのことだが、1時間半以上も先なのであきらめる。せっかくの機会だから有料で色々試せたらよかったのに、残念。

蒸溜所限定のボトルも特になく、それであれば免税店で買えばいいか、と思い結局グラスを2個だけ購入。
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そういえばウイスキーブレンド体験ができると誰かが言っていたけれど、どうすればよかったのだろう。事前の申し込みが必要だったのかもしれない。いつも出たとこ勝負だと、そういうところがうまくいかない。

はっきり言ってしまおう。日曜日に来たせいで誰も働いていなかったせいもあるのかもしれないし、ブレンド体験を事前に申込んでおけば違った印象になったかもしれないけれど、申し訳ないがここの蒸留所の見学はつまらなかった。どういう人たちがどういうこだわりのもとにウイスキー造りをしているのか、といった哲学的なものを感じ取るのがかなり難しいのだ(一応英語の説明は一通り読んで言っているつもりだ)。アイラ島やニッカで感じたような職人魂が伝わってこない。歴史が浅いので仕方がないかもしれないが。私はカバランのウイスキーそのものについては評価しているので、念のため。

買い物を終えてさあ宜蘭の街まで帰ろう、と思ってタクシーを探そうとするものの、街からクルマで20分ほど、さらに立派な蒸留所のゲートから2分ぐらいかかるビジターセンターに流しで来るタクシーはいない。駐車場に止まっているイエローキャブのおじさんに乗せてくれと言ってみるものの、首を横に振られる。誰かがタクシーで来て、待ってもらっているのだろう。困ったな、小雨も降ってくるし。

さっき声を掛けたおじさんが、タクシーの中を掃除しながら客の帰りを待っている。おじさんに、英語で「タクシー一台呼んでもらえませんか」とお願いしてみる。英語が全然通じず、おじさんの喋る台湾語もわからないけれど、おじさんは分かった、という顔をして携帯電話で電話してくれる。そしてタクシーの番号らしき数字を書いた紙を私にくれ、ちょっと待っていろ、と言っているのが何故だかわかる。シェイシェイ。おじさんは笑う。

台湾の人は、と一括りにしていいのかわからないけれど、少なくとも私が出会った台湾の人たちはみんな優しかった。旅行の下調べでウェブを見ていたら「台湾のタクシーでぼられないために」みたいなページをいくつも見たけれど、帰りのタクシーの運転手さんも親切だし、台北でも嫌な思いをすることは一度もなかった。

謎めいた宜蘭駅。面白い。
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日曜の昼下がりの駅前の公園でやっていた蚤の市を見て、少し歩いて寂れたデパートの前を通り、みんな生活に疲れた感じで働いている家族経営と思しきお店でぼんやりした味のラーメン的なものを食べる。
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不味くもないし、うまくもない不思議な食べ物。

街には人がいるけれど、日曜日のせいか寂しさが目立った。

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屋台のおじさんも暇で寝てしまっている。
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街なかの公園で見かけた注意書き。
「この辺りではよく野犬が出ます、エサをやったりせず注意してください」ってことか、と書いてあることを自分が100%理解できたのに自分で驚く。凄くのんびりしている街なので、獰猛な野犬がいたらとても場違いに感じるだろう。

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駅裏のバスターミナルに行く途中に大きな踏切があって、つい電車の写真を撮りたくなった。茅ケ崎に住んでいた小学生の頃、東海道線を走るブルートレインや踊り子号の写真を小さなカメラでよく撮ったことを思い出した。 

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宜蘭の街を歩いて既視感を覚えたのは、うっすらと記憶に残る昭和50年代の日本とどこか似ていたからかもしれない。


 

www.kavalanwhisky.com

 

 

 

 

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1971年蒸留のKnockandoと「マチネの終わりに」

先月の終わりにまた一つ歳を重ねた。誕生日おめでとう、と言われても正直めでたいのかよくわからない。あと数年で50になるけれど、「50歳のおじさん」のイメージと今の自分というのがどうもきれいに重ならなくて気持ちが悪い。

「流石70年代のアイラは違うね」などと普段偉そうに言っている割に、「あの年代生まれのおじさんはさすがだな」とか言われるかというとそんなことはない。樽や瓶の中で眠っているだけのウイスキーは称賛されるぐらい熟成するのに、起きて毎日活動しているおじさんが熟成されていないってどういうこと?という疑問がふつふつと湧いてくる。そして気持ち悪さは「これぐらいの年齢になればこのぐらい熟成されていないといけない」という水準がどこなのか、そして自分はそれを満たしているのかどうか分からないところからやってきている気がする。

つまるところ自分は自分が思っていた人生を思い通りに歩めているのか、という刃のように鋭い質問を節目の日に改めて目の前に強く突きつけられている、ということに気が付いた。毎日考えるが目をそらし続けてきた、非常に深くて重い根本的な問題。
f:id:KodomoGinko:20181110104501j:plainそんな苦い思いを自分の生まれ年に蒸留された酒を口に含んで洗い流す。80年代に瓶詰めされているため流石にコルクはもげてしまったが、ビンテージ入りのKnockandoは品の良いキャンディのように甘くて軽やかで力が抜けて明るく朗らかで、私と異なりいい歳の取り方をしていた。

その数日後、人に勧めていただいた平野啓一郎の「マチネの終わりに」を読んだ。彼は自分よりも数年若いがまあ同世代で、大学も一緒ということもあって親近感を持っていたが手に取るのは今回が初めて。彼の小説が素晴らしすぎるといったいこれまで自分は何をしてきたんだと思わされるかも、という恐怖感が無意識のうちにあったのかもしれない。

しかし読了し「もっと早く読むべきだった」と少し後悔。

そもそも自分の人生は自分の選択の結果なのか、あるいは運命なのか。

真実を言わないことの効用と正直であることの費用。
自分を偽らずに生きることでより困難な人生を自分が歩むことのコストと、それを自分ではなく自分が愛する人が払わなければならなくなったときに自分を曲げずに生きていかれるのかという問題。

人を陥れてでも、軽蔑されてでも自分の幸せをつかみに行くべきなのか、他人のことを慮る故に自分の幸せを逃すことが正しいことなのか。

生と死とが紙一重であること、そして生き残った/生き残らされたものの苦しみ、生を授かったわが子に対する絶対的な愛情。

自分の才能の枯渇や加齢による衰えの自覚と若い才能の台頭への恐怖感。

真の救済と偽りの救済、音楽による魂の救済。

これまで薄ぼんやりと考えてきたことが一つの小説の中にたくさん含まれていて、全ての問いに対する答えは必ずしも描かれていないのだけれど、繰り返し読めば答えがおのずと見つかるような気がする一冊だった。

小説には読むべき人生のタイミングというものがあるというのが持論だったのだが、まさに「マチネの終わりに」は私にとって今読むべき小説だった、と強く思う。いい本だから早く読んでおきたかった、という気持ちはもちろんあるものの、2年前に出た小説を新刊で買って読まずに今読み終わったのは何かに導かれてのことだったのかもしれない。

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(個人的にはできるものなら10年前の豊川悦司松雪泰子で撮ってもらいたかった)