東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

平野啓一郎 「ある男」を読了

「マチネの終わりに」に深く感銘を受けたので、平野啓一郎の新作「ある男」を読んだ。

バーでの出会いの回想から物語が語られ始める。その後もバーでの思索や会話が物語の中で重要なシーンを構成する。著者はシングルモルトよりもカクテル、あるいはウォッカがお好きな印象を受ける。小説家の酒や音楽についての描写からは著者の人となりが分かるので興味深い。

「ある男」を読了して「考えさせられる」小説、というよりは「考えさせる」小説、という印象を持った。正確に言うと「マチネの終わりに」は「考えさせられる」部分が多かったが、「ある男」では「考えさせる」部分が多かったように思う。

何を言っているのかわからないと思うので乱暴なたとえ話で説明すると、「沖縄の神社でおみくじ引いても凶しか出ません、だってもう「きち」は要らないから」というネタを披露した芸人と、お笑いのネタの中で沖縄の基地問題を含む現在の政治状況を直接的に批判した芸人がいたが、「考えさせられる」の例は前者で「考えさせる」の例は後者。

もう少しちゃんと説明すると以下の通りとなる。

ストーリーに著者の問題意識(=テーマ)が巧みに織り込まれ、物語が動き出すにつれて読者が引き込まれその物語に思いを馳せるにつれ知らず知らずのうちに著者が暗示的に提示したテーマについて自ら考え始める、というのが、私の考える「考えさせられる」小説の定義。

「考えさせる」小説というのは著者が自分の問題意識を明示的に物語の中でテーマとして提示し、物語の中で登場人物の行動や思索に投射された著者の主義主張をなぞっていくうちに物語が前に進んでいく、というもの。

もちろん二者択一ではなく、一つの小説の中で「考えさせられる」部分も「考えさせる」部分もあっていいし、どちらが良くてどちらが悪い、というわけでもない。

主人公である「ある男」はこの小説の中で一言も発せず、彼の周りの人が彼について話すこと、特に彼の家族の言葉によって彼の人となりが浮き彫りにされる中で、血のつながりとは何か、出自によって生まれながらに、あるいは自らのコントロールできない親の行動によって絶対的な不幸に突き落とされた人に対する救済はあり得るのか、というテーマが提示される。そしてそれに加えて自分の子供の幸せと親としての自らの幸せが一部両立しないときにどうするべきか、などといった著者が描きたい究極的なテーマについて「考えさせられる」のだが、「ある男」の苛烈な運命とそれを追う弁護士の両者が持つ自らがコントロールできない出自について描きたいがゆえに持ち込まれていると思しきテーマ(ヘイトスピーチや彼の国との距離感など)など一部の提示の仕方には少し硬さというか唐突感があって、物語を読むうちに自然に「考えさせられる」なあと感じるよりも小説が私に「考えさせる」、forced to think、すなわち著者の考えをなぞることを強いられていると感じてしまう部分もあった。

繰り返すが「考えさせられる」小説イコールいい小説で、「考えさせる」小説が悪い小説、というわけではない。明示的にテーマが提示される小説を読むほうが何について書かれているか分かりやすいので好きだ、という人もいるだろう。「何が言いたいのかわからなかった」「読後感がはっきりしない」というような書評を耳にするけれど、読者に自然に考えてもらおう、という「考えさせられる」系のアプローチをとった小説の方に対してはそのような感想を持つ人は必然的に多くなると思われる。

「考えさせる」アプローチの難しいところは、直接的に提示されるテーマが今日的で論争の多いものであればあるほど、そして著者の考え方が先鋭的であればあるほど(念のためだがこの小説ではそこまで先鋭的ではない)、物語上の一部で示される著者の意見と自らの意見の差異を克服できず物語全体を受け入れられなくなる読者が増えるリスクが出るところだ。残念ながら世の中では「自分と違う意見を持つ人」のことを肯定的に受け入れる人はそれほど多くないので。

およそ同世代の作家である平野啓一郎の様々な問題意識には共鳴させられることが多く、また彼の技量からすると読者が自然に「考えさせられる」ような物語を語ることは当然にできるはずで(「考えさせる」小説を書く方が難しくないように思える)、彼にはそのような現代の寓話を紡ぎ出してもらいたい、と思う。

なおここまでの議論は「マチネの終わりに」という小説と対比させた時の「ある男」という小説の感想であり、私が2018年に読んだ小説の中では白眉であることを念のため書き添えておく。

 

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ある男

ある男

 

 

 

 

 

 

 

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オチのない大阪での話:イチローズモルト羽生15年など

年末の夕方梅田で仕事が終わり、折角なので飲んで帰ることに。阪急三番街から場外馬券売り場を横目に饐えた匂いのするガード下の半地下の薄暗い通路を歩き、朝日放送の駐車場出口にいる出待ちの人たちとプラザホテルを眺めながら浦江公園を越えて通っていた塾から家に帰ったのはもう35年以上前のこと。大阪市内にはわずか一年半しかいなかったが強烈な記憶として残っている。

綺麗になった梅田の中でも全然変わらないのが新梅田食道街。食堂街、ではなく食道街。阪急とJRの駅の間の一等地に雑多な飲食店が軒を連ねる謎のゾーン。有楽町交通会館や新橋の駅前ビル、三軒茶屋の三角地帯や吉祥寺のハモニカ横丁のようにてっきり闇市の名残かと思っていたらそうではなく、ちゃんと整備して戦後作られたものらしい。

その一角にあるお好み焼き「きじ」本店、珍しく空いていたので初めて入ってみた。ガード下に店を作るとこんな感じになるのか、と改めて思う。カウンターに座りモダン焼きを注文。卵液がとてもふわふわしていて素敵な食感。ソースが鉄板の上で焦げてカラメル状になり香ばしい。そばはもっちり。丁寧に焼いてもらうので時間がかかるがそれだけのことがある。東京まで店を出すのも納得。
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何軒もはしごして色々飲み食いするのが大阪の食い倒れ。関西風のおでんが食べたくなり兎我野町方面へ。この猥雑な感じが大阪らしくていい。

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結局行きたかったおでん屋は予約で満席、気を取り直して阪急東通り商店街へ。以前も訪れたAle House加美屋さんへ。ここはさりげなく置いてあるイチローモルトが飲める穴場。

The Peatedの2016年があったのでまずそちらをいただく。香りは少しニューポッティ、グラッシーさや桜の木のチップを使ったスモーク、口に含むとチェリーの缶詰、カカオ、ブラックベリー、コーヒーキャンディ、フィニッシュは短くて切れ味が抜群。ビールのハーフパイント用のグラスになみなみと注いでくれる。
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The Peatedの横に羽生15年が。今時羽生を普通に飲めるというのにまず驚いた。そしてさすがにすごい値段になっているだろう、と思ったので聞いてみたら「めちゃ高いですよ」とのこと。じゃあそこまでして飲まないでも、と思ったが、ここで飲まないともう二度と羽生を飲む機会がないかもしれないと思い直して注文。

ハーフショットでもらったが、思った値段の半分ぐらいだった。そもそもこの店に来る人でイチローモルトを知っている人も高いウイスキー飲む人も多くないので「あれなんですか?」と聞く人はいても実際に注文する人はそれほどおらず、注文するのはバーテンダーの方が多いそうだ。
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甘くライチのような、そして干し草やわら半紙を思わせるような香り。熟したマスカット、少し焦げたカラメルが乗ったプリン、わずかなオレンジのような柑橘。余韻は震えて細くきれいに消えていく。
ボトルを手に取ってラベルを眺め、客観的な事実しか書かれていないのにもかかわらず書き手の気持ちが伝わってきてじわりと心が動く。f:id:KodomoGinko:20181218124334j:plain

このシングルモルトウイスキー利根川に面した羽生という街にある羽生蒸溜所で作られました。麦畑や田んぼに囲まれた羽生蒸溜所ではスコットランドと同じ手法でモルトウイスキーを作っていました。しかし2000年をもって蒸留を休止してしまいました。ポットスティルやその他の設備は2004年に完全に取り壊されました。所有者が変わってしまったせいです。幸運なことに創業者の孫によって樽詰めされたウイスキーと器具は廃棄を免れました。彼は蒸溜所を再建し、2008年に生産を開始しました。その蒸溜所は秩父と呼ばれています。


最終の飛行機に乗るぎりぎりまでどこかでまた酒を飲もうかと思ったが、今日はよい出会いがあったので早めに帰京することに。
高速バスの時間を確かめ、まだ20分ぐらい時間があったので再び新梅田食道街に戻り串揚げを食べる。10分程度の時間と1000円ぐらいあればかなり満足。せっかちな大阪の人にあった業態だな、と改めて感心。

さくっと飲み終わって、小走りにバス乗り場まで行くと空港からのバス到着が遅れていて二、三十分ほど遅延しますとのこと。それだと予定の飛行機に間に合わないのでタクシーで伊丹へ。阪神高速を走る車の外に大阪の夜景が流れていく。もっとゆっくり串揚げ食べられたな、さよなら俺の2018年の大阪。

 

 

 

 

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丸亀にて:伝説のバー、サイレンスバー再び

あてのない旅に出たくなり、車で京都へ。昔の下宿から数百メートルしか離れていない王田珈琲専門店でオールドのウイスキーをいただき、一泊して適当に西に向かう。大好きな明石の菊水鮓に寄ってから淡路島で宿をとる。そして翌日丸亀へ。久しぶりにサイレンスバーに行きたくなったからだ。

3年前はJRで丸亀に行ってサイレンスバーを訪問し、最終の列車(多分ディーゼルだったので終「電」と書くのはなんだか抵抗がある)で少し慌ただしく高松に戻った。今回は丸亀泊なので帰りの心配をしなくてもいい。素晴らしい。

高松の上原屋で美味いうどんをいただき、二、三十分ほどのドライブの後丸亀城天守に登る。江戸時代からの天守閣が現存している城は12しかないという。

f:id:KodomoGinko:20181227223415j:image丸亀城は遠くから見ると壁のように屹立した石垣の上に小さな天守が乗っかっていてまるでイチゴのショートケーキのようだ。精緻に組まれた石垣がかなり直角に近い角度で聳え立つ。
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今年は自然災害の多い年だったせいか石垣の一部が崩壊していて痛々しかった。
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ちなみに夜の丸亀城は石垣と天守がライトアップで白く映し出される。それを掠めながら月が上っていく様は幻想的で素晴らしいと思った。上手な人が写真を撮ればとてもきれいに撮れるのだろう。

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旅の途中はできるだけランニングするようにしている。ガイドブックなどなしでも10㎞程度走ればその街がどんな街なのか大まかに知ることができるから。沈む夕日を見ながら港に向かって走る。今晩訪れるサイレンスバーを明るいうちに見る。
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私も海の近くで育ったこともあって、こういう景色を見るとなんだか落ち着く。
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ランニング後にスーパー銭湯に行ってサウナでいい汗かき、その後水月(みづき)さんという和食のお店で刺身や白子の天ぷらなど。何を食べても旨くて嬉しくなる。

そして満を持してサイレンスバーへ。

宿から歩いて10分ほど、静かな住宅街を抜け大きな国道を越え、人気なく静まり返った夜の港の一角。

ドアを開けると誰もお客さんがおらず、広いお店に丸岡御大が一人カウンターに立っていらっしゃった。

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一人ですが大丈夫ですか?どうぞどうぞ。カウンターに陣取る。
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予約せずにふらっと一人で来る客は多くないので驚かれたのかもしれない。クリスマスの日だったが、宿からの道すがら街を歩いている人は一人も見かけなかった。港はトラックの出入りもない。

店に敬意を表して一杯目はタリスカーソーダ。厚手の立派なクリスタルのトールグラスに大ぶりの氷を入れタリスカーが注がれ、ウィルキンソンが追いかける。喉に沁みる。そして気持ちも落ち着いてくる。

今日はお仕事で丸亀に?いえ、プライベートで。ちょうど3年前の今日、クリスマスの日に一度伺いました。東京のCaol Ilaさんからの紹介で。ああそうでしたか。わざわざ来てくれたんやね、丸亀まで。ええ。次何飲みますか?では、グレンエルギンお願いします。

そして御大はバーの裏に消え、しばらくしてボトルを持ってきてくれた。

エルギンといえばホワイトホース、立派な蒸留所やな。80年代。
ハーフショットで色々飲んでいったらいいよ、と御大はおっしゃるが、いやいやそれはハーフとは言わんでしょう、というぐらいの勢いで注いでくださる。

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どんなお酒が好きなの?いや、好きな蒸留所はマイナー系のところが多いんですよ。たまたまなんですけど。次はダルユーインお願いします。
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丸岡さんはソサエティ日本支部創設にかかわっていらっしゃったのですよね?そうや日本にも持ってこられるよう一生懸命リースにお願いしたな。今は運営が変わってしまったからなあ。

そう言いながら自分用のタリスカーソーダを作って美味しそうに飲まれる。しばし東京のバーの最近の動向をご報告。

佐治さんにも良くしてもらったし、サントリーのブレンダーも来てくれる。この前も福與さん来てこれ飲んだんだけど、今では入手不可能やな。非売品だからちょっとだけ味見してごらん。1982年の山崎シェリーウッド。
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若い人たちにはやっぱり昔のウイスキーがどんなに美味かったかというのを伝えていかないといかん。Yさんもちゃんと次の人たちに伝えて言ってくださいよ。これは美味いから。

そういって出された60年代流通のグレンリベット。アザミでもなく赤玉。

これは間違いないので飲んでみて。そう勧められて飲んだリベットは自分のこれまで飲んできたウイスキーの中で間違いなくベスト。
普通のオフィシャル12年なのに50年近く経っていることを全く感じさせない力強さとしっかりとした黒いブドウの香りとビスケットの香ばしさと甘みが出ていて驚く。

やっぱり昔は手間暇かけて作っていたから今とは違う。麦芽が違うな。ウイスキーはグレンリベットに始まりグレンリベットに終わるっていうけど間違いない。

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そして見せていただいたのが1876年のマッカラン明治8年。平成ももう終わろうとしているのに物凄いものを見てしまった。1970年ぐらいにスコットランドで自分の師匠がこのボトルを見かけて、三日通って売ってくれと言って当時30万円相当で買ってきたそうだ。最近このボトルを地方で家が一軒建ちそうな値段で売ってくれ、と言われ、車が古くなったから買い換えたいと思っていてちょっと悩んだけど止めといた、と笑いながら教えてくださった。

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東京のキャンベルタウンロッホさんやウォッカトニックさんなど多くのオーナーバーテンダーさんは丸岡さんの薫陶を受けたという。東京に飲みに行き、一軒目から二軒目に行こうとすると大体飲んでいた店のバーテンダーは俺と一緒に飲みに行きたいので店閉める、というから気を遣うし飲みに行くのも簡単じゃないな、それに東京に来てるってわかると「何でうちの店には寄ってくれなかったんですか」って後から言われるから、いつも「丸岡が来たっていわんといてくれ」と言うんやけど大体バレてるわ。あはは。そんな話を伺いながら飲む酒は楽しい。

そのあと1926年蒸留のラムをいただく。昭和元年だ。

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御大はもうすぐ70歳になられるという。最近ご尊父を92歳で亡くされたと少し寂しげにおっしゃっていた。親が大きな借金したせいで中学生ぐらいからバーで働き始めて学校の先生に酒出したりしていたそうだ。昔はジョニーウォーカーオールドパーなどブレンディッドウイスキー全盛の中、ピュアモルトと言われたシングルモルトの旨さに目覚め、それを探求していく中で結果的に日本における先駆的な存在になられたのだという。

今度1月に名古屋のイベントに出店するからYさんもぜひ来てください、アイリッシュウイスキー戦前のものとか安く出そうと思ってます、ブレンディッド500円とか、シングルモルト1000円とかで。でもそんなに安くいいものを出されると周りのお店が困るんじゃないですか?まあそうかもしれないね、でもみんなに飲んでもらいたいから。そう笑いながらおっしゃっていた。

そしてまたお勧めのボトルを出してきてもらっていただく。最近のものでは下の真ん中のモートラックと右のマッカラン・タムデュー・ロセスのヴァッテッドが出色の出来だとのこと。ファークラスは樽買って詰めてもらったけど偉い高かったわー、だけどうちのためにわざわざ樽出してもらったわけだしありがたいな、などと話は尽きない。

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結局日本の伝説のウイスキーバーのオーナーバーテンダーを2時間近く独り占めするという至福を味わった。酔いも回りそろそろ引き上げようかというタイミングでもう一人お客さんが来られたので、記念撮影をお願いした。

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丸岡さんには長生きしてずっとお店を続けていただきたい。「その店を訪れるためだけにわざわざ旅行する価値がある」というのがミシュランガイドの三つ星レストランの定義だと記憶しているが、サイレンスバーを訪れるためだけに丸亀まで旅する価値は間違いなくある。


 

 

 

 

 

 

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台北にて バー麦村とイケメン兵隊さんなど

ホテルのサウナで整ってから、小雨の降る中、歩いて10分ほどのバー麦村へ。何となくThe Whoのロゴを思い出させる看板。

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ここはバックバーからボトルを出してきて客に飲ませるのではなく、客が店にあるラックから好きなボトルを選び、自分でカウンターに持って行って注いでもらうというスタイル。日本語も英語も聞こえてくるし、カップルもいれば男2人もいれば私のような一人飲みの人もいる。香港人のお金持ちそうなカップルはジャパニーズウイスキーの高いボトルをずらっと目の前に並べている。

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ウイスキーだけでなくフードも提供、誰も食べていなかったけれど。黒板にチョークで書かれたメニューのネーミングがユニークだな、というのはなんとなくわかる。

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最初は分かりやすいものを飲んでまず落ち着いてから、そう思って選んだのがコニサーズチョイスのPulteney。GMがコニサーズチョイスをリニューアルしてからデザインもカッコよくなったし、内容もほとんど外れがない気がする。Pulteneyらしさが味わえるドラムだった。

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沢山のボトルの中から東京だと飲めなさそうなものを探す。少し悩んだ挙句、ソサエティの最近飲めなくなった昔のラベルのAuchroiskを発見。95.7、2007年リリース。リリース番号一桁はすごい。

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奥斯魯斯克、と書いてオスロスク、これは漢字見てなんとか蒸留所名を言い当てられる気がする。

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硫黄っぽいマッチを消した後のような香りだが口に含むとドライプルーン、蜂蜜、トフィー、濡れたタバコとアルコールのアタック。余韻は長くて複雑。

サントリーやニッカ、イチローモルトもなかなかの充実だけれど、台湾でしか飲めないものを探してみた。Kavalanも充実しているが南投蒸留所のOmarが数種類あり、店の方に飲むならどれがいいか伺う。暑いところなので通常は4年ぐらいで相当熟成が進むため8年だとかなりの長熟になる上、シングルカスクカスクストレングスは珍しいのでこれを飲むべきだ、とのこと。Omarは飲んだこと無かったので貴重な体験。

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香りは黒い葡萄と苺、マジックのインク。口に含むと甘い麦感が一気に押し寄せて未熟のバナナ、イチジク、わずかの苦味。8年という年数から想像したよりも良くできていて心を落ち着かせる感じ。台湾で地元の美味いものを発見した、という感じが強くした。

お店の方も「どうやらこいつ変わったウイスキー好きらしいな」と思ったようでいろいろ見繕ってくれてありがたい。「次何飲む?シェリー系飲む?お勧めのいいのがあるよ」と言われたのでありがたく頂戴したのがDufftownの30年、1979年蒸留。

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左のグラスがDufftown。色がとても濃い。香りは酸味を感じるコロンビアのコーヒー、ドライプルーン、タバコの葉。口の中では杏仁豆腐、ブラックベリー、柿の渋み、少しカラメルが焦げたクリームブリュレ。ああ美味しい、とつい言葉を漏らしてしまう。

これほんの少しだけボトルに残っていたやつだからどうぞ、と言われて飲んだのが真ん中のエージェンシーのボトル。サウナ上がりに割としっかり注いでもらった4杯飲んだ後なのであまりはっきりとした記憶がないが、どこかで見たことある。

初めての街で初めて来たバーなのにそう感じさせない落ち着ける一軒だった。値段も良心的でクオリティ対比新橋のバーで飲むのと変わらないイメージ。

バーに一人で行くとカウンター席でバーテンダーとのコミュニケーションが必要だからめんどくさい、という人もいるかもしれない。特に日本国外だと。しかしここは一人で来てもスターバックスみたいにテーブル席で飲むスタイルなので人に気を遣わず気楽に飲める。 

言葉に自信がなくても自分でラックからボトルを選ぶスタイルなのでちゃんと飲みたいものを注文できるし、バックバーの後ろに隠れているウイスキーが気になるけどバーテンダーに言って奥から取り出してもらわないといけないので申し訳なくて頼めない、なんてこともない。値段もボトルの裏に書かれているので明朗会計。店側も一人で来てカウンター占拠して大して売上に貢献しない「自称常連客」のお話にずっと付き合わされて他のお客さんへの接客が疎かになることもない。

このスタイル、意外とメリット多いかも、と思った。日本でも外国人客が多い店でスタッフ全員が外国語話せるわけではない、だけどジャパニーズウイスキーの品揃えは充実している、みたいな店でこのスタイルでやってみると面白いかも。

そういう意味ではウイスキーを純粋に楽しみたいのでセルフサービスで構わない、ちゃんとしたストックさえ置いておいてくれればいい、という人だけを相手にした店が成立する台湾はある意味成熟したウイスキー文化のある「ウイスキー先進国」なのかもしれないと思った。自分の蘊蓄聞いてもらいたいモルト好きばかりの国だと成立しないと思うが。

 

 

101の中で見つけた自動販売機。3万円ぐらい払ってもいいので私も少し知能を補給してもらいたい。

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台湾三大観光名所の一つ、中正紀念堂にて。皺一つない儀礼服を着て曇り一つないヘルメットを被った衛兵が蔣介石の像の前に直立不動、ずっと微動だにせず。

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一時間の持ち時間ずっと動けなくて、流石に辛いだろうな、と思ってみていたら、実は助っ人がいた。下の写真に写っている黒服の兄さんがマネキンのように動かない兵隊さんにさりげなく近づいて行って耳元に何か囁き、兵隊さんは唇をほとんど動かさずに何か答えている。

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そして黒服の人は僅かにうなづくとあたかも兵隊さんの服装が風でわずかに乱れたのを直している、というようなふりをしながらウルトラさりげなく膝の裏を掻いてあげていたのを目撃してしまった。

動くことのできない兵隊さんは、いったん痒い、と一瞬でも思ってしまったらもう頭の中がそれでいっぱいになって気が狂いそうになってしまうことは容易に想像できる。
頼む、ひざの裏が痒くて死にそうなので掻いてくれないか、もちろんだ兄弟、他に何かあったら言ってくれ。

ああ、俺がこの兵隊さんだったら同僚だと思われるこの黒服の人に間違いなく惚れてしまうわー、ボーイズラブの世界を見てもうた、と思いながら人とは違う中正紀念堂の楽しみ方をしてしまった。

麦村で飲んだけれど、流石にずっと運動しないわけにもいかないので早朝の台北の街を走った。101に反射する朝焼けが美しい。

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ファイナンシャルディストリクトのようなところを走り抜けると、立国国父紀念館があった。朝の7時前だが公園では太極拳などしている人たちがたくさんいる。

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ここでも朝の7時に儀仗服を着た兵隊さんが国旗掲揚を行っていた。国歌が流れ、兵隊さんの手で厳かに国旗が掲げられる。

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やはり自らの統治制度の正統性を強く主張しないと大陸に飲み込まれる、という潜在的な危機感があり、アイデンティティの発露というか主張がこういったところに顕れているのかもしれない。市ヶ谷でもやっているのかもしれないが、皇居前広場や東京駅前の行幸通りで同じことをすると拒否反応を示す人はたくさんいるのだろう。彼我の差を思う。

国旗掲揚を見終わってランニングを再開、ホテルまで7㎞ほど走って戻り、屋上のプールに上がって泳いだ後で台北の街を一望。

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今までなぜここに来なかったんだろう、とまた強い後悔のようなものを感じるところだったが、むしろこれからもこんな新鮮な驚きが沢山待ち構えていると思うとこの先の人生も楽しみで仕方ない、ということなのだろうな、と台北の街を眺めながら気が付いた。

 

 

 

 

 

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

ウイスキー・ライジング: ジャパニーズ・ウイスキーと蒸留所ガイド決定版

 

 

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カバラン蒸留所見学

台北の宿から一番近い駅、科技大樓のすぐ隣にあるバスの待合所でお金払って、高速バスでカバラン蒸留所のある宜蘭(イーラン)に向かう。クッションが肉厚で大ぶりな座席に収まると、自分がまるで肉まんの皮に包まれた餡になった気がする。いい感じの揺れが気持ちよくてうとうとしているうちに着いてしまう、1時間弱の旅。

宜蘭の雰囲気は日本の田舎の県庁所在地の次の次に大きな街、みたいな感じ。そんな街のJR駅の裏にありそうなぶっきらぼうなバスターミナルで下車、そこからタクシーで20分ほどでカバラン蒸留所に到着。タクシーの中でまたうとうとし、ふと目を開けたら自分が群馬の田舎にでもいるのかと一瞬混乱した。なんだか懐かしい景色が広がる。

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カバラン蒸留所は電子部品を作っています、と言われてもあまり違和感ないぐらい近代的でハイテク、「工場感」が漂う。日曜日に行ったせいでガランとしている。タクシーで来ているのが我々ぐらいで、バスのツアー客、その他の人たちは自家用車。帰りはちゃんとタクシー拾えるだろうか、という不安は後程的中してしまう。

まずはこちらの製造棟を見学。

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見学コースも効率的、ガイドは特におらず工場の真ん中にある通路からガラス越しに糖化や蒸留工程を眺め、説明文を自分で読む、という淡々としたもの。

ちなみに日本語の説明はない。
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グレンリベットなどメジャーな蒸留所で使われているForsythsの蒸留器が使われている。

樽の貯蔵庫まで来るとようやくウイスキーの香りがする。樽を立てたまま熟成するというのは知らなかった。

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あっさりとした工場見学が20分程度で終わり、無料の試飲。iPhoneの性能のせいで明るく写っているが実際はもっと暗く、ちょっと安っぽい電飾が光る。
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カバランのスタンダード、久々に飲んだがこれはこれで旨い。

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普通にお金払って最近出たソリストの青いやつとか飲みたかったのでショップの人に聞いたら、「1時まで待てばいろんな種類の有料試飲もできる」とのことだが、1時間半以上も先なのであきらめる。せっかくの機会だから有料で色々試せたらよかったのに、残念。

蒸溜所限定のボトルも特になく、それであれば免税店で買えばいいか、と思い結局グラスを2個だけ購入。
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そういえばウイスキーブレンド体験ができると誰かが言っていたけれど、どうすればよかったのだろう。事前の申し込みが必要だったのかもしれない。いつも出たとこ勝負だと、そういうところがうまくいかない。

はっきり言ってしまおう。日曜日に来たせいで誰も働いていなかったせいもあるのかもしれないし、ブレンド体験を事前に申込んでおけば違った印象になったかもしれないけれど、申し訳ないがここの蒸留所の見学はつまらなかった。どういう人たちがどういうこだわりのもとにウイスキー造りをしているのか、といった哲学的なものを感じ取るのがかなり難しいのだ(一応英語の説明は一通り読んで言っているつもりだ)。アイラ島やニッカで感じたような職人魂が伝わってこない。歴史が浅いので仕方がないかもしれないが。私はカバランのウイスキーそのものについては評価しているので、念のため。

買い物を終えてさあ宜蘭の街まで帰ろう、と思ってタクシーを探そうとするものの、街からクルマで20分ほど、さらに立派な蒸留所のゲートから2分ぐらいかかるビジターセンターに流しで来るタクシーはいない。駐車場に止まっているイエローキャブのおじさんに乗せてくれと言ってみるものの、首を横に振られる。誰かがタクシーで来て、待ってもらっているのだろう。困ったな、小雨も降ってくるし。

さっき声を掛けたおじさんが、タクシーの中を掃除しながら客の帰りを待っている。おじさんに、英語で「タクシー一台呼んでもらえませんか」とお願いしてみる。英語が全然通じず、おじさんの喋る台湾語もわからないけれど、おじさんは分かった、という顔をして携帯電話で電話してくれる。そしてタクシーの番号らしき数字を書いた紙を私にくれ、ちょっと待っていろ、と言っているのが何故だかわかる。シェイシェイ。おじさんは笑う。

台湾の人は、と一括りにしていいのかわからないけれど、少なくとも私が出会った台湾の人たちはみんな優しかった。旅行の下調べでウェブを見ていたら「台湾のタクシーでぼられないために」みたいなページをいくつも見たけれど、帰りのタクシーの運転手さんも親切だし、台北でも嫌な思いをすることは一度もなかった。

謎めいた宜蘭駅。面白い。
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日曜の昼下がりの駅前の公園でやっていた蚤の市を見て、少し歩いて寂れたデパートの前を通り、みんな生活に疲れた感じで働いている家族経営と思しきお店でぼんやりした味のラーメン的なものを食べる。
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不味くもないし、うまくもない不思議な食べ物。

街には人がいるけれど、日曜日のせいか寂しさが目立った。

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屋台のおじさんも暇で寝てしまっている。
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街なかの公園で見かけた注意書き。
「この辺りではよく野犬が出ます、エサをやったりせず注意してください」ってことか、と書いてあることを自分が100%理解できたのに自分で驚く。凄くのんびりしている街なので、獰猛な野犬がいたらとても場違いに感じるだろう。

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駅裏のバスターミナルに行く途中に大きな踏切があって、つい電車の写真を撮りたくなった。茅ケ崎に住んでいた小学生の頃、東海道線を走るブルートレインや踊り子号の写真を小さなカメラでよく撮ったことを思い出した。 

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宜蘭の街を歩いて既視感を覚えたのは、うっすらと記憶に残る昭和50年代の日本とどこか似ていたからかもしれない。


 

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1971年蒸留のKnockandoと「マチネの終わりに」

先月の終わりにまた一つ歳を重ねた。誕生日おめでとう、と言われても正直めでたいのかよくわからない。あと数年で50になるけれど、「50歳のおじさん」のイメージと今の自分というのがどうもきれいに重ならなくて気持ちが悪い。

「流石70年代のアイラは違うね」などと普段偉そうに言っている割に、「あの年代生まれのおじさんはさすがだな」とか言われるかというとそんなことはない。樽や瓶の中で眠っているだけのウイスキーは称賛されるぐらい熟成するのに、起きて毎日活動しているおじさんが熟成されていないってどういうこと?という疑問がふつふつと湧いてくる。そして気持ち悪さは「これぐらいの年齢になればこのぐらい熟成されていないといけない」という水準がどこなのか、そして自分はそれを満たしているのかどうか分からないところからやってきている気がする。

つまるところ自分は自分が思っていた人生を思い通りに歩めているのか、という刃のように鋭い質問を節目の日に改めて目の前に強く突きつけられている、ということに気が付いた。毎日考えるが目をそらし続けてきた、非常に深くて重い根本的な問題。
f:id:KodomoGinko:20181110104501j:plainそんな苦い思いを自分の生まれ年に蒸留された酒を口に含んで洗い流す。80年代に瓶詰めされているため流石にコルクはもげてしまったが、ビンテージ入りのKnockandoは品の良いキャンディのように甘くて軽やかで力が抜けて明るく朗らかで、私と異なりいい歳の取り方をしていた。

その数日後、人に勧めていただいた平野啓一郎の「マチネの終わりに」を読んだ。彼は自分よりも数年若いがまあ同世代で、大学も一緒ということもあって親近感を持っていたが手に取るのは今回が初めて。彼の小説が素晴らしすぎるといったいこれまで自分は何をしてきたんだと思わされるかも、という恐怖感が無意識のうちにあったのかもしれない。

しかし読了し「もっと早く読むべきだった」と少し後悔。

そもそも自分の人生は自分の選択の結果なのか、あるいは運命なのか。

真実を言わないことの効用と正直であることの費用。
自分を偽らずに生きることでより困難な人生を自分が歩むことのコストと、それを自分ではなく自分が愛する人が払わなければならなくなったときに自分を曲げずに生きていかれるのかという問題。

人を陥れてでも、軽蔑されてでも自分の幸せをつかみに行くべきなのか、他人のことを慮る故に自分の幸せを逃すことが正しいことなのか。

生と死とが紙一重であること、そして生き残った/生き残らされたものの苦しみ、生を授かったわが子に対する絶対的な愛情。

自分の才能の枯渇や加齢による衰えの自覚と若い才能の台頭への恐怖感。

真の救済と偽りの救済、音楽による魂の救済。

これまで薄ぼんやりと考えてきたことが一つの小説の中にたくさん含まれていて、全ての問いに対する答えは必ずしも描かれていないのだけれど、繰り返し読めば答えがおのずと見つかるような気がする一冊だった。

小説には読むべき人生のタイミングというものがあるというのが持論だったのだが、まさに「マチネの終わりに」は私にとって今読むべき小説だった、と強く思う。いい本だから早く読んでおきたかった、という気持ちはもちろんあるものの、2年前に出た小説を新刊で買って読まずに今読み終わったのは何かに導かれてのことだったのかもしれない。

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(個人的にはできるものなら10年前の豊川悦司松雪泰子で撮ってもらいたかった)

 

 

 

 

 

 

福岡Bar Kitchen、サウナでととのって佐賀へ

バーテンダーに初めて自然にお酒を奢れるようになった時は「自分も大人になったなあ」という気がしたが、最近サウナの仮眠室に初めて泊まって「俺もおっさんになったなあ」と改めて実感。日本のサウナ界の聖地のひとつ、ずっと行きたかった福岡のウェルビーというサウナにて。

今でも若干そうだが神経質なところがあって、知らないおっさんがいびきかいている横で寝ることなんて昔は想像できなかった。もちろん耳栓とアイマスクはしたけれど。

早朝、個性的ないびきがいろんなところから聞こえてくる仮眠室を抜け出し、サウナの中で普段はほとんど見ないテレビを見る。俳優の奥田瑛二若手俳優二人と酒飲みながらトークする、という日曜の朝7時にふさわしいとは思えない番組をやっていた。

若手のうちの一人は苦労人で映画出身、もう一人はイケメン俳優でトレンディドラマ系。映画出身の二人はテレビと映画が同じ演技する場とはいえあたかも別の惑星のように違う、という話をイケメンにする。イケメン俳優はテレビドラマの撮影で監督から罵倒された経験などないのだろう。映画の世界ではそれは日常茶飯事のようだ。

苦労人の若手(とはいえ後で調べたら40代、井浦新という人だった)は、師匠と仰ぐ若松孝二監督とのエピソードとして、「お前のしょうもないプライドやこだわりなんか全部捨てて、来た役は選ばずに全部やるんだよ」と言われた、という話をしていた。奥田瑛二も「それは大切なことだ」と相槌を打つ。だが二人そろって「傷つくけどね…」と顔を見合わせて苦笑い。

それを見ながら、自分のつまらないこだわりや好き嫌い、それも食わず嫌いも多く、のせいで本来自分が出会うはずだったものを自分から遠ざけて自分の人生をよりつまらないものにしてしまっているかも、と思い至る。

バーに入って、酒というとてつもなく広くて深い大海に較べるとその一滴にも満たない自分の知っている酒の中から「好きなもの」を頼んでもいいが、その大海の中で自分を待ってくれているかもしれない、今の自分がまだ知らないものを新たに知る方がいいに決まっている。

そんなことを旅の途中にサウナで考えていたらのぼせてきて、ウェルビー名物水温8度の水風呂にざんぶりと浸かる。手先足先、体中の末端がびりびり痺れる。前の日の夜中まで摂取したアルコールが抜けていく。

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前の晩に訪れたのは天神のBar Kitchenさん。秋の月夜にドアが開け放たれていて気持ちのいい風が吹き込む。東京だと中々ない。

バックバーが圧巻。3000本ぐらいあるのでは。イチローモルトのカードシリーズの空き瓶が一番上の棚にずらっと並んでいて壮観。
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銀杏の一枚板のバーカウンターは15メートルぐらいあるかもしれない。オーナーバーテンダーの岡さんからいろんな話を伺いながらグラスを傾ける。
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Elgin、Benriach、Tobermory、Laghroaig、Kilchoman。なかなかいい流れだった。いろんなウイスキー飲みたがるのは県外の人か外国人が多いそうだ。

福岡人にとってのソフトバンクホークスとは、とか、ご自身のプライベートの話などを伺っているうちに明日どこに行くべきかという話になり、佐賀の金立公園でコスモス祭りをやっていて満開で綺麗なはずだ、と教えてもらう。

礼を言って辞去し、サウナでまた一歩おっさんへの階段を上った。さあ、今日はどうしよう。やはり人が勧めてくれるものを素直に受け取ろう。そう考えクルマで佐賀を目指す。

稲穂がたわわに実って黄金色に光っているのを見ると、黄金の国ジパングというのもあながち間違っていないなと思う。美しい日本の風景で誇らしい。

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金立公園はコスモスが満開だった。真っ青な空と緑濃い山と淡い色のコスモスのコントラストが素敵。蛍の頃も来てみたい。

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佐賀市は何もないと思われがちだし実際唐津の方が楽しかった過去の記憶があるが、今回改めてゆっくり歩いてみると相当楽しかった。

松濤鍋島公園が近所にあったり今右衛門窯の磁器が好きで家にあったりするのでそもそも佐賀のお殿様には勝手に親近感を持っていたのだが、初めて徴古館という鍋島家の宝物を展示してあるところを訪問して感銘を受ける。
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鹿鳴館時代の小紋柄の和服から作ったイブニングドレス明治天皇ご下賜の花瓶一対、とても上品な透かしの入った鶴と亀の縁起物が描かれた花瓶一対など、ずっと見ていてぜんぜん飽きない(リンクを一度クリックしてみることを強くお勧めします)。特に明治天皇ご下賜の花瓶は、明治維新のため前田家という最大のスポンサーを失ってすたれてしまった金沢銅器の象嵌技術が見られるとても貴重な品。銀が輝いていた頃もさぞかし立派だったに違いないが、黒錆をまとった今の姿も渋く味わい深い。自分がこういう細かい手仕事がされている古いものを見るのが好きなことに改めて気が付いた。

そのあと、徴古館の受付の方に勧めていただいた肥前通仙亭、というところまでふらふら歩き、煎茶と生菓子をいただいた。古い街では必ずと言っていいほど美味しいお茶と和菓子がいただける。ハズレを引くことはあまりないので探してみることをお勧めする。
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三煎目が終わったところで茶葉を取り出して濃い目の昆布出汁をかけてお茶っぱを食べてみてください、とのこと。下の写真は出汁を茶葉に掛けたところ。全然苦くなくむしろ爽やかで、お茶と昆布の二つの旨味成分が口の中で渾然一体となって広がる。こういうのも、勧めてもらわないと知りようがない初めての素敵な体験。
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佐賀の街はところどころで時計が昭和のまま止まってしまったような光景が見られる。 

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何か目に見えないものに導かれたかのようだった秋の一人旅はしみじみと楽しかった。地味なイメージのある佐賀は実は魅力的なところ。松雪泰子も牧瀬理穂も佐賀出身、ぜひ行ってみてください。

 

 

 

 

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フォトジェニック村上

大好きな村上で印象に残った場所をアトランダムに挙げていく。

益甚酒店。文化庁の文化遺産に登録されている昭和9年築の町屋。雪国なのにもかかわらずとても丁寧に手入れされていて今も現役。

新酒ができたことを告げる杉玉と一斗樽。地元の酒蔵、大洋盛。
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中を見せていただくと昔お酒を量り売りしていた時代の酒瓶が置いてある。自分の屋号が入っているのもある。
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村上 千年鮭 きっかわにて。益甚酒店の隣で建物も続いている。こちらの建物も文化遺産、隣より古く明治築。

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塩引鮭を干しているところ。鮭が育った川に戻ってくる習性を利用して稚魚を放流する世界初の養殖は村上で始まったそうだ。米が凶作の年には鮭が豊漁で、鮭は村上の人たちの命を支えたそうだ。

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暗がりで干している鮭の身が陽に照らされて透き通って橙色に光るのが美しい。
f:id:KodomoGinko:20181016075003j:image屏風まつりでお披露目されていた由緒ある品々。
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村上牛専門店 江戸庄にて。村上牛レアステーキ丼(上)。
薄くそぎ切った村上牛のローストビーフにタレが絡んで、ご飯と一緒に食べると口の中で牛の脂が甘みとともにとろける。肉好きとしてはもっと肉だけがっつり食べたい気持ちもあるものの、上品な脂が口の中で溶けていく感覚はこれぐらいのスライスでしか味わえないので、ステーキはまた今度の機会に。

家人を連れて翌週再訪した際、家人たちはあまりの美味さに絶句していた。
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再訪した千渡里にて。もう何も言わない。
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と思ったけど一言だけ言うと、この村上牛のコロッケも最高。村上牛が美味いのもあるけれどコロッケそのものが出色の出来。
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家族を連れて再訪した週末はちょうど「宵の竹灯篭まつり」が行われていた。
一万三千本の竹の灯篭に蝋燭が灯され、ひっそりとした新月の夜の路地を幻想的にゆらゆらと照らす。

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このように村上はとても素敵なところだ。機会があればぜひ訪れてもらいたい。

酒も魚も肉も美味い村上が好きだその3 割烹 千渡里

村上に来たのは実はこれで3度目。過去2回はトライアスロンの前日、東京から400㎞のドライブを経て瀬波温泉にチェックイン、海岸で試泳して選手登録と競技説明会に参加、そのあと温泉入って晩御飯食べて早目に就寝、日曜日のゴール後はホスピタリティとして振る舞われる無料のカレーその他の食べ物をいただいて、月曜からの仕事に備えて急いでクルマで帰京、という慌ただしい展開だった。

正直これだと瀬波温泉のお湯のクオリティと地元の人の温かい応援ぐらいしか村上の魅力がわからない、伝わらない。せっかく村上に来たのなら、お仕着せの旅館の料理よりも夜の街に出て地元の旨いものを地元の人の話を聞きながらたくさん食べてみたい。だけど温泉にもこだわりたい。そう思っていろいろ探してみて、温泉加水なしでかけ流し、素泊まりOK、という「木もれびの宿 ゆのか」を見つけ、夜は街に出掛けることにした。

お一人様歓迎の割烹か居酒屋で目星をつけ、千渡里という店にたどり着いた。トライアスロンの前日は酒を飲まないことにしているので宿から車を10分ほど走らせて店に着く。提灯からして風情があって、期待が高まる。

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カウンターに座りノンアルコールビールを頼み、新物のハラコ(イクラの醤油漬け)、塩引き鮭の酒浸しと焼き物、お刺身1人前を早速オーダー。

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酒浸しは塩漬けにして乾燥、発酵させた鮭を薄く切った上に酒を振りかけ、柔らかくほぐれたところを食べる。サラミみたいなイメージ。日本酒に合わないわけがない。だが今日は飲めない。ハラコも、酒なしで箸でちびちび食べているとフラストレーション溜まる。結局ご飯とお味噌汁のセット貰って、焼き鮭もイクラもがっつりご飯に乗っけてむしゃむしゃ食べる。これが本当に極上。お刺身盛り合わせに入っていたブリは何と11キロの大物で脂の乗りが半端なく、山葵をのせて軽く醤油をつけると醤油の表面に脂の輪がさっと広がる。幸せ過ぎ、そして酒が飲みたくなりすぎてヘンになりそうだ。

さらにカウンターにドンと鎮座していた天然ものの舞茸のホイル焼きをいただく。そもそも天然物ものの舞茸なんか見たこともなく、すごく身がしっかりしているので驚く。

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歯ごたえがしっかり残っていて、鍋物などですぐにクタっとなってしまう養殖ものとは大違い。それよりなにより土っぽいすこしゴボウを思わせる香りの高さに驚く。

そしてカウンターの奥にいた日本トライアスロン連合のオフィシャルカメラマンの方がハラコ飯を注文されたので、レースの前日ぐらいは私も流石にがっつり食べてもいいだろうと自分に言い訳をして、思わずもう一杯注文。全く後悔はない。

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結局凄い量の旨いものを満喫し、翌日のレースに臨んだ。お店の方たちも忙しいのに本当に良くしてくださって恐縮した。レースは台風のせいで半分に短縮されたけれど平凡なタイム、でもとても楽しい今年最後のトライアスロンとなった。

自分だけ旨いもの食って村上を満喫したことが少し後ろめたく、実は翌週家人たちに千渡里の料理を食べさせるためまた訪れたほど。村上のことが改めて好きになった。

 

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酒も魚も肉も美味い村上が好きだその2 〆張鶴蔵元 宮尾酒造

好きな日本酒、〆張鶴の蔵元も村上にある。有名な酒蔵なので大きいのかと思ったら意外と小ぢんまり、ちょっと驚く。

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直売をやっているようなので引き戸を開けて入ってみると、帳場にいた若いお兄さんが出てきてくれていろいろ教えてくれる。「東京だと手に入らないものを教えてください」と言って四合瓶2本を選んでもらう。

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一つは「越淡麗」という酒米を地元村上で育てて作った数量限定のもの。そして地元中心に卸しているため手に入りにくい、定番の吟撰。

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改めて蔵元の宮尾酒造のHPを見てみると、越淡麗の生育日記が書かれていてとても大切に育てられた米だということが分かった。地元の米と地元の水で醸造した日本酒、ワインでいうとテロワールウイスキーでいうとLocal Barleyになるのだろう。

「蔵の見学はできますか?」と伺ったら、見学施設は作っていないけれど酒造りしているところをちらっと見てもいいですよ、とのことだったのでお言葉に甘える。


立派な暖簾をくぐって建物の奥に進む。

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この暖簾の正面に酒蔵があって、忙しそうに働く皆さんが見えた。覗きこんでいると軽く会釈をしてくださる。中は撮影禁止、お断りして入口のしめ縄だけ写真を撮らせてもらった。

f:id:KodomoGinko:20181006095557j:plain壁には〆張鶴で使っている3種類の米が飾ってある。

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土曜日の午後、他にお客さんもいなかったこともあってか時間をかけていろいろと教えてもらってありがたかった。

東京からわざわざ村上まで足を運んでくれて恐縮です、とおっしゃるので、3回村上に来ているけれど酒も魚も肉も野菜もコメも旨い村上は奇跡のようなところだと思います、と申し上げた。お兄さんはちょっと小首をかしげた感じだったけれど、お世辞抜きにそう思う。地元にいると当たり前のことなのかもしれない。羨ましい。

まだ行ったことのない酒田もおそらく何でも美味いのだろう。新潟や山形がすごく魅力的なことに改めて気づかされ、自分が自分の住んでいる国を表面的にしか知らないことが少し恥ずかしくなる。

レースの後ずっと忙しくて家で晩酌をする機会がなく、搾りたての酒を早く飲まないと、と思ってちょっと気が焦っている。旨い肴を用意しないといけない。


 

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