東京ウイスキー奇譚

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

愚者の金、あるいは終売のウイスキーをめぐる狂騒曲について

竹鶴17、21年の終売発表後、17年は5万円、21年は10万円を超える値段でオークションで売られている状況です。また一部投機的なお金が入ってきているせいもありウイスキーはどんどん高くなっています。
一人のウイスキー好きとして、ウイスキー転売の是非やそもそもの適正価格はどう決まるべきかについて考えました。

■ はじめに

Twitterで紹介されていたブラックウォーター蒸留所の直近のブログを読んだ。ウイスキーの値上がりの激しい昨今、とても含蓄のある記事だと思った。

 
「FOOL’S GOLD? INVESTING IN IRISH WHISKEY CASKS(愚者の金?アイリッシュウイスキーの樽への投資)」、という記事。少し長いが訳してみた。
(長いのでサクッと読みたい人には原文の下に要約つけてあります)

 

 

■ 愚者の金?アイリッシュウイスキーの樽への投資

https://blackwaterdistillery.ie/fools-gold/

我々はゴールドラッシュの真っただ中にいる。液体のゴールドラッシュだ。アイルランド島にある蒸留所の数は3から30を超えるまでに増えた。それも私が中古のルノーラグーナを買って乗り始めてからの間で。ゴールドラッシュでは一山当てる者もいるが、多くは泥を掘り返しただけに終わったり、偽物の金をつかまされて質屋に駆け込むことになる。

最近私のソーシャルメディアのタイムラインはウイスキー金融商品として取り扱う会社であふれかえっている。アイリッシュウイスキーを買うのは間違いない投資だと言われている。その投資は家を買うのと同じぐらい安全だと言われている。しかし現実は全く異なるかもしれない。

私はさかのぼること1990年、初めてジョン・ティーリングに会い、彼がこういったのをはっきり覚えている。「そこそこの金持ちになるのに最も手っ取り早い方法はウイスキー造りだが、ウイスキー造りは巨万の富を持って始めるものだ」

もしあなたが真剣にアイリッシュウイスキーの樽買いを考えているのであれば(趣味や飲むためでなく、投資の一手段として)、彼の言葉を心に留めておくべきだ。以下があなたの意思決定にあたって知っておくべきことのショートリストだ。

  1. この国で金融サービスや共同投資スキームを提供するものはアイルランド中央銀行に登録する必要がなる。登録者リストはこちらで見られる。もし樽のプロモーターがこれらのサービスを提供しているなら、このリストに載っているはずだ。調べてみてほしい。もし載っていなければその理由を考えてみよう。それは基本的な法律上定められた要件だ。
  2. ある樽への投資商品では樽の購入代金が55%割引になるとうたっていて、彼らのパンフレットには一樽2400ユーロと2900ユーロという価格が宣伝されている。だがある商品が実際に「それなりの期間」、すなわち値下げ前の3か月のうち28日間、より高い値段で売られていないと「割引販売」と言うことはできない。もともとの値段が高かった証拠がないとそれはインチキな割引なだけでなく違法だ。
  3. 全てのモノの価値はマーケットで決まる。ここでは希少性の原則が働く。現時点ではアイリッシュウイスキーの古酒が不足しているが、市場は変化しつつある。現在13ほどのアイルランドの蒸留所が熟成したアイリッシュウイスキー保有している(ただし多くがまだ市場に出てきていない)。そして17ほどの他の蒸留所がニューメイクを熟成させている。二つ目のファンドは「樽のリターンは12.5%以上」とうたい、三つ目は独自モデルにより「将来の利益を樽のオーナーに保証」という。ここでのキーワードは「保証する」で、それが実際には不可能だという事実はとりあえずおいておいて、これらの樽のプライシングを検討してみよう。スーパーマーケットの自社ブランドのウイスキーは常に業界の良いバロメーターだが、過去数年全く見かけなくなっていた。しかしALDIとLIDL*1ではアイリッシュウイスキーを一瓶18.99ユーロで安売りしている。そのうち14.66ドルは酒税と付加価値税だ。つまりウイスキーの正味の値段は4.33ユーロで、それにはウイスキーそのもの、瓶、ラベル、栓、封印、外箱、労賃、諸経費、配達の費用が含まれ、生産者とスーパーマーケットの利益も乗っている。計算してみればいい。若いウイスキーで金儲けをするのはボリューム勝負で、古いウイスキーは現在希少だが今後もずっとそうあり続けるわけではない。たった2、3の生産者しかウイスキーの樽を外部に販売していないため古いウイスキーの在庫が現在希少で価格が高どまりしていることを忘れてはいけない。今から10年もすれば30、40、もしくは50の蒸留所がアイリッシュウイスキーを生産することになる。時間の経過とともに比較的安価に買うことのできるウイスキー樽の大量の在庫も熟成されていくので、現在値段が高くないものは将来も値段が高くならない可能性が高い。
  4. もしあなたが樽を買い、素敵な保有証明書をもらい、どこかの保税倉庫でウイスキーが熟成されているとしよう。あなたは個人として樽を保管している保税倉庫のサブリース契約を登録し、地元の税務署の許可を取りましたか?これは重要なことで、税務署は一樽当たり約6800ユーロの酒税と付加価値税を課税するために誰に支払い義務があるのか調査する。仮にあなたがその樽をファンドもしくは蒸留所経由で買ったとして、そのファンドもしくは蒸留所が借金を抱えたまま倒産したとしよう。その場合資産は売却され、あなたの保有証明書は同じ重さのトイレットペーパーよりも価値のないものとなる。結局のところ、税務署に樽の保有者として法的に登録されていなければ、あなたは登録された保有者ではないのだ。簡単なことだ。もしそれをしなくていいのなら、なぜ全てのアイルランドの蒸留所がウイスキーを熟成庫に送るときにわざわざそうしているのか考えてみればいい。
  5. 全ての投資で最も重要なのは出口戦略だ。どうやって樽への投資から利益を確定するのか。酒業界は高度に規制されていて、酒の一滴一滴には酒税がかかる。蒸留酒の樽を売るのは中古のルノーラグーナを売るのとはわけが違う。もしあなたが熟成されたアイリッシュウイスキーの樽を売りたいのであれば、Done Deal*2に広告乗せるわけにはいかない。ファンドの中には一定期間の後に樽を買い戻す保証をしているものもある。もしそうならその保証を書面にしてもらい、弁護士に見せてみるといい。なぜか?だれかに樽を売るためにはアルコールの卸売に該当する量を扱うための酒類卸売業免許が必要だからだ。また保税倉庫から樽を出すためには税務署と話をつけないといけない。OK、樽のことは忘れよう。瓶詰めして売れば利益を最大化することができる。だがまずラベルについての許可を取る必要があり、アイリッシュウイスキーを瓶詰めする認可を受けた施設を見つける必要がある(アイリッシュウイスキー技術要項に規定されている)。あなたはおそらく付加価値税の登録をしなければならず、なぜなら販売額の23%は付加価値税だからで、小売り免許、すなわちパブの営業許可も必要となる。最後に確認した時はパブの営業許可取得には8万ユーロほど必要で、地方裁判所に行って費用を払う必要がある。許可なしでアルコールを外部に販売するのは税務署と警察署のご厄介になることを意味し、死ぬほどバカげている。
  6. 頭のいいあなたであれば、これの問題を解決するためには適切な免許を持っている誰かに樽を売ってもらうもしくはオークションにかけてもらう必要があることに気づくだろう。いまのところ当局はお目こぼししているが、問題は規模だ。アイルランドでの樽の購入は趣味の範疇で行われているが、それが大規模になれば税務署が黙っていないだろう。ある樽投資ファンドは2019年に1000万ユーロの価値のウイスキーを売ったが、今年は140%成長の計画を描いている。酒税やVATは多額となり、キャピタルゲインについての税金も追跡されるだろう。だから樽を買う前に私ではなく独立投資助言業者からの助言を受けるのが最良だ。


もしこれでも純粋な所有欲のために樽に投資しようと思うなら、そうしてみるといい。そして蒸留所に直接行くことを検討してみればいい。間に入る人は全て手数料を取るのだから。樽購入プログラムを提供している新設蒸留所はたくさんあるので比較検討できる(念のためだがブラックウォーター蒸留所ではそのサービスは提供していない)。

もしこれをすべて読み終わってまだウイスキーを財産と同一視しているのであれば、この言葉を覚えておこう。「Caveat Emptor(買い手責任)」

 

 

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簡単にまとめてみるとこうなる。

ウイスキーの樽への投資が流行っているようだけれど、いろいろ疑わしい面がある。

投資商品とうたうなら、ちゃんと登録してあるはず(でそうしていないなら詐欺の疑いが強い)。
樽をディスカウントで買える、というのであれば一定期間定価で売られていてそこからのディスカウントだとはっきりしていなければならないと法律で決まっている(けどそうなっていないのでインチキか詐欺の疑いが強い)。
今は古酒がなかなか手に入らないので値上がりしているが、新しい蒸留所がたくさんできていて将来の供給量が増えることが確実で、希少性がなくなれば値段は上がらない。安い値段のウイスキーを売って儲けるためには大量に売らなければならない(ので一樽買っても儲けは薄い)。つまり「確実に儲かる」というのはかなり疑わしい。
樽を買っているように見えるけれど、実際にあなたが直接樽を持っているわけではなく、ファンドや蒸留所にお金を貸しているのと同様のスキームになっているのでファンドや蒸留所が倒産してしまうと手元に何も残らない。
樽を誰かに売らないと儲けが確定しないが、それには免許もいるし税金もかかってくるので費用もかかるし簡単には売れない。
仮に儲かったとしてもリターンには税金は考慮されておらず、今はお目こぼしされていてもウイスキーへの投資が一般的になり金儲けする人の数が増えるにつれて税務署のマークはきつくなる。
もし本当に樽への投資がしたいのであれば、直接蒸留所に行って樽買いプログラムに参加するのが一番割安なやり方のはずだ。

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結論はウイスキー造りは「絶対確実な投資」などではありえない、ということだと思う。

プロとして断言するが、「12.5%以上のリターンが確実な投資商品」は基本眉つばだ。そのリターンが確実に上がるのであれば自分で借金してそれに投資すればよく、人に薦める理由がない。このカネ余りの時代、よほど信用履歴の悪い人でなければ5%ぐらいの金利払えば金が借りられ、その金で12.5%以上のリターンを約束する「確実な」投資機会に投資すれば最低でも7.5%儲かる。わざわざそんな金儲けの機会をお勧めしてくる人はよっぽどのお人好しか詐欺師かお人好しの詐欺師のどれかだ。

ウイスキーをオークションで投資目的で買うということ

アイルランド金融商品としてアイリッシュウイスキーの樽へ投資する人向けへの忠告なので我々にはあんまり関係ない気がするが、実際には我々のような日本でボトルを買っているウイスキー好きにも重要な論点がいくつかある。

たとえば直近終売になることが発表された竹鶴。ヤフオクを覗いたら一時は17年が5万円超えていた。最近は箱入りでも値段下がって4万円台になってきているようだが。21年は値段が上がって10万円が相場のようだ。2本売ったら手数料10%払っても12万円以上が手元に残る、ように見える。

auctions.yahoo.co.jp


ちなみにアサヒのHP見るとこんな感じ。希望小売価格は小売店での販売価格を拘束するものではなく、その値段で買うことは基本難しかったことは知っているが改めて見てみると感慨深い。

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終売発表前の9月末には竹鶴17年は1万5千円ぐらいで落札されていた。

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竹鶴17年を5万円で投資目的で買う人は出口戦略、すなわちどうやって利益を確定するかについてはどう考えているのだろう。

5万円よりも高く買う人を見つけてその人に売りつけられないと儲けようがない。
それを分かって落札しているのだと思うが、自分が落札したということは、自分の値段が最高値である、すなわち「現時点では自分より高く買う人はいない」ということを意味する。現時点で自分が一番高値で買っている人なのに、将来自分よりも高く買ってくれる人を見つける、というのは極めて困難だということを分かってやっているのだろうか。
そもそも希望小売価格が7000円だったものが現在7倍以上になっているのに、さらに値段が右肩上がりに上がっていくと考えるのは結構難しいように思われる。

仮に投資目的で買った人が目標リターンを年率10%、5000円としていると仮定して計算してみよう。

オークションでの売却手数料が10%とすると1年後に61111円以上に値上がりしていれば5000円の利益。仮にそうだとしても10本で5万円、100本で50万円の儲け。お小遣いでは嬉しいかもしれないが、ビジネスでやるには効率悪い。

そして1年後に6万円以上で竹鶴17年売れるか?というのがそもそもの問題。山崎18年の落札相場7万円近辺とあまり変わらない値段でそっち買いますかね?
山崎18年の落札価格は竹鶴の終売にあまり影響されていない、ように見える。ちょっと前まで竹鶴17年の評価は山崎18年の20%ほどだったのに、今は70%ほど。竹鶴の割安さは終売発表後大きく修正されている。

まあ一言でいうと金儲けで竹鶴17年を今から買うのはあまり得策ではない気がする。
さすがに自分ではその値段では買おうと思わない。


■ 何が「適正で」「フェアな」価格なのだろうか

ではフェアな価格はいくらか、というのを考えてみたい。私にとってフェアな価格の水準は、当たり前だが自分が竹鶴17年を飲む体験にいくらまで払いたいと思うかに左右される。

17年は自分の中での価値は感覚的には1万5千円ぐらい。直近の相場の過熱を加味しても年数×1300円、2万2千円ぐらいが上限かもしれない。異論は認める。あと改めてはっきりしておくが、竹鶴のことを下に見たりしているわけではないので念のため。

私が今竹鶴17年を5万円で買うかどうか決める際には、例えば以下の2つのチョイスのどちらが自分にとっての効用が高いか考える。

チョイス① 
竹鶴17年を1本飲むという体験を5万円で買う

チョイス②
アラン10年新ボトルを買い、丸亀サイレンスバーさんに行って2万6千円分飲む

(4000円(家飲み用の新しいアラン10年1本購入)+2万円(JetStarで高松行き往復航空券、片道4500円から +宿泊費その他)+2万6千円(丸亀のサイレンスバーでの飲み代))


別にアランである必要はなく、ダルユーイン花動でもいいしモーレンジオリジナルでもいいが、私にとっては圧倒的にチョイス②の方が効用が高い。丸亀行かなくても4万6千円握りしめて有楽町や新橋や池袋のバー回れば相当素晴らしい体験ができることは私が保証する。

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そう考えると、仮に竹鶴17年を5万円で買いたい人がいれば私はその値段でボトルを譲って全然問題ない、ということになる。(ちなみに上記のフェアな価格を決める時にはチョイス①を1万5千円とか2万2千円とかにしてチョイス②の例を様々考える)

こういうことを書くと、「高値で売って転売で金儲けしやがって」的に快く思われない方がいることも知っている。だがプレ値で売って供給が増えれば値段が下がるので、むしろ高値で転売することに反対する人から褒めてもらってもいいはずだ。

プレ値でケースごとオークションに出すような人をSNSで晒して非難する人が現れる一方で、情報弱者の地方のお年寄りが経営するような酒屋ばかり狙い撃ちにして巡ってボトルを買い占め「定価で買えましたラッキー」的に誇らしげに「戦果」をSNSに上げる人もいる。

大体前者は「転売ヤーに死を」的なリツイートを浴びるのに、後者は「うらやましい」的なコメントがつく。

終売になってなかったら同じことしましたか?プレ値が付いていなかったら同じことしましたか?両者ともプレ値がついているからやっているわけでコインの裏表で全く同様の行為なのに片側だけ強めに非難される。つまるところ利益を確定させた人に対する単なる嫉妬なのだろう。

プレ値での転売自体許せない、という人に対して私はこう思う。

自分がその酒に対してプレミアム払ってでも買いたい、と思うのであればそうすればいい。どうしてもお父さんの命日にお父さんが好きだった竹鶴17年をお供えしたい、もうすぐ命日が近づいているのだけれど全然酒屋では見つからない、というのならヤフオクで5万円で買ってもいいじゃないですか。飛行機の切符が仮に全部売り切れだったとして、うちの親が危篤でどうしても目の前の飛行機に乗らないと死に目に会えないかも、と思えば搭乗券持っている人見つけて定価より多くいくらでも払いますよ。何か?

良識ある二人の大人の同意の上での契約や行為に対して、自分の価値観と相いれないからと言って他人が文句をつける権利は誰にもない。高値での転売許せない、と言う人は同性婚反対論者とあまり変わらない。違う、と言うならロジック教えてください。

ちなみに反復継続的に業としてオークションに出品しない限りは酒販免許もいらないし普通のサラリーマンはその他も併せて 副収入が20万円以下の場合は税金申告も必要はない。 世の中には親切を装った嘘つきの嫉妬深い人が多いので気を付けてください。

一番大事なことは、そのボトルを買うことで得られる体験に対してあなたはいくらまでなら払いたいですか?ということだと私は思う。それは人によって違う。違うからある値段で同じものを売ってもいいと思う人もいれば買ってもいいと思う人もいる。ウイスキーだけじゃなくて、トレーディングカードでも、リンゴでもイワシでもそう。

私はこれまで転売はしたことがないけれど、こう書いているうちに改めて家にある竹鶴17年と21年をプレ値で売ることの方がむしろ正義である気がしてきた。なぜならばさっきも書いたように、自分の物差しで測ればそのボトルから得られる体験よりも5万円で得られるその他の体験の方が自分にとっては価値がある気がするから。そして他の体験よりも5万円で竹鶴17年買う方がいい、という人に売ってあげられれれば、私にとってもその人にとってもWin-Winになるから。もっと言うと社会全体にとって私が竹鶴17年を持ちつづけることよりも転売することの方が役に立つから。

投資はビューティーコンテストすなわち美人投票*3で、自分が一番美人だと思う人ではなく他の人が一番美人だと思うであろう人を当てるゲームだから他人がどう思うか、他人の価値観を気にする必要がある。

だが投資でウイスキーを買っているわけではない我々にとっては、他人の評価は関係あるようで関係ない。

人からどういわれようとも、安いウイスキーでも自分が旨いとも思えばそれを飲めばいい。高くてもいいものだと思えばそれをプレ値で買えばいい。人から何を言われても揺らぐ必要はない。つまるところ自分の価値観、すなわち自分はこのウイスキーから得られる体験に対してどれ程度の評価を与えるのかの物差しが自分の中ではっきりしていればいいのだ、と思う。

 

 

 

 

 

 

 ■ おまけ

以下おまけ。

ウイスキーをこよなく愛する私は、以前美味しい竹鶴17年を安値で手に入れた。その後、その竹鶴17年は評価がぐんと高まり、当時1本7千円で買ったものがオークションに出せば今や5万円の値が付くという。私はこのウイスキーをときどき、ちびりちびり味わって飲んでいるが、競売価格で手放す気はまったくなく、ましてやそんな高値で買い足そうなどとは思ってもいない」。

私が5万円で竹鶴17年を転売しないとするとこのような状況になるわけですが、これは極めて非合理的な行為をしていることになります。なぜそうなのかがわからない方で興味があれば、以下の本を読んでみてください(写真左側の文章に注目)。10年以上前に出た本ですが、ノーベル経済学賞をとったセイラーの手で書かれた名著です。

オークションで落札することのリスクについても詳細に検討されていますので、ウイスキーオークションに参加されている方にもお勧めします。原題は「The Winner's Curse」、勝者の呪い、でまさにオークションで勝つということはどういうことかが主題とされています。
自分で飲むためにオークションに参加されるような方は私よりも皆さんよりはっきりと自分の価値観をお持ちだと思うので、大きなお世話だとは思いますが。

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islaywhiskey.hatenablog.com

 

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*1:いずれもドイツ資本のディスカウントストア

*2:アイルランドの中古車のネットオークション

*3:今時不適切、Politically Incorrectな言葉遣いだというのは十分理解した上で言っています

バー飲みを愛する男がカウンターで考えていること

とある酒飲みの一日。

ウェブサイト眺めてたら飲んでみたいラムを発見。ラ・メゾン・ド・ウイスキーが詰めたスリーリバース向けワーシーパークシングルカスクカスクストレングス、シングルポットスティル蒸留、11年ジャマイカ・2年ヨーロッパ熟成。ラムは勉強中、スペックだけでもかなり興味深い。どこかのバーで試してみたい。

ワーシーパークってスペルどうだったっけ?とりあえずカタカナでTwitter検索するも意外と見つからない。「メゾン ワーシーパーク」ではヒットなし。「ワーシーパーク」だと京都のラムアンドウイスキーさんのボトルばかり。Twitterの「最新」タブでようやく吉祥寺と池袋でお目当てのボトルが開いていることが判明。店の基本情報を確認し、仕事終わりに比較的行きやすそうな池袋のBar Crossさんに行ってみることに。


初めてのBar Crossさん、JR池袋駅から少しだけ歩いた懐かしい感じの飲食ビルの地下にある。雨が降るとちょっと行きにくいかな、ぐらいの距離。カウンターに落ち着くとヒュミドールらしきものが奥に見え、タバコ吸っているお客さんもいたのでどうかな、と思ったが、換気がいいのか全く気にならない。

バックバーにはグレンフィディックスプリングバンクなどのオフィシャルのオールドボトルが並んでいて見ていて楽しい。一杯目からワーシーパークを頼むべきかうかがうと、「力強いので最初は違うのがいいかと思います」とのこと。そこでカーデュの80年代オフィシャル加水をチョイス。

ああこういう素朴な麦感好きなんだよな、飲み疲れないし一杯目にぴったりだわ、グッドチョイス、と思いながら一人静かに飲む。
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その後お目当てラムを飲むことができた。

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確かにこの重厚な飲みごたえはいきなり頼むものではないかも。ウイスキーと違ってラムは原酒と樽の強さのバランスが原酒寄りだなあ、と改めて思う。かといってバランスが悪いわけではない。ラムならではの複雑なグラッシーさ、後からフルーツの甘みとスパイシーさが出てきて変化を楽しめて面白かった。

さらにその後あまり詳しくないコニャックをお薦めいただく。ケイデンが詰めたシャルパンティエ蒸留所カスクストレングス30年。これもオッサンのハートを直撃。即2本ポチる。さらにグレンキンチー10年のオールドのオフィシャルも飲めてとても楽しめた。

バックバーを見ると、ボトルの前面にA6とかB4とかラベルが貼ってある。それぞれ1ショット1600円、2400円ということなのだろうな、と思いながら見ていると、80年代から2000年代初頭ぐらいに出ていたオフィシャルボトルがリーズナブルに色々試せることが分かった。ハーフで頼んだら相当な種類が飲めて楽しそう。

何杯か頼むと一番高いショットが半額、というお年玉サービスの最終日だったこともあってか、お勘定をいただいたところ「この体験に対してならこれぐらい払って然るべき」という自分の感覚から3割ぐらい安い破格のチャージ。

ご自宅どちらなんですか?と聞かれて「渋谷方面です」と答えたら、「じゃあ副都心線ですかね」と言われる。しばらく歩いてJR池袋駅に戻らないと、と思っていたけれど、店を出たらすぐ目の前が副都心線の入り口で、実は家からさほど不便でないことが分かった。

家飲みだと味わうことのできない、バー飲みならではの美しい流れ。様々な意味で満足度が高く、またお店に寄りたいと思った。

そして昨日改めてお邪魔して自己紹介とご挨拶をし、裏を返すことができた。井手尾さんという方がオーナーバーテンダー。30代半ばぐらいだろうか。前回来た時にいただいたコニャックが気に入ってポチりました、という私のツイートをお店の常連さんが見ていたらしく、やや身バレ。
再訪一発目にお薦めいただいたのがスペイバーンのセミオールド、オフィシャル10年。そこをお薦めいただくかー、と思ってまたちょっと感心してしまう。

いいんだよこういうので。雄弁過ぎるのばかり毎日相手にしていると疲れが貯まってきているから。
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私はハーフショット4杯で失礼したのだが、その間にも隣に座っていた若いゲスト3人連れのボトルについての質問に丁寧に答えられていた。

飲みたいボトルを見つけられて有難かったこと、セミオールドのオフィシャルなど気軽に試せて楽しく居心地も良かったこと、副都心線だと家から来やすかったことをお伝えしお礼を言う。

久しぶりにまた改めてお邪魔したいと思うお店を見つけられて幸せだった。


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今回はバーで飲むのが好きな私がいつも思っていることを改めて考え直すいい機会だった。

バーでは仕事のことを極力忘れて飲みたいと思っているので、いつもあまりしゃべらず空気の抜けた感じでぼーっとしている。けれど職業病なのかどこに行っても頭の片隅では仕事の感覚が抜けきらず、目についたことや気が付いたことについて様々考えてしまう。

この日はいろんなバーで飲みながら気になっていたことをあまり気にせず飲めたこともあっていつも以上に飲んでいて楽しかった。


初めて入ったバーに改めてまた来よう、と客が思うプロセスと心理について書かれているのはあまり見たことがない。またバーテンダーの向かい側にいる客の一人として、そしてカウンターの隣にいる別の客として、一人静かに飲んで何も言わずに帰る客が心の中で何を思っているか、というのも。

見えている景色がこちらとそちらでどのように違うのか違わないのか、というのをご参考までにお伝えできればと思い少し書いてみる。

念のためですがどこか特定のお店やそのバーテンダー、あるいは特定の他の飲み手に対してどうこう言いたい、ということでは全くありません。また私個人のかなり偏った感想であることをお含みおきください。

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そもそも来店するきっかけがないことにはリピーターにはなりようがない。今回きっかけとなった理由は以下の2つ。

#1 飲みたいと思ったボトルが試すだけの価値があり、どこに行けば飲めるのかインターネット/SNS検索ではっきり分かった

「このボトル興味あるので飲んでみたい」と思い、検索してバーでの開栓情報が見つかり、信頼できそうなテイスティングコメントも書かれてあったので「このボトルはやはりわざわざ試す価値がある」「そのボトルはこのバーに行かないと飲めない」と分かったので、初めてのバーへの訪問というそれなりに高いハードルを越える強い動機付けになった。

Twitterでボトルの情報を見つけられ、お店のブログがあることが分かりそこでさらに詳しいテイスティングコメントが書かれていて参考になった。

blog.goo.ne.jp

これだけ情報があればお店に行こうという動機も強まる。文体や写真からどんなお店なのか雰囲気も察することができる(し、実際に伺ったらイメージ通りだった)。

インターネットの世界では検索できないもの、あるいは検索ヒット数が多すぎて埋没してしまうものは存在しないのと同義。工夫がないと、情報を出しているつもりでもなにもしていないのとあまり変わらなくなってしまう。

「このボトル開けてみました」という写真を投稿するだけだと、すでにお店をフォローしている既存顧客はそれ見て「今度行かなきゃ」となるけれど、キーワード検索でヒットしないのでフォロワー以外はその店行くとそのボトルが開いているという事実を知ることはほぼ不可能。

また輸入元からのボトル情報とオフィシャルテイスティングコメントをコピペしてウェブ上に情報をあげる、あるいはそれに「いいですねー」的なコメントを付け加えるだけではあまり意味がない(もちろん何もしないよりはいいが)。なぜか。理由は3つ。

  1. 同じことをしている酒販店やバーはたくさんあるので埋没する
  2. リピーターになりえるような客に「その店に行くとなにか新たな発見が得られるかも」と直感させて来店を動機付ける「なにか」が感じ取れない
  3. 自分の店で出しているボトルで客に薦めるのに自分では試していないのでは?と熱心かつ誠実な店ではない印象を与える

少なくともバーテンダーなら自分で入れたボトルに対してそれなりにコメントもあるだろう。それが何もないなら、何かが間違っている。

ボトルのスペック詳細(特にビンテージ、ボトリング年、度数)が書かれているとキーワード検索がはかどってありがたい。Worthy ParkとかGlen GariochとかBunnahabhainではなく、カタカナでワーシーパークとかグレンギリーとかブナハーブンと書いてないと見つけるのは厳しい。

(ついでにいうとお店の正式名称が英語の時も、英語とカタカナの両方で表記してSNS登録していただくと検索ヒット率が高まるのでありがたい。)

自分の興味を惹いたボトルが試してみる価値があるという情報と、「そのボトルがここに行けば飲める」ということがセットになっていたので、初めてのお店だけど行ってみようか、という気にさせられた。

「知る人ぞ知る」的なボトルについてはウェブ上でも情報量が少ない。有名ブロガーが取り上げてみんなが知っているボトルももちろんいいが、あまり注目されていないけれどもめちゃくちゃ美味いボトルを知っていることの方が酒飲みの自尊心(あるいはSNS中毒者の承認欲求)を満足させるかもしれない。

SNS中毒者の承認欲求が刺激できれば、わざわざお店がコメント書いたりしなくても客が勝手にコメント書いて宣伝してくれるので手間が省ける。それがお店にとって諸刃の剣であることも重々承知している(以前詳細に書いたので繰り返さない)。

「これは!」と思った(が他の人があまり取り上げていない)ボトル、口開け直後はあまりよくなくてみんながそっぽを向いたけれど瓶熟してびっくりするほどよくなったボトル、などについての投稿は、書き手の想像以上にとても価値があるし、値段を下げて客寄せするなどよりもっと効果的のある集客方法かもしれない。


#2 TwitterFacebook、ブログ/HPのわかりやすいところに店の基本情報が書いてある

ボトルが開いていることが分かってそのお店に初めて行ってみようか、という気になったとしても、定休日や営業時間、アクセスがはっきり記載されていないと初めての店に行くのには相当躊躇してしまう。

わざわざ行ってみたのに定休日でした、とか、21時から営業であと1時間待たされる、とかは流石にイヤじゃないですか。かと言って初めての店にわざわざ電話してから行くか、というとワンオペで忙しいところに一見の客が電話したら迷惑かも、とか考えてしまい気が引ける。だから定休日や営業時間が明記してあると初めての店に行ってみようと思う心の中のハードルが大きく下がる。
 
オーナーバーテンダーが一人でやっているお店が「不定休」となるのは仕方のないことというのはよくわかるので、「不定休、ただしお休みの際はTwitter(もしくはFacebook、HPなど)で告知します」とでも書いて実際に告知していただいていると助かります。

アクセスに関しては、先ほどの例だとJR池袋駅からは少し歩いたので雨の降る日だったら行かなかったかもしれない。でも副都心線池袋駅の出口から目の前、というのを知っていれば駅から徒歩3分のバーに傘差していくよりも若干時間かかったとしても行きやすい。東京メトロ池袋駅C3出口出て道渡ったところ、とか書いてあると助かります。

また別の代々木公園にあるバーの話を友達にすると「代々木公園ってなんか行きにくくない?」と言われることがしばしばある。だが実は渋谷からも新宿からも原宿からも10分以内に着く。渋谷駅西口からだと1時間に20本近く走っているバスに乗ればすぐ。新宿からも小田急線の各停で5分、そこから徒歩2分。下手にターミナル駅周辺でうろうろ店を探し歩くよりもよっぽど近い。そんな情報が書かれていれば、店に行こうか悩む人の背中を押すことができると思う。

日々入荷するお酒のボトルの情報をアップデートするのと違って、基本情報は一度丁寧に書けばいいだけなので大した手間は掛からない。お休みの告知は飲食業の基本動作かもしれず、当然だがお知らせなく店を開けないと常連さんも失うリスクがありこれも大した追加の手間ではないだろう。その割にはどちらも費用対効果がお店が想像する以上に高いと思う。

来店に対する心のハードルを下げられるかどうかというのは新規のお客さんを獲得するのに非常に重要だが、そのハードルが上がったか下がったかというのは目に見えない。店の中を一生懸命整えていい酒用意して待っていても、店のドアに掛かっているサインを「Closed」のままにしていたら誰も入ってこない。よほどの有名店でない限り、基本情報をおろそかにするのは目に見えないサインを「Closed」のままにしている行為と近いのではないかと思う。

 

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#1と#2を受けてバーとSNS/ウェブについて


上記#1と#2は常連さんだけで十分でもうこれ以上新しいお客さん増えなくていい、あるいはSNS見て来るような一見の客が増えて店の雰囲気が荒れるのは嫌だ、という店からすると気にする必要がないかもしれない。お一人でやっていらっしゃるお店だと、一見の手間のかかる客が増えると常連客が離れていくので逆効果になる可能性も強い、というのもよく分かっている。これについては過去にもいろいろと書いたので繰り返さない。

 

islaywhiskey.hatenablog.com

 

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だが「知る人ぞ知る」的なボトルに関する情報を一生懸命検索して初めての店にも関わらず開栓情報を見てわざわざやってくるような客はただの承認欲求の強いインスタグラマーではない。むしろ相当研究熱心な酒好きで、好きな酒には金使うことを惜しまない客で、店のコンセプトに共鳴すれば常連になる可能性が高い。#1は手間はかかるもののそれなりの費用対効果があるかもしれない。

#3 嗜好の異なる客同士への配慮がある

あるボトルを真面目に試してみようと思ってバーに行ったら、香水の匂いをぷんぷんさせる女性が隣に来てしまった、となるとその方がどんなにステキな方でも全然嬉しくない。
そんな時に1ショット6000円のブローラ飲んで「真剣にテイスティングしよう」と思うかというと答えはNo。気が散って集中できないし(いろんな意味で)、店の売上にも貢献できない。

「私は香水慣れているので繊細なウイスキーでも香りはとれますよ」と彼女が言ったとしても、隣にいるこちらはその匂いに慣れていないのでムリなのだ。

香水の匂いぐらいでテイスティングできなくてどうする、お前が我慢しろ、と思われる方も一部いるかもしれないが、大抵の方は同意いただけるかと思う。いかがだろうか。

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もし同意いただけたのなら、一つお願いがある。先ほどの文章の「香水」の部分を「ある言葉」に置き換えてみてもらいたい。 

「私は香水慣れているので繊細なウイスキーでも香りはとれますよ」と彼女が言ったとしても、隣にいるこちらはその匂いに慣れていないのでムリなのだ。

「私はタバコ吸い慣れているので繊細なウイスキーでも香りはとれますよ」と彼女が言ったとしても、隣にいるこちらはその匂いに慣れていないのでムリなのだ。


タバコの匂いぐらいでテイスティングできなくてどうする、お前がタバコの匂い我慢してウイスキー飲むべきだぞ、と思われるだろうか。

念のため先にはっきりしておくが、私は非喫煙者だが禁煙原理主義者でもなくバーでタバコを吸う人やその行為を非難するつもりは毛頭ない。タバコの吸えるバーにもちょくちょく顔を出している。換気のいいバーや煙の行方に気を遣いながらサクッとタバコ吸ってくれるようなお客さんが多いバーだとタバコもあまり気にならない。

前にも書いたが、他者に対する気づかいやリスペクトがあるお客さんが集まる店は様々な意味で居心地がいいので喫煙可でもむしろ結果的に何度も通ってしまうことが多い。

だが他者の感じ方に対する想像力が低い人、他者をリスペクトしない人たちが集まるところは様々な意味で居心地よいとは感じられず、結果として足を運ばなくなる。

なぜなら他者に対してこちらが払うリスペクトと、こちらが他者から受けるリスペクトとのバランスが取れていない場合、居心地がとても悪くなるから。

目に見えない形でバランスが取れていない時が一番辛い。分かってもらえないからその状況が改善されにくいので。先ほどの香水の例はその一つだ。もう一つアンバランスの例を挙げてみよう。

お店に入って、カウンターの一番端の女性客の隣だけ席が空いていて、そこに通されて座ってしばらく酒飲んでいたら、その女性以外のカウンター客が全部帰ってしまい、期せずしてカウンターの端っこで赤の他人の女性とカップルのように肩並べて飲むシチュエーションになってしまった。でもただ静かに飲んでいるだけで特段の会話はない。たまにありますよね?

そういう時にその女性が何も言わずに自分のグラス持ってあなたから一番遠い席まで移動したらどう思われます?
普通の男性なら「さっき食べた焼肉のせいでニンニク臭いのかなオレ?それとも加齢臭?」とかいろいろ思ってやや傷つきますよね。

そういう経験は何度かあるので、席が空いたとたんにいきなり何も言わずにグラス持ってその人から一番離れた席まで移動する、ってのは結構相手にとって失礼な行為だと認識している。
だから男性の私でも隣の人のタバコがちょっと煙いな、と思った時でも上手な言い訳が見つけられないと席の移動は簡単にはできないんですよ。

「タバコを吸わないものでちょっと移動させていただきますね」ってあえて言ってもいいけれど、「タバコ沢山吸われるとこちらはメイワクなんですけど」というように相手に曲解されて気分を害させてしまうことになるかもしれないし。それはこちらの意図ではない。だから結果的に席の移動をあきらめてタバコの煙を我慢することになる。でも隣の人は私がそんな気持ちでモヤっとしていることは多分分からない。

ここで何が言いたいかというと、非喫煙者も喫煙者に対してリスペクトを持ち、それぐらい喫煙者が喫煙する権利と彼らが気分を害さずにお酒を飲めること、店の雰囲気を悪くしないことに気を遣っているという事実を分かってもらいたい、ということ。このリスペクトは恐らく他者から見たら全く見えないと思う。

そして非喫煙者の多くが、自分の払っているリスペクトがはっきり目に見えるものではないがゆえに自分は十分なリスペクトを喫煙者から受けておらず、先ほど述べたアンバランスでアンフェアな扱いを受けている、と感じているときがある。

そんな時に気を遣ってくれて
「「いつもの席」が空きましたのでもしよければこちらにどうぞ」
って煙くない席に移るよう言ってくれるようなスマートなお店も存在する。ほんとありがたい。
(当然「いつもの席」にいつも座っているわけではない)

(ちなみに女性と肩並べる先ほどのようなシチュエーションの時でもそう言って女性をエスコートしてほしい。オッサンの繊細なガラスのハートはすぐ壊れてしまいがちなので。)

アンバランスの例をさらにもう一つ。

葉巻の吸える店ではどうしても服に匂いがついてしまう。その匂いは2、3日取れなかったりする。非喫煙者は葉巻を売りにしているバーには最初から覚悟の上で行くので問題ないが、葉巻推しではないけれど実は葉巻が置いてあるバーとか、喫煙可だがいつもは葉巻を吸う人がいないのに誰かが葉巻を吸い出す、とかのシチュエーションが一番困る。

うちの娘は強い匂いが苦手なので葉巻の匂いをつけて帰ると翌日いつも文句を言われる。また葉巻の匂いがついた上着着て混んだ電車に乗ると冷たい視線で見られることが多い。いや私のせいではないんですが、と大きな声で言い訳するわけにもいかない。

先日の例でも、裏を返しに行った際にカウンターで2つ離れた席で楽しそうにウイスキーをいろいろ試していた若者3人連れを見てほほえましく思いながら飲んでいたけれど、そのうちの1人が「このグレンフィディックのオールドに葉巻合わせたら最高だね」と言って注文しそうになったのでお気に入りのウール地のダウンジャケット着てきた私はムスメに嫌われたくない一心で慌ててチェックをもらいました。

扉付きのクロークもしくはコートに被せるビニールのカバー(けむい焼き肉屋によくおいてあるやつ)があると助かります。

非喫煙者はタバコの匂いに敏感すぎない?」と思っているスモーカーの方がいるのは知っている(もちろんそれはあくまでも一部のみでマナーのいい喫煙者がいることも知っている)。

でもちょっと考えてみてほしい。お皿をフォークでひっかく音や黒板を爪でひっかく音を聞いて全然気にならない人と背筋が凍るぐらい気持ち悪がる人っていますよね。人によって特定の刺激に対しての生理的な反応はそれぐらい違いがある。(私は後者なので今こう書いただけでちょっと背中の筋肉が硬くなった)
その音が全く気にならない人がお皿や黒板をひっかいて、「なんでこんなの気にするの?」と言うのっていうのと先ほどの「敏感過ぎない?」っていうのとは本質的に変わらない。

そもそもタバコの匂いに敏感で、タバコの匂いが苦手な人が非喫煙者なのだ。どっちがいいとか悪いとか、健康にいいとか悪いとかの価値判断の話ではなく、お互いに対するリスペクトの問題。

うちは喫煙可にしているけどタバコ吸わない常連もしょっちゅう店に来ているから全然オッケー!と思われる方もいるかもしれないが、非喫煙者は隣でタバコや葉巻を気遣いなく吸われると値の張る酒をまず頼まない、もしくは飲むペースが極端に落ちる。
あるいはこれ以上は厳しいと思うと何も言わずに勘定貰って帰る。これもアンバランスな見えないリスペクトの一例(「タバコ吸っている人は楽しいかもしれないがこれだと自分は楽しめない、俺はもっとお酒を楽しみたかったけどスモーカーの気分を害したりバーの雰囲気を壊さないため「ちょっと煙がしんどいです」などとは言わず静かに帰る」)で、見えない形で売上げに響いてますよ奥様。

だが絶対禁煙にしてくれ、とか高いお金かけてダイソンの空気清浄機入れてくれ、などというつもりは全くない。私も仲良くしていただいているバーテンダーやバー仲間にスモーカーはいるので、スモーカーとノンスモーカーが仲良く酒が飲める場所がある方がありがたい。

換気がいいと、今ずっと書いてきた問題が一気に解決する。非喫煙者も長居できるので売上にも貢献することができる。換気扇を「強」にして換気扇のフィルター清掃を頻繁にし、たまに外気と入れ替えていただければ大体OK。

バーテンダーもゲストもバーにいるすべての人ができるだけ居心地よくなるようなさりげない気遣いがそこここにあれば、居心地よさを感じて人が自然に集まってくるお店になると思う。

 

 

#4 ショットの価格が明示されていて若い人でも安心して飲める

おかげさまで今はあまり懐具合を気にせず飲めるようになったけれど、若くてお金ない頃だったら自分の頼んだウイスキーの値段わからなかったらドキドキしてた。

価格が表示されてないガソリンスタンドと表示されているガソリンスタンドあったら、わざわざ積極的に表示されていない方選んで給油しますか?普通の人は「書いていない理由は高いからに違いない」って思いますよね?
それと同様で、値段書いてあるのとないのでは頼みやすさが違う。値段が書いていないと一定の予算の中で値段と自分の好みをすり合わせながら効用最大化を考えて何をオーダーするか決める、ということができない。日本人的にはオーダーのたびに値段確認するというのも現実的ではない。このお店だとだいたいこれだけ頼めばこのぐらいだよね、という相場観ができていないとリラックスして飲めないから楽しめない。

今でも若干頼みにくいのは見たことのないオールドボトル。相場が分からないから高いか安いか全く分からない。親切な、というか普通の店なら、高いものをそうと知らずに注文すると「それはちょっといいやつですね」と言ってくれたり具体的なショットの値段を教えてくれるが、そうでない店があるのも事実。最近はこちらがわかってて頼んでいると思われてしまう部分もあるけれど。そして結果はチェックをもらう時までわからない。また初心者だと「それはいいやつですね」の裏の意味が取れない可能性がある。

最近見た都心のオールドボトルを売り物にしているバーへのGoogle口コミの例。多分クオリティ対比での価格としては悪くなかったのではないかと思うけれど、猫に小判かつ絶対値が高いとこういうことを言われてしまうので誰も幸せにならない。

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良心的な価格の店でも値段書いていないとチェック見た時に「この体験に対してその値段なんだったらあと2杯は飲みたかった」みたいなことは起こりえて店も客もLose-Loseになってしまう。

今回訪れた店はボトルの前面に符丁で価格が明示されていた。オールドボトルが多いので私にとってもありがたい。グレンファークラス15年の20年前ぐらいのボトルで1ショット1800円だったからそれほど心配することはないけれど。だがやっぱり値段が書いてある方が頼みやすいな、と改めて思った。

価格を明記すべきか、どう明記するかは議論はあるとは思うが今どきの若い人たちにとって値段が示されていないというのは恐怖以外の何物でもないのでは、と想像する。ボトルに値札をぶら下げたりメニューに値段を書くのが無粋だ、というのであればお勧めのボトルの説明をするときに聞かれなくても必ず値段を言う、とか価格帯で色分けした小さなシールを貼る、とかお店のHPなどウェブ上に価格を出しておいて、二次元バーコード的なものをカウンターにさりげなく貼っておいて携帯から見てもらう、とか工夫があるとお客も安心して財布を開きやすくなるのではなかろうか。

#5 今まで知らなかった素晴らしいものが世の中にはまだまだたくさんあることを改めて教えてくれる

先日の例でいうと、一杯目は重いワーシーパークでない方が、と言われたので私なりにカーデュを選び「これは80年代のボトルですかね?」と聞いた時点でそれなりにウイスキー飲んでいる客だな、とは分かってもらえたはず。

そして「こういうオールドのオフィシャルで飲み疲れない甘くてモルティな感じのボトルは大好きです」「ラムはまだまだ勉強中で飲みに来ました」と自分のことについてお伝えしたところ、ラムの後にいつもはあまり飲まないコニャックをお薦めいただいた。これも私のハートを撃ち抜く美味さ。飲みごたえのある珍しいカスクストレングスの長熟、ケイデンのボトリング。お伝えした情報から好みに合うと判断してお薦めいただいたのだろう。

最後に薦めていただいたグレンキンチーのオフィシャル10年、(私の推察で)90年代ボトリング、これもカーデュ同様に私の大好きなタイプ。そもそもグレンキンチーのオフィシャル飲む機会もそんなにない。

出してきてくれるボトルを見て、「ああこのバーテンダーとはコミュニケーションが成立しているな」と確信できた。

単に自分の気に入ったものを人に薦めるのと、相手の好みを踏まえたうえでその延長線上にあって相手の視野を広げることのできる材料となるものをお薦めするというのは全く次元の違うスキルだ。ゲストの好みを聞き出すことができるだけのコミュニケーション能力があり、聞き出したそれにぶつけてみせることができるだけの自分の中の引き出しと店のバックバーにボトルのストックがあり、それを客に気に入ってオーダーしてもらえるようにコンパクトにプレゼンできる能力がないと後者にはなれない。

あるボトルをバーテンダーに薦められ、飲んでみたら好みと違っていた、ということももちろんある。そんな時でもバーテンダーとコミュニケーションが成立していて彼の知識や力量に対するリスペクトができていれば「これが分からない自分がまだまだなんだな」と納得できる。むしろ今の私はそういう経験をしたいぐらいの気持ちでいる。

だがそこまでの関係が築けていないのにお薦めされたボトルが自分の好みから大きく外れたり、飲む前に聞いたプレゼンと飲んでみた時の印象が大きくずれたりするという経験を何度かすると客としては結構つらい。店から足が遠のいてしまったり、しばらく来なくていいか、と思ってしまう。

初めて訪問したのにお互いにコミュニケーションが成立して、バーでの体験が本当に価値あるものになると客としても嬉しい。これまでの自分の体験の中から自分が好きだったものを再びオーダーするという過去の美しさを追体験する行為だけでなく、世の中には自分が知らない素晴らしいものが沢山あって、将来また何か別の素晴らしいものに出会えるチャンスがまだまだ残っている、という物凄くポジティブなメッセージをバーテンダーから受け取ることができる客は幸せだ。でもそのメッセージこそが私たちが明日も明後日も生きていく意味なのだろう。

一日の終わりにそう思って家路につけるのは幸せなことだ。だから私はバーに行く。

 

松本のバー摩幌美に再訪して私の2019年が終わる

またしてもふらっと旅に出た。ウイスキー好きの聖地のひとつ、バー摩幌美のある松本へ日帰りの旅。

前回摩幌美にお伺いしたのは11月、We Love Expediaにて「ウイスキーを巡る東京からの小旅行」というお題で記事を書かせていただいた時。しかしその時からずっと心に引っかかっていたことが。記事で人さまにお店をお薦めしたのに、取材だったので自腹では飲んでいなかったのだ。その上無理言って取材許可をいただいたにも関わらず、オーナーバーテンダーの堀内さんと奥様には初めてお伺いしたのに大変良くして頂いた。それなのに裏を返せていないというのもあり、順序は逆になってしまったが何とか年内に再訪して自分の金で飲むのが今回のミッション。

バスタ新宿から10時55分のバス。電車だと東京行き最終が20時10分と早い。ノイキャンヘッドフォンして低周波ノイズをカットするとバスも快適。安住紳一郎の日曜天国の2019年総集編をニヤニヤしながら聞きつつ弁当食べて、ちょっとうとうとしているうちに昼過ぎの松本に着いた。中央道は年末なのになぜか全く渋滞がなかった。所要時間3時間、片道3800円。

お店は19時半からなので、前回は慌ただしすぎて見られなかった国宝松本城へ。江戸時代から残る天守閣は全国にたった12、そのうちの5城が国宝でそのうちの一つ。サイレンスバーのある丸亀と摩幌美のある松本の両方に江戸時代からの天守閣があるというのはどういう偶然か。松本城は学生の頃以来で改めて天守閣に登ってみたいと思っていたのだが、とても残念なことに中には入れなかった。お役所の御用納めとともに年内は閉まっているらしい。書き入れ時なのに。

松本の気温は5℃。日が隠れるとさすがに寒い。だが運よくお日様が顔を出し、雪つりされた松と雪を頂くアルプスと松本城、という写真が綺麗に撮れた。
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開智学校も閉まっていて中には入れなかった。色付きのガラスが見たかったのに。
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洋館なのに玄関の上には鳳凰像や仏像の雲座のような模様があって面白い。
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お城の裏にある開智学校からまた戻ってきて写真を撮った。
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松本の街もなんだか面白い。

謎の自転車屋
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謎の小道。「ファミリーパブ ナワテ横丁」。
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横丁入口にある彗星倶楽部、というお店が渋かった。大抵のところは怖気なく入るけれど、なかなか入りづらい店構え。後から知ったが両腕にタトゥーを入れたお姉さんが有名なのだそうだ。外から見えたらさらに入りにくくなったかもしれない。
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ぐるぐる歩いているうちに体が冷えてきて、蕎麦でも食べて温まろうかと思ったが夕方に開いている蕎麦屋が見つからず、結局5時過ぎに居酒屋「まるか」さんへ。

臭みが全くない馬刺しは薬味なしで全然オッケー。本番に備えて肝臓の無駄遣いは禁物だとは知りつつも寒いので麦焼酎のお湯割りやお酒を飲んでしまう。おでんもカキフライもおいしく、親戚のおじさんおばさんの家でご馳走になっているかのような居心地の良い店だった。

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それでもまだ時間があり、酔いも冷ましたかったのでひとっ風呂浴びることに。銭湯は好きなのでそれなりの数を訪れたが、その中でも秀逸、かなりの風情。

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番台のある銭湯は久しぶり。カーテンの奥、ちょうど男湯と女湯の間におばさんが座っている。大人400円は東京の470円と比べるとえらく安い。タオルとシャンプーリンスセットを買う。長野だけに御嶽海の優勝の額のポスターがあるのもまた渋い。
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思ったほど熱いお湯ではなかったが、塩化物鉱泉で湯冷めしにくくずっとポカポカしていた。壁画は富士山、ではなくてモダンなデザインのタイル張りでちょっと意外感があった。いいお風呂。ひとっ風呂浴びてからバーに行かれるなんて最高だ。


塩井の湯を出るとさすが松本、底冷えする寒さで耳は冷たいけれど、暖まった体がポカポカして幸福感に満たされ、すっかり暗くなった街を歩く足取りが心なしか軽い。おそらく色街だったであろう寂れたあたりをふらふらと歩き、少し年末の雰囲気のある飲み屋街を冷やかしながら摩幌美へ。

最終の21時のバスで帰る予定だったので、19時半の開店から90分一本勝負。
風呂で暖めた身体もそろそろ冷え始めてきた。普段の生活の中で起きる最も残念なことの一つは、サウナや銭湯入った直後に入ったバーのタバコの煙がきつくてせっかく綺麗になった体や髪の毛がタバコの匂いがつくことだが、摩幌美は禁煙なのでありがたい。

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寒い街ならではの二重になっているドアを開け、堀内さんと奥様に過日お世話になったお礼を申し上げた。お二人ともお変わりない。事情をお伝えしてあったので、本来の開店時間より少しだけ早くお店に入れていただけてお気遣いがありがたかった。

お店の開店当時、つまり40年以上前から使われているカウンターと椅子に落ち着き、最初にいただいたのはロイヤルブラックラの1970年蒸留、16年。ゼニスが詰めたもの。およそ半世紀前に蒸留された酒だが57°ということもありとても状態が良い。こういう麦感のあるのを飲みたかった。
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そして閉鎖蒸留所の研究家である堀内さんに最近グレンガイル蒸留所のことについて調べました、というお話をしながらスプリングバンクをいただく。彼はグレンガイル蒸留所3周年記念のパーティーに東洋人として唯一招待されるぐらいスプリングバンク蒸留所と関係が深い方だ。ベンウィームス蒸留所の話がスラスラできる人も世界広しといえどもそんなにいないだろう。

 

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キャンベルタウンの街の歴史とその隆盛について教えていただきながらスプリングバンクを飲む経験ができるバーもなかなか珍しい。

前回伺った時は私にとって初訪問の上に初めての取材ということもあって緊張していたが、今回はただ自分が楽しむために飲む。当然その方が気楽で落ち着ける。
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カウンターに座ってじっと黙ってウイスキーを味わうことに没頭して終わるお店もあるけれど、開店して1時間ほどずっと堀内さんとお話ししながら飲むのが楽しかった。ロッホナガーを飲みながら今のロイヤルファミリーのお話を伺う。気持ちのお若い、サービス精神の強い方だなあと改めて感じ、41年もお店が続いている理由の一つが分かった気がした。
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今回いただいた中で一番好みだったのはこのオーヘントッシャン
オールドの加水は抜けてしまったりひねてしまったりするものもそこそこあるけれど、松本の気候もあってかどれもとても状態が良く、「昔のウイスキーは旨かった」という人たちに向かって「あなたたちが当時飲んでいたのと変わらない、もしくはそれより状態のいいものを飲んだことがあります」と胸張って言えそうな気がする。
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そして〆はこの95アラン。前回飲んでこれまで飲んだアランとは全然異なり軽やかでフルーティでソプラノ歌手のようで深く感銘を受けたものを再び頂く。
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私の後にお店に入ってきた20代前半と思しき男性二人は、安曇野出身だけれど横浜に今住んでいて、白楽にあるバーラディで摩幌美の周年ボトル見たので一度長野に帰省した時に来てみたかった、と言っていた。

堀内さんが彼らにお薦めしたボトルの一つが摩幌美の周年ボトル、イチローモルトのブレンディッド。

東京や横浜の普通のバーでは倍の値段でも飲めないと思うし、将来「あの時あの店であれ飲んどいてほんとよかったー」ってきっと思うだろうから間違いなくそれ注文した方がいいよー、とついカウンターから後ろのテーブルに座っている若者に向かって余計な老害発言をしそうになり、思いとどまる。
お店の方に一杯ごちそうすることができるようになった時は自分も大人になったなあ、と思ったが、さすがにカウンターの隣にいるわけでもなく一言も話もしていない見ず知らずの人の初めの一杯を突然ごちそうするのもどうかと思いそれも差し控えた。

せっかく横浜の名店でウイスキーを知って松本の名店に来ているわけで、ウイスキーにがっつりはまってくれる上手いきっかけができればいいな、という単純な老婆心なのだけれど。

そしてタイムリミットが近づき、お勘定をいただいて改めてのお礼と年末のご挨拶をして辞去。松本バスターミナルまで歩き、最終の新宿行き高速バスの出発5分前に3列目の窓際の席に座る。

ゆるゆるとバスが動き始め、暗闇の中で後方に流れていく信州の景色を眺めているうちに一年が終わる実感がようやく湧いてきた。去年は全くの他人だった人たちと今年たくさん知り合うことができた、と思い改めてさまざまな機会をいただいたことに感謝した。そしてお世話になった方に自分が納得いく形でちゃんと裏が返せてよかった。

はてなブログ編集部のMさんからお声がけいただいて書く機会を頂戴したウェブ原稿はとっくに納品・掲載済みなのだけれど、摩幌美を再訪できた今晩をもって私の中ではようやくミッションコンプリートとなった。さようなら、私の2019年。


 

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台湾にて人の好意と偶然に支えられて奇跡のような一日を過ごす

二日目は南投蒸留所訪問の日。朝7時過ぎに部屋を抜け出して軽くランニング。晴れていて気持ちのいい一日の始まり。お年寄りが朝公園に集まって思い思いに謎めいたゆっくりとした運動をしている。台湾はお年寄りが元気で、若い人が多くていい。植物園の温室の前に巨大オブジェがあり、一瞬夏の夜の安眠を切り裂くあいつかと思ってぎょっとした。お年寄りたちがみんな思い思いの方向にジョジョ立ちしている感じがいい。
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再び朝の街を走り、一息ついて宿の近くで朝食。暖かくて甘い豆乳が慢性アルコール過剰摂取の体に沁みる。これ東京で毎朝飲みたい。ハム入りオムレツみたいなのもおいしい。
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朝食をとって少しゆっくりした後、ホテルからさほど離れていない国光客運朝馬バスターミナルにバスで移動。南投行きのバスで蒸留所の最寄りの軍功里へ。バスは1時間に1本程度。所要時間は約一時間、94元。蒸溜所まではそこから歩いて15分ぐらい。

バスターミナルには特段時刻表やディスプレイなどはなく、バスが来るたびにお姉さんが中国語の大声で行き先を叫んでくれるだけ。南投、というのは中国語でも日本語でも発音が一緒でわかりやすい。時刻表はないし、Google Mapは10時26分が定刻だというし、切符売り場のお姉さんは10時40分発だというし、よくわからない。二日連続で明後日の方向行きのバスに乗りたくはない。

9時半過ぎにバスターミナルに着いてヘッドフォンで音楽聴いていて、ふとバスターミナルの外を見たら「南投」と書いてあるバスがまさに出発するところ。時刻は10時過ぎ。どうなってんだよ、と悪態をつきつつ慌ててカバンひっつかんで外に飛び出そうとしたらさっきの切符売り場のお姉さんがカウンターから飛び出してきて引き止めてくれた。後から思うと南投からの上りの台北行きのバスだったのだと思う。お姉さんのお陰で無事に正しいバスに乗れた。
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乗り込むとバスは予想以上に昭和を煮詰めたような感じが強くて逆に感動する。

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順序が狂いましたが、ここ大事なところですのでよく聞いてください。台湾でスマホ使えないとマジ詰みます。バスの路線も時間も分からない。トラブルあってもGoogleMapかGoogle翻訳さえあれば何とかなる。たまにGoogle先生に嵌められるけど。安くあげたいなら台北空港に着いた途端にSIMカード買ってください。SIM差し替えれば3日ネット使い放題で1200円とかなので、何千円も払って日本で何とかWiFiとか借りて弁当箱みたいにかさばるWiFiルーター持ち歩く意味わからない。
日本にいる時にキャリアのHPでSIMフリー化しとけば空港のSIM売り場でiPhone渡すとお店の人が全部セットしてくれる。台北から台中までの新幹線のチケット買ったらオマケで5日分のネット使い放題のSIMついてきた。もう3日分買っちゃったっての。SIM差し替えると電話番号は台湾のものになってしまうけれど、最近みんな電話もLINEとかでしょ?最悪日本出る時に携帯の留守電メッセージに用事あればLINEしてくれって吹き込んでおけば無問題。

GoogleMapで経路探索してあれば自分の乗ったバスの位置が把握できるので、乗り過ごしたかも疑惑を抱えながらバスの中で気持ちがざわざわすることもないのでオススメ。バス停着いてから歩く道も心配いらない。

諸パイセン方のブログで目印になっているセブンイレブンを通らない行き方をGoogle先生が推してくるのでそちらを採用しよう、と思ったら同じバス停で降りた20代後半ぐらいに見えるカップルも同じ方向に行く。よく見ると彼女の方はポートシャーロットのTシャツ着ている。彼氏の方もダンピーボトルがデザインされたTシャツ。「蒸溜所に行くんでしょ?」というと「何でわかるの?」と聞かれたから「いやそのカッコだとわかるでしょ」というと笑っていた。

どこから来たの?と聞くと香港からとのこと。アイラに直近行き、タスマニア余市、駒ケ岳にも行ったことがあるというので相当重症な人たちだった。田舎道を3人でテケテケ歩きながらウイスキーの話をする。初対面の異国人とでも共通の趣味があると話題が弾むなあ、と思いながら田舎道を歩くが、抜けるような青空の陽射しがきつくて短パンTシャツでも汗をかく。
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ほんとに暑いねえ、と3人で話しながらようやく蒸留所にたどり着く。人気がなくて物音もせず、車もあまり通らずとても静か。
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人が本当にいないのでどこに行けば見学できるかわからないけれど、よく見たらOmar Whiskyと書かれた看板を発見。とりあえず3人でゆるゆるとそちらに移動。

扉を開けると試飲コーナーが。

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本当は事前にメールで予約を取らないと蒸留所の中を見学できないとのこと。だが香港人が中国語でカウンターの中にいる社員の人に「ツアーやってくれませんか?」と交渉してくれる。台湾の人と香港の人は言葉の壁がなくてうらやましい。

香港人のプッシュのおかげで我々3人と試飲コーナーにいたちびっこ連れの若い台湾人夫婦の計6人でプチ蒸留所見学プライベートツアーを急遽やってもらえることになった。私一人だったら多分無理だったのでめちゃくちゃついている。

黒い革ジャン着た陳さんが広東語と英語の両方で説明してくれる。私も理解できてありがたい。蒸留所見学の中身は先のブログ記事を見ていただきたいが、陳さんはすごく親切で蒸留所に関する質問にもできる限り答えてくれ、30分ほどの見学の後の試飲の間もそれぞれのボトルを解説してくれ、台北のおススメのバーも教えてくれた。連絡先も交換。どんだけ親切なんだよ。
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そもそも本来なら試飲しかできなかったかもしれないのに、急遽見学ツアーやってもらって解説付きで試飲させてもらったりとめちゃくちゃよくしてもらったので流石に手ぶらで帰るつもりもなく、バーボン樽熟成のシングルカスクカスクストレングス、4年11カ月熟成のボトルを購入。

f:id:KodomoGinko:20191226231326j:image私がレジでお金払う時に、バス停から一緒だった香港人が「マジかー」って言うのでびっくり。どうしたのかと思ったらマネークリップに挟んだ私の社員証が見えて、実は私と彼が同じ会社に勤めていることが判明。彼、コナンは香港オフィス勤務。

こんな偶然ってあるんだねーと二人で驚きながら、会社の携帯でメルアド交換。東京にまた来ることがあれば私の好きなバーに何軒か連れて行くよ、と約束する。

試飲も結構な量を注いでもらえるのでそこそこ酔いが回りつつ、そろそろ辺鄙なところにある蒸留所からどう帰ろうか頭を悩ませ始める。

案内してくれた陳さんが「車でどこか帰るのに便利なところまで連れて行きますよ」と言ってくれる。本当に親切で申し訳なくなる。だがコナンの友達が2時に迎えに来てくれ、コナンと彼女は友達と晩ご飯食べるけれど私を南投のバスターミナルで落としてくれると言う。台中で買ったウイスキー2本とオマーウイスキー1本、計3本をリュックに背負って40分歩かなければいけなかったので本当にありがたかった。

迎えの車が来るまであと30分ほど。試飲している間に後ろで社員の人がずっとティスティングしているのでプレンダーなのか聞いたら、「ブレンダーじゃないけどカスクを売るので樽ごとのティスティングノートを作っている」とのこと。
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5年熟成のバーボン樽5つのコメント書いているのを横で見ていたら、「ここのボトル勝手に飲んで大丈夫だよ」と笑って言ってくれる。「本当?」と聞くと「全然問題ない」といわれたので、飲み比べをさせてもらう。シスターカスクで大きく味が違わないものもあれば、「あ、これは違う」というものもある。あまり違いがないものも違いを書かなければいけない仕事は大変だろうな、好きに飲んでいる我々とは全然違う世界なんだろうな、と想像しながら仕事の邪魔にならないように横でちびちびウイスキーをいただく。

そのテイスティングしている若いお兄さんが立ち上がってシェリー樽とヴァージンオーク樽熟成のボトルを7本持ってきてくれる。どうしたのかと思ったら「好きなのどれでも勝手に飲んでいいよ」、だって。全然テイスティングに関係ないのに。どんなにラッキーなんだ俺。
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ちなみに中国語でシェリー樽は雪莉桶、バーボン樽は波本桶と書く。
お言葉に甘えて何本かいただくが流石に全部飲んだら酔いつぶれてしまいそうだったので少し遠慮した。

まだ2時なのに結構酔っ払い、無事コナンの友達に送ってもらって南投のバスターミナルで降ろしてもらい再会を誓い、遅い昼食を食べながら台北行きの高速バスを待つ。

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結構渋滞していて南投から台北まで3時間以上かかった。

ホテルにチェックインを済ませ、軽く食事をした後で蒸留所の陳さんが勧めてくれた台北のMOD Public Barで飲む。六本木にありそうなかっこいいバーで、客層もイケてる男女ばかり。山崎25年も含めハイエンドなボトルがバックバーに並ぶ。私はここでオマーのブラック・クイーンワイン樽フィニッシュをいただいた。バーテンダーのJintはウイスキーの知識も豊富だがカクテルを作る手さばきも美しく、エスプレッソマティーニ作ってもらって飲んだらとてもおいしかった。ここでもすごく良くしてもらえて本当にありがたい。

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お勘定をもらい、「Merry Christmas and Happy New Year!」と言って店を出た。

それからまたテクテク歩いてThe Malt、麦村へ。

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相変わらずの品ぞろえで価格も良心的。閉店間際までゆっくりとした時間を過ごした。
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この日のことを思い返すと、親切なバス会社のお姉さんのおかげで乗れたバスにたまたまコナンとコナンのガールフレンドと乗り合わせたおかげで本来できなかったはずの蒸留所見学ができ、想定外の試飲も含めて3時間近く掛けて蒸留所を満喫することができた。一人で来ていたら「事前申し込みがないと見学できません」と言われて諦めて数杯試飲するだけで蒸留所を後にしていたと思う。そして台北の素敵なバーで日本とゆかりの深いウイスキーを飲むこともできなかっただろうし、美味しいカクテルを飲むこともなかっただろう。

本当に人の好意や思いがけない偶然に支えられた1日だった。一足早いクリスマスプレゼントをいただいた気がした。いろんな人に支えられ、幸運にも恵まれて今の自分があることに改めて思いを馳せた。

 

 

 

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南投蒸留所訪問記、オマー(Omar)ウイスキーについて調べてみた

蒸留所概要

南投蒸留所は台湾で唯一海のない内陸県の南投県南投市にあり、スコットランドで使われるゲール語で「琥珀」を意味するオマー(Omar)という名を冠したウイスキーを2008年から生産している比較的若い蒸留所。

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伝統的にウイスキー熟成に使われるバーボン樽やシェリー樽だけでなく、茘枝(ライチ)酒、梅酒、ワイン、オレンジブランデーなどの樽を使ってフィニッシュさせる世界で最もイノベーティブな蒸留所の一つ。
こういうといわゆる「イロモノ」的な印象を受ける人もいるかもしれないが、バーボン樽熟成がうまくいかないとユニークな樽でフィニッシュさせても美味しいウイスキーはできないし、実際に茘枝酒の樽で熟成されたウイスキーを飲んでみるとこれは一つの新しいスタイルだと感じさせられる。

歴史

日本の統治時代から塩や酒、たばこは国有の専売局のみによって販売が許されていたが、台湾解放後も政府の財源確保のため菸酒公賣局がタバコ、酒などの生産を独占。2002年に台湾のWTO加盟により専売制が廃止され公売局が民営化、現在の南投蒸留所を保有する臺灣菸酒股份有限公司(Taiwan Tobacco and Liquor Corporation, TTL)が設立された。沢山あった公売局の蒸留所、醸造所の中で南投蒸留所(南投酒廠)だけが2008年にウイスキー造りを開始。ちょうどその年は同じ台湾のカバラン蒸留所がウイスキーを初出荷した年だった。

民営化後で外国製品との競合もあり財政難の中で設立された。コストセーブのため蒸留設備は後述するように各地で眠っていたポットスティルが集められたためそれぞれ形状が異なる。生産開始当時はウォートとウォッシュは近くのビール工場から持ってきていた*1が、2009年にマッシュタンとウォッシュバックを新設。

2013年には初のシェリー樽とバーボン樽熟成のシングルカスクカスクストレングスを販売。
2015年にはライチ酒、梅酒、ブラック・クイーンワインの樽を用いてフィニッシュをかけたウイスキーの販売を発表。
2016年からは国際的なウイスキーコンクールで数々の賞を受賞。世界的に評価される蒸留所となった。

特徴

南投蒸留所はもともとビールやワイン、ライチ酒、梅酒、オレンジブランデーなど醸造酒・蒸留酒ともにさまざまなお酒を造っていた。この樽のバリエーションを活かして先行するシェリー樽熟成で有名となった同じく台湾で作られるウイスキー、カヴァランに対して差別化を図っている。

麦芽は複数のモルトスターからの仕入れ。アンピーテッドの多くはイングランドから、ピーテッドの多くはスコットランドから購入*2

麦芽はドイツ産のミルで粉砕されて70%グリスト、20%ハスク、10%フラワーとなる。
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この辺はTTLが台湾で最も人気のある国産ビールを造っていたノウハウが活かされている。
これらグリストは半ろ過式のドイツ製のマッシュタンに送られる。マッシュタンの容量は15000リットル。温水は3度に分けて加えられる。

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ウォートはステンレス製のウォッシュバックに送られ、イーストによってウォートの中の糖分が二酸化炭素とアルコールを作り出す発酵プロセスが始まりアルコール度数7から8%程度のウォッシュになる。通常の近代的な蒸留所での平均的な発酵工程は48時間程度のところ、南投蒸留所ではフレンチディスティラーズイーストを用いて平均72時間をかける。

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ウォッシュはウォッシュスティルに送られて初留が行われ、アセトンやメタノールなどの有害物質が取り除かれエタノール、芳香性化合物と水分を含むアルコール度数の低いローワインとなる。そこから再留釜であるスピリットスティルに送られより高い度数に精製される。

南投ではウォッシュスティルとスピリットスティルが2つずつ計4つある。会社が財政難にあったため、安価な中古のスティルを買い集めて蒸留設備が作られた。そのためそれぞれラインアームやスティルの形状が異なる。大きさも1つは7000リットル、2つは5000リットル、1つは2000リットルと大きく違う。
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Whisky Magazineの日本語記事を見ると4つのポットスティルのうち3つはスコットランドのロセスにあるフォーサイス製、1つはベルギーのFrilli Engineering SPA社製、とされている。記事にクレジットがなく文末にWMJ Promotionとの記載、受賞歴の画像も南投蒸留所のHPからのものに思われるのでおそらく蒸留所による公式な説明に近い。かつての蒸留所の写真を見ても「比利時(=ベルギー)」という説明書きがついていた。

こちらがフォーサイス社製のポットスティル。

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しかし私が撮った写真をもとに調べてみるとベルギー製とされているポットスティルはイタリアの老舗、1912年創業の蒸留設備製造業者フリーリ(Frilli)社製と思われる。そもそも表記がイタリア語。会社名の後のSpAやs.r.l.というのはイタリア会社法上の株式会社と有限会社のことだ。直近スカイ島の隣にあるラッセイ島に新設された蒸留所もフリーリ社の蒸留施設を採用している。

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ちなみに現在はフリーリ社はベルギーには生産拠点やオフィスはない。昔はあったのかもしれないので何とも言えないが、ベルギー産ではなくてもしかするとベルギーの蒸留所で眠っていたポットスティルがはるばる東アジアまでやってきたのかもしれない。
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自社製品の最も重要な生産工程にあるスティルの出自が何だかあやふや、というのも面白い。

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蒸留回数は2回。私が訪れた時は蒸留中で、スピリットセーフの中でニューポットが流れていた。

f:id:KodomoGinko:20191226171657j:imageスピリットセーフはフォーサイス社製。
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貯蔵・熟成

残念ながら私は貯蔵庫を見ることができなかったので、貯蔵・熟成の写真は前回のキルケラン同様にK.67/鯨さんからお借りいたしました。

蒸留所内には3つのウェアハウスがあり、第二貯蔵庫がシェリー樽熟成用、第三貯蔵庫がバーボン樽熟成用、第一貯蔵庫がライチ酒、ワイン、オレンジブランデーなどのその他の樽での熟成用。

f:id:KodomoGinko:20191226215449j:plain南投では一番寒い1月でも平均最低気温が18℃、平均最高気温は27℃、真夏はそれぞれ27/35℃とスコットランドとは比べ物にならないぐらい気温が高い。そのせいでエンジェルズシェアは年率7-8%とスコットランドの2-3%程度と比べて圧倒的に多い。

仮に南投のエンジェルズシェアを7.5%、スコットランドのそれを2.5%として、10年熟成すると当初1リットルだったウイスキーは南投では0.459リットル(0.925の10乗)まで減ってしまうが、スコットランドでは0.776リットル(0.975の10乗)までしか減らない。台湾で10年熟成するのとスコットランドで31年熟成するのとが計算上では同じ量のエンジェルシェアとなる。
それだけ南投では熟成も早く進み、同じ熟成年数のウイスキーで比較するとスコッチの6割程度の歩留まりしかないので1.7倍高くても文句言えない。

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バーボン樽でサードフィル、フォースフィルと使われてきたものはライチ酒の保存に使われる。樽の力が弱ってもスポンジのようにライチ酒のエキスを吸収し、それらの樽を使ってバーボン樽で熟成された原酒をフィニッシュすることで上品で主張の強すぎないウイスキーが産まれる。
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ちなみに1999年9月21日の深夜に南投を震源とする死者2400人を超える921大地震があり、ブランデーを貯蔵してあった南投蒸留所の熟成庫は全焼。今の熟成庫は地震に耐えたもの。

 

テイスティング

Black Queen Wine Barrel Finished Cask Strength (215/950, Cask No. 21090336, 21090345, 21090346)

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バーボン樽熟成、ブラック・クイーンワイン樽フィニッシュ。

色は綺麗なアンバー。香りの立ち上がりは穏やかで安らぐ。潤いの残る干しぶどう、オレンジ、濡れた革、遠くにわずかのブラックペッパー。
口に入れると上品な甘味が広がる。東ハトオールレーズン(!)、微かなライチ、杏仁豆腐。フィニッシュは少し渋みが残るが嫌味はなく綺麗な余韻が続く。軽くウッディ。
ワイン樽熟成ってどうなの?という先入観あったが嫌いじゃない。

このブラック・クイーン樽フィニッシュというのはある意味台湾と日本の絆の象徴。

ブラック・クイーンというブドウ品種は日本固有のもので、1927年に新潟県上越市の岩の原ブドウ園の創業者の川上善兵衛氏によって開発された。川上氏は勝海舟の勧めでブドウ栽培とワイン醸造を始め、今日の国産ワイン醸造の礎を築き、その功績から「日本のワインの父」と呼ばれている。
川上氏はブドウの改良にも取り組み、開発に成功したブドウは22品種、マスカット・ベリーAなどもその中に含まれる。

そんな日本と深い縁のあるブドウで造られたワイン樽で熟成された台湾のウイスキーは、二つの国(というと怒る人もいるかもしれないが)の強い結びつきのシンボルと言っても言い過ぎではないだろう。

 

PX Solera Sherry Cask 2008 10 yo

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シングルカスクカスクストレングス、8年バーボン樽、2年PXソレラシェリカスクにて後熟。 

色は相当濃い。香りはシトラスやオレンジなどの柑橘系、マジックインク、マッチの煙。口に入れると粘度を感じながらもスムース、砂糖の入ったダージリンティー、みかんの缶詰のシロップ、黒いぶどう。フィニッシュはウッディ、最後に少し渋みとわずかな硫黄系のえぐみ。いわゆるドシェリー系。圧殺系ではない。 


Cask Strength Lychee Liquour Barrel Finished

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色は通常のバーボン樽熟成と変わらないが香りが全然異なり、オリエンタルな香木を思わせる。わずかなミカンのような柑橘感、リコリスキャンディ。バーボン樽熟成の原酒の特徴を失わない中でライチの甘さが口の中に広がっていくが主張が強すぎず、上品なまま余韻につながっていく綺麗で儚い感じ。

 



インドや台湾のウイスキーというだけでなぜだか遠ざけてしまう人がいて、その人たちは「本当にまじめに作ってるの?ちょっとまがいものっぽくない?」という疑問を持っていることが多いように思われるのだが、確かにいろんな資料を見ていると事実関係が若干明確でなかったり、違った記述が見受けられたりしてきちんとしたブランディングにはなっていないと感じることは多々あった。

(南投蒸留所の皆さん、私に日本語HPの改善手伝わせていただけませんか?相当いい翻訳ができると思います!)

しかし実際に蒸留所に訪問してみたことのあるオマーとカヴァランは、プライド高く真面目にウイスキーを造っていると強く感じられた。オマーは日本ではまだまだマイナーな蒸留所ですが、バーなどで見つけられたら試す価値は間違いなくあると思います。
個人的にはシェリーよりもバーボン樽の使い方が上手な蒸留所というイメージ。ライチもブラック・クイーンワイン樽フィニッシュも良かったな。

 


参考

http://www.omarwhisky.com.tw/jp/about.aspx

http://www.omarwhisky.com.tw/en/about_story.aspx

http://whiskymag.jp/omar_03/

https://asia.nikkei.com/Life-Arts/Life/Omar-whisky-a-Taiwanese-tale-of-grapes-and-barley

http://www.whiskygeeks.sg/2019/06/27/nantou-distillery-visit/

http://www.whisky-distillery.net/www.whisky-distilleries.net/Asia/Seiten/Nantou.html

https://www.masterofmalt.com/distilleries/nantou-distillery/

https://www.mansworldindia.com/experiences/fooddrink/rise-taiwanese-single-malt/

 

 

 

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*1:TTLは現在でも台湾産のビールとしては最も人気のある台湾啤酒を製造している

*2:両者とも多くがスコットランドから、という記述も見受けられた

ガイドブックも持たずに適当に旅に出て3度もしくじったけど結局何とかなったという大したオチのない話

なんとなくJALのホームページ見てたらこの時期たった19000マイルで台北に行かれることが判明。休暇は取ったものの何も予定を立てていなかったので、木曜日に急遽予約して日曜日から2泊3日で台湾の南投蒸留所見学に行くことに。いつもながらテキトーな旅。


羽田発セントレア行きの国内線に乗って乗り換えて台北行きの便に乗るはずが、あわや台北行かれないかも、という想定外の事態に。完全に私のミスで、本来羽田で国際線の分も合わせてチェックインすべきところをチェックインせずICカードでそのまま搭乗、名古屋の国際線カウンターにたどり着いた時には台北行きのチェックイン締切り、搭乗時刻1時間前を過ぎていたため。台湾に行くはずが手羽先、味噌カツあんかけスパを楽しむ2泊3日の旅になりかかったのだけれど、泣きを入れて何とか飛行機に乗せていただき、無事桃園空港に到着。
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しかしさらに苦難は続く。空港にて台湾版新幹線の高鐵桃園駅から高鐵台中駅までの切符を買い、地下鉄で高鐵桃園駅に向かうはずが間違って反対方向の台北行きに乗ってしまう。本日2回目の痛恨のミス。なんか乗車時間長いなあと思ったんだよ。

気を取り直して高鐵台北駅から台中に向かう。高鐵は品川から熱海に行くこだま号風味が濃厚。この案内とか車内とかまんまじゃん。
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こだま号風味を堪能した後、予定の30分遅れ、3時過ぎに台中駅に到着。市内に向かう方法をGoogle先生に聞いたら151番のバスに乗れ、もうすぐ出発だ、という。目の前にいた151番のバスに飛び乗ってみたらまたも反対方向、郊外に向かうバスに乗り込んでしまうという本日3回目の痛恨のミス。

GoogleMap見てすぐに気づくもののバスは高速に乗ってしまい次のバス停までがえらく遠い。流石に凹む。どこで損切りするか悩み、タクシーが捕まりそうなところで降り、タクシー捕まえて市内へ。8㎞ぐらい中心部から南に離れたところにいたらしく、550元、2000円ちょっとのタクシー代でホテルに到着した頃にはもう夕方になっていた。ガチで自分のアホさ加減にクラクラした。

腹減ったな、そういえば昼食食べていなかったな、と思いホテルに荷物を置いて何か食べるものを探しに出た。そごうのある交差点の地下道を通ったらたくさんの張り紙が。
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壁は手書きのメッセージでびっしり。結構衝撃的な写真も多く、「次は台湾だ」という危機感が強く感じられるものだった。こんな写真をTwitterで上げたりすると次に某国に入国したら帰ってこられなくなりそうで怖い。

悩んだ挙句その交差点近くで行列ができていた「麻辣大腸麺線」というところでホルモン入り汁ビーフンと鶏のから揚げを食べた。どちらもめちゃ旨いがクリスピーチキンはこれまで食べた中でも一、二を争う出来。100元、400円弱ぐらい。
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それからまたふらふらしてたら街角に普通っぽい酒屋があり、ちょっと覗いてみようと思って入ったら全然普通じゃないとんでもないところだった。

イチローモルトのジョーカー、1968年蒸留の軽井沢などがレジの後ろに飾ってある。

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こちらはThe Whisky Agencyの恐らく台湾限定リリース。89グレンギリー2014ボトリング、95カリラ2014ボトリングなど見たことのないラベルが。
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こんなどんぐりも見たことない。
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そしてソサエティの品ぞろえもすごい。
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ウイスキーだけでいうと目白の田中屋の1.5倍ぐらいのバラエティ。Glenlivet13年台湾向け限定や、この店のオーナーが樽買いしたKavalanのシェリカスクなどあってとても楽しく、たまたま入った店でこれだけ充実している台中ってすげえすげえ、と一人で大興奮。
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ちなみにこちらのお店になります。結局1時間近く滞在し、TWAのカリラとカバランを購入。
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ボトルを置きに部屋に戻り、心の弱いダメな中年はついホテルのサウナに入ったりしてしまう。それからまたホテルを出てタピオカ飲んだりしながらふらふら歩き、大したこともしていないのにダメ中年はまた腹が減ってきたので台中で一番にぎわっているという逢甲夜市に行き、牡蠣のオムレツと焼き海老と葱餅みたいなのを食べた。

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それからさっきの酒屋でおススメしてもらったKC Cigar Bar/凱西咖啡というバーに行き、Ardbeg Drumとマンハッタンを飲んだらもう真夜中近く。
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もう一軒行きたかった方酒坊というバーも日曜日なので早じまいしておりあきらめて宿に戻った。

翌日は辺鄙なところにある南投蒸留所を高速バスに乗って訪問する予定、だけど今日一日で運を使い切ってしまったかもしれず無事たどり着けるのだろうか、今度はガチの迷子になるのだろうか、いやもういいおっさんなんだから流石に迷子はないだろう、などと思っているうちにいつもと違う枕なのに気が付いたらぐっすり熟睡しておりました。

 

続編は↓こちら。

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キルケランの歴史を調べたら想像以上に面白かった

先日日本向けにリリースされたキルケラン2004年、15年熟成のオロロソウッドを飲んで大変感銘を受けた。これはファーストヴィンテージの276本限定だし価値あるものだと思い即ポチりたかったのだがウェブ上では残念ながら見つからず、在庫が残っていることを祈りつつ実店舗まで足を運んだ。

どのようなボトルなのかソサエティ風に表現すると「暖炉の前で真新しい革ソファーに座りながら楽しむ濃い目のグァテマラ産コーヒーと和栗のモンブラン」。長いよ。

輸入元の商品紹介のコメントは以下の通り。

キルケラン2004 オロロソシェリカスクは創業年である2004年蒸溜の15年熟成で、日本市場限定のシングルカスクカスクストレングスボトリング。リフィルバーボンホグスヘッドで5年間熟成後、オロロソシェリー樽で10年間熟成しました。

つまりオロロソフィニッシュというよりむしろバーボンとオロロソのダブルマチュアードなのね、と思いながら東中野Coffee Bar Gallageで美味い、美味いとアホみたいな感想しか言わず飲み、また別の機会にも改めて試す。

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でも何かが引っかかった。それが何なのかしばらく自分でもわからなかったが、1日経ってようやく気が付いた。

フィニッシュでとても素敵なエステル香がするのだけれど、これはオロロソ樽の後熟で出てくる香りではなくバーボン樽に由来するものに思われる、すなわち最後に熟成させたのはシェリーではなくバーボン樽なのでは?

そう思い気になって仕方がなくなったので別のバーでもう一度飲んだ。何の確信もない。お店の方にも聞いてみたけれどよくわからない。気のせいかなあと思ってふとボトルを手に取ってみたらバックラベルにはこう書いてあった。

This Kilkerran Single Malt Scotch Whisky has been matured for ten years in a fresh oloroso sherry butt, followed by five years in a refill bourbon hogshead.

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やはり先にオロロソ10年熟成、後からリフィルのバーボンホグスヘッドにて5年熟成と書かれており、インポーターの説明と熟成の順番が逆。ビンタしてから抱きしめるのと抱きしめてからビンタするのではだいぶ意味が違う気がする。(喩えが無茶苦茶なのは承知の上ですが、シークエンスが重要ということです)


Whisk-eさんのコメントが先入観として左脳に入っていたのだが、私にしては珍しく直感、すなわち右脳が勝った。

でもそもそもなんでグレンガイル蒸留所なのにキルケランというネーミング?どういう歴史なんだっけ?どうしてこんなハイクオリティなのにあまり人に知られていないしこんなに割安なんだっけ?といろいろと気になって夜も眠れず、ご飯も食べられず、酒も飲めず、美女が声掛けてくれたのにも気づかず、サウナにも入りたくないという魂が抜けた状態になってしまったのでキルケランについて調べ始めたら想像していたよりもはるかに面白いストーリーがそこにあった。

せっかく調べたのだし、たまにはウイスキーブログにふさわしい記事を書いた方がいいかと思っているところに「テイスティングコメントもレベル低いしただのおっさんらしいよーキャハハー」とマクドナルドで隣り合わせたJKがdisってたというあながち否定できないツイートが回ってきた夢を見たので以下まとめてみました。

 

蒸留所概略

キルケランはスプリングバンク、グレンスコシアに次ぐキャンベルタウン3つ目の蒸留所であるグレンガイル蒸留所で作られるシングルモルトウイスキー。1872年に操業を始めたが1925年に閉鎖。

2000年に「大人の事情(下の歴史参照)」もありスプリングバンクが閉鎖された蒸留所跡を購入、閉鎖蒸留所では珍しく閉鎖前の建物をそのまま活かす形で2004年に操業を再開。

スプリングバンクと原材料の多くを共有したり同じ職人が作っているのにもかかわらず少しの製法の違いが大きなテイストの違いになる、というウイスキーの奥深さを体現している蒸留所。

この記事の一番下にある蒸留所長のフランク・マクハーディ(Frank McHardy)氏のインタビューのYouTubeのビデオを見ていただければ蒸留所やキャンベルタウンの雰囲気が分かる。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきました、蒸留所のシンボルマークと全く同じ構図の景色。鯨さんのブログはこちら) 

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歴史

グレンガイル蒸留所は1872年にスプリングバンクを経営するミッチェル一族のウイリアム・ミッチェルによってスプリングバンク蒸留所の400メートル先で創業され、翌年操業開始。ウイリアムの独立のきっかけは農場で飼っていた羊を巡る兄弟喧嘩(!)の末に当時の共同経営者だったジョンと袂を分かったためだと言われる。逆に言うと羊で兄弟喧嘩していなければキルケランはなかったということ。まあもともと兄弟仲が悪かっただけで羊はただのきっかけだと思いますが。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきました、ロゴの中の教会、The Lorne & Lowland Churchを望む景色。鯨さんのブログはこちら) 

キャンベルタウンは大麦とピートの生産地だったこと、雨が多く水に事欠かないこと、港からすぐにあるクロスヒルロッホという湖の水がウイスキー造りに適していたこと、マクリハニッシュ炭田から数キロと近かったこと、キャンベルタウンの港が大西洋の荒波を避けることができアメリカへの輸出や需要地グラスゴーへの出荷に向いた良港だったことなどの好条件が重なり栄華を極め「世界のウイスキーの首都」と呼ばれた。


19世紀後半のピーク時には24*1もの蒸留所が操業、1891年の人口はたった1969人だったのにイギリスで一人当たり所得が最も高い街(当時のイギリスは世界最先端だったのでおそらく世界一)となり繁栄を謳歌

しかし1920年アメリカでの禁酒法導入、鉄道の開通によりより軽やかなハイランドモルトが入手しやすくなったこととブレンディッドウイスキーの隆盛、質より量を求めるウイスキーの粗製乱造、大恐慌による需要の減少を経て多くのキャンベルタウンにある蒸留所が閉鎖となった。


グレンガイル蒸留所も同様の憂き目に会い1919年にWest Highland Distilleriesに売却され、1924年には300ポンドで再売却された翌1925年に閉鎖。1925年4月8日にすべてのストックを競売にかけ売り払ってしまった(とされていた)。

閉鎖後すぐに建物はキャンベルタウンのミニチュアライフルクラブに賃貸され、その後農業関係の会社の貯蔵庫や販売事務所として使われたため、閉鎖されたキャンベルタウンの蒸留所の中でも最も保存状態が良く、それものちに再建される理由の一つとなった。

1940年代に蒸留所とグレンガイルの商標がブレンダーのブロックブラザーズ(Bloch Brothers、グレンスコシア蒸留所も保有)に買収され、その時蒸溜所再建計画もあったものの第二次世界大戦のせいもありご破算に。その時まだ実は若干のストックが残っていたらしい。

1957年にはキャンベルヘンダーソン(Campbell Henderson Ltd)の下で復活させる計画もあったがこちらも適わず、その後蒸留所跡地はライフル射撃場などとして使われた。

1970年代までにはキンタイア農業協同組合の本部、フロアモルティング用のスペースは事務所となりキルンは動物用飼料の袋詰め作業場となった。

2000年にヘドリー・ライト(Hedley Wright、スプリングバンク蒸留所を保有するJ&A Mitchell and Co Ltd.の現チェアマン、スプリングバンク創業者Archibald Mitchellの玄孫(4代後)、グレンガイル蒸留所創業者のウイリアム・ミッチェルの4代後の甥にあたる)が旧蒸溜所を購入、ミッチェル家の手にグレンガイル蒸留所が再び戻った。

実はこの蒸溜所再建プロジェクトの背景には大人の事情が。当時スコッチウイスキー協会(Scotch Whisky Association)がスプリングバンクとグレンスコシアの2つの蒸留所しか残っていなかったことからキャンベルタウンをウイスキーの産地呼称(ワインでいうところのアペラシオン)が許される地域としての認定を取り消そうとした。そのためスプリングバンクあるいはミッチェル家としてはウイスキー産地としてのキャンベルタウンの名前を守るため、街で操業している蒸留所の数を最低3つに増やす必要があったのだ。


「基本的にグレンガイル蒸留所設立は”Springbank’s big middle finger to the SWA”だ」、と某所に書かれていて個人的に超ウケた。

そして2004年、キャンベルタウンで100年以上ぶり、スコットランドで21世紀になって初めての新設蒸留所となるグレンガイル蒸留所が再建され蒸留が始まる。

先述の理由で極力コストを掛けずに第三の蒸溜所として認められるだけのアウトターンを産み出す必要があったことが、贅沢としてではなく必然として昔からの製法での少量生産という理想のウイスキー造りにつながっていく。そして広告宣伝費もほぼないため多くの人はそのクオリティに気づかないままでいる。 

設備

スプリングバンク蒸留所でフロアモルティングされ軽めのピートを焚いた麦芽が運ばれ、かつてクライゲラヒー蒸留所で使われていたモルトミルで粉砕され、半ろ過式のマッシュタンで透明なウォートを作り糖化。

それをボートスキンラーチ*2で作られたウォッシュバックで酵母を加えて発酵。ボートスキンラーチを使って長時間発酵させるとフルーティーウイスキーができるとのこと。

そして閉鎖されたベンウィヴィス蒸留所から移設されたポットスティルを用いて蒸留。
ベンウィヴィスはスプリングバンク蒸留所長のフランク・マクハーディ(Frank McHardy)が1963年からウイスキー造りのキャリアをスタートさせたインヴァーゴードン蒸留所内にあり1965年に操業開始、1977年に解体された。あまり使われていなかったというポットスティルは傷みも少なかったそうだ。ちなみにそのままの姿では石造りの建物に入らなかったので蒸留釜のショルダーの部分がより丸まっている。

また気化されたアルコールをコンデンサー(冷却器)に導く釜の上部から出ているラインアームもやや上向きに調整され、一部のアルコールが釜に戻されることによって軽やかで香り高いウイスキーができる。設立当初から軽いピートと軽快なキャラクターを狙って製造されている。

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(写真はウイスキー仲間の鯨/K.67さんからご提供いただきましたグレンガイル蒸留所のポットスティル、鯨さんのブログはこちら)

設備レイアウト・設計はおなじみロセスにあるフォーサイス社が担当、上記写真で中二階部分にある設備は作業効率や昔からのしきたりもあって高さが同じにそろえられている。

設備のうち6割は新設、残りは他の蒸留所で使われていたもの。先述のポットスティルの他にもコンデンサーやスティルセーフやスティルレシーバーもベンウィヴィス蒸留所から移設された。麦芽を粉砕するモルトミルはクライゲラヒ蒸留所で使わなくなったものをタダで譲り受けてメインテナンスし使っている。

なぜグレンガイルではなくキルケランなのか

一義的には現在グレンスコシア蒸留所を保有するロッホロモンドディスティラーズがブロックブラザーズからグレンガイルの商標権を引き継ぎ、現在も保有しているため。
かつてFraser MacDonald Distillery名義でGlen Gyle 8 Yearsというヴァッティッドが出ている。そのヴァッティッドモルトとの混同を防ぐためもありキルケランと名付けられた。

thewhiskeyjug.com


グランスコシア蒸溜所が再開した際にスプリングバンクがご近所のよしみでウイスキーの製法の改善を手伝ったという記述もあるけれど、「そこまで手助けしたのにグレンガイルの商標を譲ってもらえなかった」という恨み節に聞こえなくもなくて、それもまた人間臭くて面白いと思った。ただしグレンスコシアの公式HPにもグレンガイル蒸溜所の復活のおかげでキャンベルタウンの蒸溜所の数が3つになってウイスキー産地の呼称が守られた、とちゃんとクレジットされている。

キルケランはキャンベルタウンの街ができる前にここに入植したアイルランド十二使徒の一人聖キエランの名に由来する。
キャンベルタウンはもともとゲーリック語で「聖キエランの教会がある湖のほとり」を意味する「キンロッホキルケラン」という名前の街だった。

またあまり表立って言われることの少ない理由がかつてのスプリングバンク黒歴史によるもの。一時ピートが効いて重厚なキャンベルタウンのウイスキーが軽やかかつ華やかなスペイサイドのウイスキーに席巻されて売れ行きが低迷し、また粗製乱造でブレンダーからそっぽを向かれて多くの蒸留所がバタバタと倒産していた頃、スプリングバンクは生き残りを賭けてプライドを捨て「ハイランドウイスキー」を名乗っていた時期があった。あのキャンベルタウンのプライド高きスプリングバンクがホンマかいな、と私も思ったがよく考えたらWest Highland標記のスプリングバンクが存在しているのでガセではない。

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2004年の復活にあたってはハイランド/スペイサイド*3ウイスキー(=黒歴史の存在)を連想させる「Glen」という名をつけずキャンベルタウンの伝統的なウイスキーであることを象徴するキルケランという名前が相応しいとされた。

キャンベルタウンがウイスキー産地として認められなくなってスプリングバンクやグレンスコシアが「ハイランドウイスキー」の一つとされるかもしれなかったことに抵抗してスプリングバンクが旧グレンガイル蒸留所を買収して再建したことを考えると、仮にグレンガイルの商標をロッホ・ロモンドグループから譲ってもらえたとしてもグレンガイル蒸留所で作られるウイスキーの名前はグレンガイルではなくキルケランというキャンベルタウンを象徴する名前にしていたのではないか、と私は思う。
 

世間の評価

Whiskybaseの点数を見る限り、最もコストパフォーマンスがいい蒸留所の一つと言わざるを得ない。

オフィシャル12年46度という最もスタンダードな1本のWhiskybaseでの評価は素点で86.32/100点、調整後86.52点*4となるが、本体価格5000円以内でいつでも買える(「本数が少ない=貴重なもの=美味いに違いない」バイアスがかからない)ボトルとしては破格のレーティング、1点あたり55.5円というとんでもないコストパフォーマンス。これ貰って喜ばないウイスキー好きがいたらびっくりするわ。

直近発売された15年熟成のカスクストレングスシリーズも軒並み90点台弱と高評価、どこかのバーで見つけたら試されることを強くお勧めします。

 

 


キルケラン 12年 700ml 46度 箱付

価格:4799円(税込、送料別) (2019/12/17時点)

 

参考


Frank McHardy taking us through the whisky history of Campbeltown and Mitchell's Glengyle Distillery

http://jp.mahorobi.com/column.html

https://scotchwhisky.com/whiskypedia/1859/glengyle
http://springbank.scot/about/story/
https://whiskymag.com/story?the-times-they-are-a-changin-springbank
https://en.wikipedia.org/wiki/Glengyle_distillery
https://www.whisky.com/whisky-database/distilleries/details/glengyle.html

 

 

 

*1:一説には34ともいわれる

*2:カラマツの一種、ボートの外装に使われフルーティーウイスキーを産み出すとされる

*3:かつてはスペイサイドはハイランドの一部とされていた

*4:上位評価2.5%と下位評価2.5%を切り捨てして調整、極端な人の極端な評価を避けることができるため個人的に重宝している

渋谷ロックバー  道玄坂ロック

モルトバーにて散々いいボトルを飲ませてもらって気持ちよく酔っ払い、次の日のことを考えたらそのまままっすぐ家に帰ればいいのに、つい寄ってしまうバーがある。

渋谷の猥雑な一角にある雑居ビルの5階。私がそのビルの中にある怪しげな店に直接向かうと勘違いして客引きがエレベーターに飛び乗ってきたことが何度かある。自分の成績にしようとしたかったらしい。エレベーターのドアが開くとバーの扉は目の前。

バー「道玄坂ロック」。カウンター6,7席、テーブル席2つのさほど大きくない店。通常はお酒が置かれているカウンターの後ろにはレコード棚とオーディオ、JBLのスピーカー。カウンターの外にも物凄い量のレコードがある。バックバーはカウンターの外。その隣には1960年代製と思しきGibson Firebirdが飾ってある。

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店主は(とても)愛想がないので驚くかもしれないが、心配する必要はない。あなたにだけ愛想がないわけではないので。そこそこ訪問しているはずの私でも世間話などしたことがない。

こういうお店のウイスキーはスタンダードなものしかない場合が多いのだが、このバーには山崎12年、余市10年や旧ラベルのラフロイグ18年などウイスキー好きがみたらニヤニヤしてしまうようなボトルが置いてある。この3つは在庫がなくなれば終わりだろう。私はたいていラフロイグ18年かタリスカーやエライジャクレイグのソーダ割をオーダーする。ストレートで頼むとテイスティンググラスに入れてくれるのも、この手のバーではあまりないので嬉しい。
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お通しには木の器に入ったピスタチオが出てくる。カウンターでピスタチオの殻を割っていると、手持ち無沙汰な感じがしなくなるのでありがたい。きれいに割れたり、なかなか割れなかったり。そもそもウイスキーととても相性が良い。

この店は客が自分の好きな曲をリクエストできる。レコードは数千枚あるぞ。CDも12000枚ぐらい。厚さが10センチ近くあるカタログには邦楽洋楽と時代を問わず大抵のものが乗っている。Robert Johnsonから松田聖子からプロディジーメタリカまで。そして目の前においてある紙に自分の聴きたい曲を書いて、店主に渡すスタイル。紙を渡した途端に握りつぶされくしゃくしゃにしてポイ捨てされるが、そんなことでめげてはいけない。

流れている音楽がレコードからのものだと壁にそのジャケットが飾られる。CDからだとプロジェクターでジャケット画像が壁に映る。

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まあこれも「ジャムパンが好きかカレーパンが好きかで喧嘩するな」のたぐい、人の趣味の問題なので私が口を出すことではないのだが、店にあとから来た客はしばらくどんな曲がかかっているか確かめてから、比較的ジャンルの近い自分の好みの曲からリクエストするのが好ましいと思う。他のお客さんや店主の趣味やその時の気分をリスペクトするという意味で。

しばらく待ってみて自分の趣味寄りの曲がかからない時は、他のお客さんのリクエストがないときを狙って自分のリクエストをお願いするのが無難なように思う。私がそうしているだけだけれど。

ちなみにキリンジのエイリアンズをリクエストすると自分の手書きのリクエスト用紙の写真が「本日のエイリアンズ」としてTwitterに晒されることがあるので注意。

 

普通の尺度で言うと居心地いいサービスのバーとは言えないのだが、スピーカーの前に座って自分のリクエストをレコードからかけてもらって聴くと、そんなことはどうでもよくなる。

JBLのスピーカーはやたらと音の分解能が高く、録音のいいレコードだと、ストラトキャスターやファイアバードのピックアップからアンプにケーブルで突っ込んだそのままの生の音が突き刺さってくる。目の前でライブを見ているかのよう。
先日Johnny WinterのLiveから1曲目、「Good morning little school girl」を掛けてもらったのだけれど、ツインギターの左右のセパレーションもくっきりしていて臨場感が素晴らしくうっとりした。
CDよりもむしろレコードの方が音質良く感じる。ぜひカタログからレコードを選んでかけてもらってほしい。

何度か来ると分かるが、いつ来ても恐ろしくきれいに掃除されており、いつものものがいつもの場所にきちんと置いてある。レコードの棚も乱雑になっているところを見たことがない。

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そして禁煙というのも私にとってはありがたい。店の奥には喫煙スペースがあるようなので愛煙家の方も困ることはないだろう。私は行ったことないので知らんけど。

壁にはアルバムジャケットが映し出されていないときはクルマで都内や沖縄、タイなどを流しているときの車窓からの風景が映る。川崎辺りを走っている映像だったとしても何だかぼうっと見入ってしまうから不思議なものだ。

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音楽が好きな人なら一度は行ってみてほしい。いい音で自分の好きな音楽が聴かれるモルトバーには残念ながらまだ出会ったことがない。自分がバーをやるならこれぐらいのこだわりを持ちたい。自分のリクエストを掛けてもらったあとに井戸さんが私の好みの延長線上の知らない曲を掛けてくれるとただ愛想良くしてくれるだけがいいサービスではないことがよくわかる。

 

 

 

 

 

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私がウイスキーのネガティブなコメントをしない理由

先日信濃屋さんのお招きで台湾のボトラーAqua Vitae(アクアヴィッテ)のAllen Chenさんによるテイスティングイベントに参加した。「自分の好きなオールドスタイルのウイスキーはなかなか見つからないので気に入ったものを自分で詰める」「味や香りが開くまで手間のかかるオールドのボトルを気軽に飲めるようにしたい」というコンセプトで始めたという、比較的若いボトラー。40歳前後だろうか。
「好きなボトルが世の中にあまりないのだったら自分で探して詰めてしまえ」、というのはウイスキー好きの夢。それをお仕事にされているのは本当に羨ましく、既にウイスキーブーム真っ只中の2015年から始めたのにどうやって蒸溜所とコネクションを作ったのかとかいろいろAllenにお伺いできて楽しかった。

Allenと会えた以外にも沢山の有名なウイスキーの飲み手とご一緒できてそちらも大変いい刺激になった(もちろん信濃屋の方々ともですが)。
真剣な飲み手と様々なボトルを飲み比べるうちに、やはり人によって知覚と好みの違いがなぜ生まれるのかという普通の人には当たり前すぎてあまり考えないかもしれないことについて改めて考えてみるいい機会になった。

色んな国の人に「どの色が一番好きですか?」と聞いた答えが国によって全然違う、という調査結果は興味深い。青がどこの国でも圧倒的に一番人気なのは水と青空がないと人間は生きられないという事実を反映しているのかもしれない。最近自分が青いネクタイばかり持っていて、バイクも青でクルマも紺で、ということに気づいて「もしかして俺ってアオレンジャー?」と不安に苛まれていたのだが、世界にアオレンジャーはたくさんいることがわかって少しほっとした。
アジアの国にはなんとなくキレンジャー(含む茶色やオレンジ系)が多い気がする。
国の差だけでなく同じ国の中の男女の差も大きいらしく、アメリカでは40%の男性が青が一番好き、と答えたが女性は24%、イギリスでは40%対27%だそうだ。日本人の答えはないのが残念だが青ではなくて白が一番多いらしい。

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民族が違うと一番好きな色が違う、というのは直感的に納得できるが、同じ日本人同士でも「あなたが見て一番落ち着く色はどれですか?」と10人に聞いたら答えはかなりばらけるだろう。私は緑を見ると一番心が落ち着くが、あなたはオレンジを見てそう感じるかもしれない。
また同じ色を見ていても、私の色味の感じ方とあなたの感じ方が全く同じものとは限らないし、たぶん違う。だから「落ち着く色はどれ?」みたいな質問で人によって答えが異なるのだろう。それを証明するのは極めて難しいと思うが。


それと同様に、同じウイスキーを飲んでも私が感じる味と、隣の人が感じる味は間違いなく違うはず。味覚・嗅覚のインプットに対するセンサーの性能は人それぞれだし、感じたものを分解する能力は人によって異なるだろう。虹の色を7色だと思う人と、5色や9色だと思う人がいるように。

味覚・嗅覚などの知覚情報をポジティブに受け止めるかネガティブに受け止めるかは記憶や経験ともリンクしているはずだ。子供のころにコーヒーやビールをどう感じたかを思い出してほしい。それらの記憶や経験は、当然私と隣の人では全く違うだろう。

またウイスキーというかお酒特有の問題もある。遺伝的にアルコール耐性の高い人はアセトアルデヒドに果実香のような甘さを感じるかもしれないが、耐性がないもしくは低い人は同じアセトアルデヒドを嗅いでも生理的に粘膜への刺激が強いために甘みというよりもアタックや辛さを感じるかもしれない。私は後者の傾向があることに以前Twitter上でいただいたコメントで気が付いた。

(少し話はそれるが、これが欧米人とアジア人(モンゴロイド)では好みの酒のタイプの違いがある理由であってもおかしくないし、台湾のボトラーのボトルが日本で受ける理由の一つなのかもしれない)

インプットを分析するセンサー性能も違い、感じた味覚や嗅覚を脳内で分解し整理する能力も人によって違い、そもそも同じものを飲んでもそれを旨いと感じるかどうかは人それぞれ。そしてその旨さを人に伝えるためにアウトプットする時のボキャブラリーだって人によって全く異なるのだから隣の人のテイスティングコメントが私のそれと一緒のわけがない。

人の好みについていうと、納豆を死んでも食べられない人もいれば大好きでいくらでも食べられる人もいる。私がジャムパン好きだからと言ってカレーパンが一番好きな人を非難しても何の意味もないし、「お前何でジャムパンみたいな食べ物好きなの?カレーパン最高なのに意味わからん」と言われても私の知ったことではない。

ソーピーな80年代ボウモアが好きな人がいても全くおかしくないけれど、私はソーピーなのはいろんな意味であんまり得意ではない。

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けれどソーピーなボウモアを好きな人が間違っているとは全然思わない。(写真は本文とは一切関係ありません)

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飲む順番だって味覚と好き嫌いに大きなインパクトがある。
ストレートで長熟の甘めのラムを飲んだ後にグレンドロナックみたいなシェリー樽熟成のウイスキー飲んでタンニンを強く感じて嫌いになってしまうかもしれないし、アードベッグスーパーノヴァ飲んだ後に加水のオールドのノッカンドゥー飲んだら水飲んでるようにしか感じなくてなんだこれは、と言ってしまうかもしれない。



それにキルホーマンよりもラフロイグが好きで、ラフロイグよりもアードベッグが好きで、アードベッグよりもラガヴーリンの方が好きだったとしても、ラガヴーリンとキルホーマンの二つが並んだ時に100%ラガヴーリン選びますか?と聞かれると自信ない。自分の中での評価軸が一つしかないわけではないということだろう。時と場合によってどの軸を使うかは異なるように思われる。

というわけで、私はあるボトルを試して自分の好みに合わなかったとしても、自分のセンサーの性能がそもそもポンコツだったかもしれず、飲む順番や体調が悪かっただけかもしれず、口開け直後で固かっただけかもしれず、バーに行く前におにやんまで食べた冷やし鳥天うどんの鳥天にかかっていたコショウが強すぎただけだったかもしれず、池袋の蘭州ラーメン屋の羊の串焼きのクミンが酒を飲まないムスリム向けの味付けでウイスキーに合わないだけだったかもしれず、自分の意見はマイノリティで他の人はこのウイスキーをおいしく思うかもしれないぞ、と思うようにしている。

仮に同じものをその場で居合わせた数人で飲んで評価が低かったとしても、最初に評価をした人のネガティブな評価に引きずられたり、エコーチャンバー効果でちょっとのネガティブがすごくネガティブになってしまうことだってあり得る。誰かが褒めちぎっているボトルを「あんまり気に入らなかったんだけどな…」と思うことはあっても褒めちぎっている人に面と向かってそう言わないのと同様に。

だから自分の味覚の絶対的な正しさに強い確信を持てない私のような人間が、バーでネガティブなことを言ったりずっと残ってしまうかもしれないブログだのSNSだので否定的なことを書くというのはちょっと違うかな、といつも思っている。反対に美味しかったときは声を大にして言っておりますが。

 

私にとってウイスキーは楽しい時間を過ごすための手段であって目的ではなく、極論すると居心地悪いバーで美味いウイスキー飲むよりも居心地いいバーで普通のウイスキー飲む方がいい。こういうと「お前は真のウイスキー好きではない」と言われそうだが、否定はしない。

私は飲んだウイスキーの悪口をわざわざ言ってその場の雰囲気を悪くしたくない。自分の好きなウイスキーの悪口を隣の人が言いだしたら楽しく飲めないから。そのボトルを選んだインポーターやそれを買って客に出したバーテンダーにも申し訳ないし、その場に居合わせたお客さんでそのボトル前回来た時に飲んでおいしいと思った人も気分を害するかも、と思ってしまう。

もちろん私と考えが違う人がいても別に非難するつもりは全くない。ジャムパン好きとカレーパン好きが喧嘩して意味ないのと一緒なので。

私がバーに行く理由の一つは試してみたいボトルがさまざま置いてあるから。
クオリティの高いボトルを日本に引っ張ってきてくださるインポーターさんにはとても感謝しているし、自分が飲んでみたいボトルを私の代わりに買ってくれてさまざま飲ませてくださるバーは超ありがたい。

様々なボトルを入れればハズレもあれば好き嫌いの分かれるボトルもあるだろう。だけどいろいろ入れなければ大当たりを引く可能性も下がってしまう。そしてインポーターさんやバーはある程度ボトルを売り切らなければならないのも事実。そうでなければ商売が回らないし、彼らがつぶれてしまえば私は困ってしまう。それを考えれば飲んだ一杯が仮に気に入らなかったとしても私はあれこれ言わずに黙っていたいし、ネガティブなことを人前で言いきるほど自分のセンスに自信もない。

(ただし私があるボトルについてコメントしなかったからと言って必ずしもそれが好みではない、ということではないので、念のため。気に入ったのに酔っぱらってしまい記憶が飛んだ、とか飲んでて楽しくなってコメント書くのがめんどくさい、とか普通にあります)

ちなみに先週金曜日に飲ませていただいたAqua Vitaeの中でとても気に入ったのがブナハーブンとグレンキース。もちろんこれも異論は認める。1989年蒸留の28年のブナハーブンは度数が落ちてとても口当たりがスムース、70年代のハイランドのウイスキーのように骨格がしっかりとして崩れない。華奢で綺麗な上品なクリームの中にブドウがいるタイプ。グレンキースはマクヴィティビスケットのクリーム味を思わせるバーボン樽熟成の王道タイプ、そもそもキースは好きだしこのスタイルは一番好き。
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今度Allenが60年代っぽいエステリーなオールド感のあるボトルで気軽に飲めるものをリリースしてくれたら最高だ。ムチャ言うなという話かもしれないが。
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金曜日の20時半から1時間、という営業ゴールデンタイムにJ's Barさんを貸切にして太っ腹に飲み放題、という色んな意味でゴージャスなイベントだった。
信濃屋の(あ)さんとJ's Barの蓮村さんへの私の気持ちとして上記のAqua Vitaeのボトル2本とJ's Barと信濃屋銀座店のジョイントのグレンファークラス、イーグルボトルを注文することにした。(あ)さんメールお待ちしております!(笑)

 

 

皆様の清き一票のお願い

 

ところで奥様、別のサイトに「長野・山梨でウイスキーの蒸溜所と聖地を巡る。東京から1泊2日の小旅行」という記事を書きました。

白州蒸留所、マルス信州蒸留所に行き、松本にある伝説のモルトバー「摩幌美」さんを訪問した内容をまとめた記事です。駒ケ根のArikaさんというバーもよかったな。

皆様にたくさんアクセスしていただくことによって、新しい蒸留所や各地の伝説的なバーを巡って(サウナでも食い倒れでもよいのですが)記事を書かせていただく機会を再び頂戴することを虎視眈々と(?)狙っております。

いつも読んでくださっている皆様、こちらちらっとクリックするといつもよりマジメなわたくしの記事が読めますのでよろしくお願い申し上げます。かしこ。



  https://welove.expedia.co.jp/destination/japan/47576/

 

好きなバーの条件

Twitterの質問箱に「好きになるバーの条件」というお題をいただいた。

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Twitter上でお返事しようかと思ったが、140字では言葉が足りなくなりそうなのでこちらに書いてみる。

最近とある媒体にウイスキーやバーについての記事を書いてくださいと頼まれたので、どう自己紹介書いたらよいか悩んで、過去12か月間に自分がどれだけバーにお金を落としたかカードの明細見て調べてみた。結構いいバイクが買えるぐらいだった。東京以外のバーを訪れるための旅費なども入れるともっと膨らむ。それをここしばらく続けている。それぐらいバーで飲むことには思い入れがある。

そもそもなぜバーでわざわざ金払って飲むのか。
家には自分好みのボトルが結構な本数開いている。
静かでゆったりとした自分のスペースで、本を読み好きな音楽を聴きながらお気に入りのグラスで酒が飲める。タバコの煙を気にすることもない。

それなのにバーのカウンターの、大抵あまり座り心地の良くない椅子に座って飲む。「これだったら家で飲んだほうが良かった」と思うこともごくまれにあるが、自分の好きなバーに行って飲むのは基本いつも楽しい。

ではどんなバーを好きになるのか、と聞かれるとまず初めに頭に思い浮かぶのがバーテンダーの顔。バーテンダーをリスペクト出来るかどうかが一番大きい。

リスペクトというといろんな切り口があるが、まず知識の広さ、深さ。
最近キャンベルタウンロッホで飲んでいて、グレンファークラスがどのようなサイクルでいい樽を使いまわし、どの樽詰めのビンテージが当たり年なのかという話を中村さんからお聞きしたのがすごく面白かった(詳細はあえて伏せるので、興味ある方は有楽町行って聞いてみてください!)。

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こういう情報は実際に現地によく足を運ぶ人だけが知っていてウェブに転がっているようなものではないので、こういう話を聞けるのはバーならではだな、バーに来てよかったな、と思う。

そして記憶力と表現力。
「このボトルどんな感じですか?」という質問に対しバーテンダーが的確な記憶力と表現力でイメージを飲み手に伝えることができ、実際に飲んでみた感じがそれに近いと「やはりプロはすごい」、となる。店にある相当数のボトルのそれぞれについてしっかりイメージを持っているなんて、そして口開けの時の印象だけでなく、開栓してからの香りと味の変化についても語れてしまうなんて本当にすごい。
自分の家にあるボトルについて、他人にどこまでしっかり説明できるかというと正直あまり自信がない。それも自分が好きで何度も飲んでいるボトルなのに。

新橋のキャパドニックの原子内さんは過去に自分が飲んだ同じビンテージの別のボトルと比べてこのボトルはこうだ、というところまでしっかり教えてくれる。さすがプロ。リスペクト。
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そして観察力も重要。
「このボトル上手くバーボン樽の甘みが乗っているのですごくオススメです!多分お好きだと思うんですよね…」(私が微妙な表情→察し)「あ、そういえばこの前これ飲んでいただいてましたよね」的な観察力と機転。こちらとしては「いやそれこの前飲みました」とか超ストレートに無粋なこと言って場を気まずくしたくないので、黙っていても気づいてもらえると本当にありがたい。
記憶力も観察力も残念なバーテンダーの場合、熱いボトル推しトークを何度も聞くことになり、上手く角が立たないように断るのに仕事の時のように気を遣って疲れるので足が遠のいてしまう。

あとは自分の知らなかった世界を見せてくれる提案力。
「たぶんこれお好きだと思いますよ」と勧められて飲んだ、まったくノーマークだったボトルがめちゃくちゃ自分好みだった時は、自分の知らない世界を教えてくれたバーテンダーに心から感謝したくなる。家で飲んでいると自分が知っている世界だけで完結してしまい、自分の知らなかったことを知ることは基本できない。未知の知というか、自分の知らない世界がありもっともっと素晴らしいものに出会える機会があるという当たり前のことをバーで教えてもらえると、大げさだが生きる希望が湧いてきて本当に有難く思う。今は北京に行ってしまったけれど、渋谷のカリラとポットスティルにいた元永さんはこの意味で凄かった。
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さらに言うと、技術が卓越していること。
例えば最も有名なウイスキーベースのカクテルの一つマンハッタンは、ウイスキーとヴェルモットをステアしてビターズを数滴たらすとできるという単純なレシピのはずなのだが、家で作ったのと銀座ゼニスの須田さんが作ったものでは全然味が違う。
もっと言うとウイスキーソーダで割っただけのハイボールでもバーで作ってもらった方がたいていの場合美味い。
やはりバーテンダーの技術は単純な飲み物を作ってもらうとすごくよくわかる。
鮨とか天ぷらとかと同様にカクテルも基本はおうちで作るものではない、というのが最近達した結論で、やはりプロの技というのは尊敬に値する。
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リスペクトできるバーテンダーがいるというのはそのバーを好きになるために非常に重要なことだと思う。

お客さんがバーテンダーをリスペクトしている店では、バーテンダーが他のお客さんの相手をしているときは自分のグラスが空いても客は自分のオーダーを聞いてもらえるタイミングが来るまで大人しく待っている。それがバーテンダーの仕事に対するリスペクトだから。

そしてちゃんとしたバーテンダーは客が気を遣っていることに気が付いていて、何も言わなくてもすぐに次の一杯を何にするか聞きに来てくれる。それによってお互いをリスペクトする関係が成立する。そして隣にいるお客さんもそれを見て同じような気遣いをする。

だが客が店に気を遣ってもそれに気づかないようなバーテンダーがやっている店はたいてい店が荒れる。
自分に声がかかるのを待っている客がいるのに気づかず、何も考えずに「すみません!」と声掛けする別の客をバーテンダーが先に相手してしまったりすると、お行儀よく自分の番が来るのを待っていた客がバカバカしくなって店に気を遣わなくなる。
そして悪循環が起きてどんどん店が荒れていく。
人からリスペクトを受けられないのに一方的に人をリスペクトするというのは人間の感情の上では非常に難しい。

そういう「言ったもの勝ち」「声のでかいもの勝ち」みたいな、世の中でありがちだけれど自分の理想とは程遠いことが起きる場所にわざわざ金を払って行く理由を私は持ち合わせていない。仕事なのであれば百歩譲って我慢するけれど。仕事を終わった後の自由な時間でそんなことが目の前で普通に起きるようなところにわざわざ金払ってまでいたくはない。

だからリスペクト出来るバーテンダーがいる店が好きだ。そんな店では「金払っている客が一番偉い」みたいな勘違いした人はほぼいない。

 

 

 

 

 

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