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Islay Whisky’s blog

こだわりが強すぎて生きていきづらい40代男性の酒と趣味への逃避の記録

ウイスキーの聖地アイラ島訪問の詳細は以下のリンクから。
訪問記 アイラ島 初日 2日目 3日目
蒸留所写真  Ardbeg1 Ardbeg2 Laphroaig1 Laphroaig2 Bowmore
アイラ島写真 その1 その2 その3
アイラ島への旅行についてのアドバイス エディンバラ2日目  グラスゴー

  

日本最南端のモルトバー Summer Glass

日本で最も南に位置するモルトバーで飲んできた。バーにウイスキーが置いてあるだけのなんちゃって、とかでなく、本物のモルトバー。

本当に最南端?と疑ったあなた、この地図見たら納得してもらえるだろう。那覇から400㎞以上離れた石垣島にある唯一のモルトバー。台湾の方がむしろ近い。石垣よりさらに南西にある西表島与那国島モルトバーがあるとはとても思えないのでこのバーが日本最南端のモルトバー、ということでいいだろう。ソースは俺。異論は認めない。

f:id:KodomoGinko:20170417215644p:image全身黒づくめのスーツに身を包み、時には命を落とすものも出る激しい活動を行ったり、ヘルメットやサングラスで変装して命がけで限界に挑戦する狂信的かつ過激な運動に身を投じてからはや4年。それまでの平凡で平和な生活を愛する一市民としての暮らしから、ここ石垣で公然活動家として2013年にデビューしてからは家族からも孤立し、休日も返上して多額の資金を活動のためにつぎ込み、また同志を運動に勧誘してきた。今年もまた過激な運動を行うために会社を半日休んで石垣島に上陸。石垣港ターミナル前の人目につかない安宿に潜伏してその日をじっと待った。毎年楽しみなんだよ石垣島トライアスロン

金曜日に石垣島入りして、日曜日に行われる大会で命を落としたりしないよう旨い石垣牛を食べさせてくれる焼肉屋でビールを一杯だけ飲んで9時過ぎには潜伏先のアジト、もとい東横インに帰ったのだが、やはり眠れず石垣島唯一のモルトバー、Summer Glassに行ってみることに。

東横インからほど近い石垣港には海上保安庁の艦艇がたくさん係留されている。というのもここは尖閣から一番近い石垣海上保安部があり、紛争の最前線なのだ。その船を背中に、夜道を美崎町に向かって歩く。

土産物屋の立ち並ぶ商店街から一本北のゆいロードに面してSummer Glassはあった。モルトバーなのに路面店、という東京ではめったにないロケーション。

扉を開けて中に入ると、かりゆしを着たおじさん二人がカウンターの端で飲んでいた。白州のハイボール

カウンターに座りバックバーを見るとかなり強烈、東京の下手なモルトバーよりも充実している。SpringbankのLocal BarleyやらArdbegの30年やらが見える。さらにカウンターの奥にはパンチョン樽が天井からつるしてある。こんなにたくさんボトルがあると選べなくて、オーダーするのに時間がかかるじゃないの。

悩んだ挙句に、一杯目は信濃屋限定のArranの2001年蒸留14年のシェリーカスクをチョイス。これは今年2月に速攻で売り切れたもののはず、こんなところ(失礼!)で飲めるとは思っていなかった。ArranのBrand Ambassadorの信濃屋だから確保できる、過去最高のフルボディのシェリーカスク、というのが売り文句だったと記憶している。

f:id:KodomoGinko:20170417215659j:plainかなり濃い深みのある褐色。そこまで超フルボディ、とは感じなかったものの、上品で深い甘みと香りが引き立ち、シェリー好きの人にはたまらないだろう。

金曜日ということもあって夜10時を廻るとお客さんが増えてくる。地元の人と観光客の比率は半々、女性が多い。観光客はカクテルを、地元の人はハイボールやカジュアルなウイスキーをロックで注文している感じ。シングルモルトをストレートで飲んでいるのは私だけだ。そもそも一人で来ているのも。

30代半ばぐらいに見えるバーマンが一人で仕切っている。お客さんが集中しなおかつカクテルの注文が多く入ると大変そうだ。彼の手が空くのを待ってから、2杯目のお勧めを聞く。Strathislaの19年、Cadenhead。

石垣島には他にモルトバーあるのですか?」「いや、ここだけです」「こんなマニアックなボトルを地元の人は飲まれるんですか?」「いや、あまりシングルモルトは知られていないですね」。雰囲気がいいので普通のバーとして使われているようで、マニアックな品揃えを見て目を回す人はなかなかいないようだ。Friends of Oakのボタンの花のラベルのCaperdonich21年が置いてあってびっくり。120本しかボトリングされていないはずなのに、日本で2本目をここで見るとは。

いつもどこで飲んでいるのですか?と逆に聞かれたので、一番よく行くのは渋谷のCaol Ilaさんです、と答えたら有名ないいお店ですね、とのこと。自分の行きつけの店が石垣でも知られていた。

そして「これ飲んで帰れ、というのは何かありますか?」と伺って出てきたのはケルティックラベルのG&M、Mortlachの35年。1974年蒸留。私の方が数年年上。いい感じで私の記憶にインプットされているMortlachに近い。いい意味で奥行きのない、不安げな平べったいベースに繊細なフローラルの香りが乗っている。これで今晩は終わりにしようか、と思いしみじみと最後の一杯を楽しむ。翌日はレース前日なので当然禁酒、そしてレース後も東京に着いたら運転が待っているので酒が飲めないと分かっていて、手元の酒が余計名残惜しくなる。

結局フルショット3杯飲んで帰ることに。6000円ちょっと。クオリティ考えると安い。

5年前の今頃に初めてフルマラソンを完走し、4年前にここ石垣で初トライアスロントライアスロンというと何だか凄そうに聞こえるかもしれないが、1.5㎞泳いで40㎞自転車乗って10㎞走る、というオリンピックディスタンスというやつだとフルマラソンの方がよっぽどしんどい。というのもフルマラソンは同じ筋肉を3時間半から4時間ぐらい酷使しっぱなしだが、トライアスロンだといろんな筋肉に負荷が分散する上に、大体3時間ちょっとで終わるからだ。

なんでそんな過激な活動に身を投じ命がけで戦って資金もつぎ込み家族から孤立しているのか、と聞かれることがある。自分でもよくわからなかったが、米帝とその傀儡に正義の鉄槌を下して暴力革命による人民政府樹立を目指しているから、ではもちろんなく、何か少し遠めの目標を設定してその目標をクリアしようとしている自分を自分自身で肯定したいから、ということなのではないかということに最近気づいた。

正直レース中は辛い。辛いがレースが終わった途端に次はもっと頑張ろう、と考える。今回は自分を追い込みきることができず、余裕を残してゴールしてしまったことで悔いが残った。自分の限界の遥か手前で勝手に壁にぶつかった気になり、手を抜いてしまう自分はいろんな場面で現れる。そしてそんな自分がいることすら認めたがらない自分がいる。レースに出ると、そんな自分のダメさ加減を思い知らされる。 

 

plaza.rakuten.co.jp

 

 

 

 

 

 

 

 

松山にて

のんびりしに松山に行ってみた。8時半に我が家を出て、9時45分に機上の人となり、12時前には松山市内にいた。近い。
宿と飛行機を予約した以外は無鉄砲な旅、とりあえず松山市民のソウルフードとやらを食べに行ってみる。

f:id:KodomoGinko:20170411220228j:plain昭和好きな私にはかなりグッとくる店構え。メニューはこれだけ。

f:id:KodomoGinko:20170411221926j:plainちゃぶ台が置かれた畳敷きの座敷にあがり、鍋焼き玉子うどんとお稲荷さんを頼む。四国はうどんとお稲荷さんが大体セットだ。 

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そしてしばらく待ってやってきたのがこちら。アルミの蓋を開けるといりこ出汁の香りがふわっと立ち上る。食べてみると、あ、甘い…。出汁もそもそも甘いし、結構な量の牛肉を煮付けたのが入っていてその味付けがとても甘く、時間を置くとその味が染み出てただでさえ甘い出汁をさらに甘くしていく。そしてうどんはやわやわ。同じ四国でも香川のうどんとどれだけ違うねん、といいたくなる。文化が違うのだろう。
でもなんだか癖になる味で、小さめの鍋に入った一人前がペロッと食べられる。

店を出るときに見た貼り紙が秀逸だった。

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アサヒを堪能した後で松山城へ。ロープウェーに乗り天守閣に近づくとソメイヨシノが満開。東京の桜と違って、花がぼんぼり状になっている丸い形がすごくしっかりしているのと、一本の木についている花の量が多いのと、ピンク色が濃いので驚く。

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そして東京よりも圧倒的に人が少ないのもいい。春と秋は京都に行くことが多かったのだがいいじゃん松山。満開の桜を堪能。
下りは歩いて古町方面へ降り、お堀端を散歩、てくてく松山市駅まで歩いて市内電車、というかちんちん電車で道後温泉へ。そして宿でゆっくりお湯に浸かり、修学旅行で食べるようなご飯を食べ、夜の街へ。夜10時過ぎでも道後温泉本館からは煌々と灯りが漏れる。

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一軒目のバーは「ゆめまぼろし」。階段を上がって店に入ると、箱の大きさに少しびっくりする。スタッフが3人以上のバーに行くことが最近あまりないのですごく新鮮。居酒屋的に盛り上がっている団体さんもいれば、長くて広い一枚板のカウンターの端で静かに飲む二人連れなどがいて、大きな店ならではの雰囲気。

こちらは店の世界観が名前から想像がつくように織田信長一色。オリジナルカクテルは直径30㎝はあろうかという朱塗りの杯や瀬戸黒のような茶器に入っていたりする。

モルトバーではなくカクテルを中心としたお店なので、色々悩んだ挙句スタンダードにマンハッタンを注文。きりりと冷えて美味い。バーでカクテルを頼むのが好きな人が多いのもよくわかる。

二杯目は泡盛と黒糖ベースのオリジナルのカクテルをいただく。店の方も気を遣って話しかけてくれ、地元の人は道後温泉ではなく少し離れたところにある銭湯で夜中まで空いているところがあるのでそこに行くのだとか、お鮨は太平寿司が間違いないとか、実は松山は焼き鳥を結構食べるのだとか、地元の人しか知らない話を親切に教えてもらう。バーテンダーの腕はコンテスト入賞で幾度となく証明されている雰囲気のよいバーで2杯飲んで3000円ちょっと、というのは中々なものだ。

そして二軒目はどこに行こうか悩んだ挙句にEpitaphという比較的新しいバーを見つけ、昔のロックが好きな人間としては反応せざるを得ない店名でつい行ってみたくなる。賑わっている界隈の新しいビルの4階、暗証番号を入れないと開かないドアのように見えたが押してみるとすんなり開く。

ここも大箱だがそれなりの客の入り、L字型のカウンターの角に陣取る。目の前にはMcIntoshの古い真空管アンプとそれとは対照的にハイテクの塊のLynnのアンプとプレイヤーが。そして店にはアナログレコードがたくさん飾ってある。

実は私はウイスキーも好きだが音楽もジャンルを問わず大好きで、音楽を聴きにロックバーにもちょくちょく行くのだが、そういうところの酒はあんまりこだわりがないところが多くて残念だった。旨いウイスキーの種類が多くて好きな音楽が会話を邪魔しないがしっかり聴こえるボリュームで流れているバーというのがあれば最高だ、と思っている。そのためにはある程度の店の大きさが必要となるので、東京だとなかなか難しい。

いくつか珍しいものを、と言って選んでもらって飲んだのが以下の3本。

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店の名前はやはりKing Crimsonから来ている、ということを教えていただき、だったら久しぶりにRedを聴きたいな、と思ったが置いていなかった。残念。

知らない街でバーを選ぶのはなかなか難しい。後からアイリッシュウイスキー専門のバーがある、というのを地元の雑誌を見て知って、また今度来た時に行かなければ、と思った。また昔からあるバーで忘れ去られてしまったようなボトルを見つけて飲むのも普段来ない街に来た時ならではの楽しみだ。四国で最大の街である松山はバーがたくさんある。今度は古めの店にも行ってみようと思う。

翌朝、宿の風呂にもまた入ったがどうしても改めて道後温泉本館に行きたくなり、3階の個室へ。宿の湯はここから引いてきているので、ここで入る温泉が一番新鮮なのだ。

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3階の客専用の風呂は空いていて、そしてかけ流しの湯量が半端ない。玉のような滑らかなお湯なのだが、風呂につかった途端に手足の先がピリピリするぐらい温泉成分が強い。宿の風呂とは全く違う。ゆっくりと風呂の中で体を伸ばして、最近の疲れを流し落とす。風呂上がりにいただく坊ちゃん団子も、風情のある建物も大好きで、ずっとこのままの形を残してほしいと強く願う。

松山は食べ物も旨いし、飲み屋も多いし、桜もお城もきれいで温泉も最高、温暖で土地が豊かなので人も優しく温かい。そして街で子供を見かけることが多くて活気があってよい。地方都市に行くとまともな本屋がないところ、すなわち文化が廃れてしまっているようなところが多いのに、ここはそんなこともなく、引退したらこの街に住みたいかも、と正直思った。いいところだと改めて思い知らされた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

イチローズモルト秩父ウイスキー祭り2017がシングルカスク部門世界一の快挙達成

専門家によるティスティング審査で行われる国際的ウイスキーコンテスト、イギリスのウイスキー・マガジン主催の「ワールドウイスキーズアウォード」にて、イチローモルト秩父ウイスキー祭2017 Fino Hogsheadシェリー樽2010年蒸留の6年物がWorld's Best Single Cask Single Maltの世界最高賞を受賞しました!

 

イチローモルト以外にも、サントリー響21年がブレンディッドウイスキー部門で、 富士御殿場蒸溜所シングルグレーンウイスキー AGED 25 YEARS SMALL BATCHがグレーンウイスキー部門で、サントリースピリッツがディスティラー・オブ・ザ・イヤー、本坊酒造がクラフトプロデューサー・オブ・ザ・イヤー、そしてキリンビール マスターブレンダー田中城太氏がマスターディスティラー/マスターブレンダー・オブ・ザ・イヤーに輝いた。

 

whiskymag.jp

 

一月ほど前の記事にてこれはコンテストでかなりいい評価になるのでは、と予想していたが、やはりその通りとなった。その時は秩父ウイスキー祭りボトルはしばらく温存しておきます、とBar Nadurraの松平さんがおっしゃっていたが以下のように解禁になったようなので、試してみたいとお考えの方は池袋方面に出撃されてはいかがだろうか。全世界で293本しかリリースがないので、これを飲んだことがある、と言える人は相当幸せな人かと思われます。良心的なお値段で出されているようなので、これだけ飲んで帰るなどという無粋なことはなさらず、こちらで以前紹介したLinkwoodなども含めいろいろ試してみてください。





おめでとうベンチャーウイスキー、肥土社長、吉川さん!

 

islaywhiskey.hatenablog.com

 

 

islaywhiskey.hatenablog.com

 

 

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幻の蒸留所、Kininvieオフィシャル17年

最近珍しい酒を飲んだので少し備忘録的に書いておく。Kininvie。Balvenieと一緒に作られているのだが、Balvenieが自家でフロアモルティングされているのに対しKininvieはモルトスターから買ってきた麦で作られている。そして発酵にかかる時間もBalvenieより長い。正確に言うと蒸留と発酵はKininvie独自に行っているが、発酵する前の液体はBalvenieの蒸留所から送られてきている。

蒸留所は1990年開設と比較的新しいのだが、ブレンディッドのClan MacGregorに使われたり、GlenfiddichとBalvenieと一緒にMonkey Shoulderにブレンドされていて、ほとんどオフィシャルのボトルが発売されていない幻の酒。Monkey Shoulderって飲んだことがなく、単なるブレンディッドかと思っていたらバッテッドのトリプルモルト、すなわちグレーンウイスキー使っていない3種のモルトウイスキーからのみ出来ているとは知らなかった。

アメリカンオークとシェリー樽で熟成されていて、大げさに「幻の酒!」と叫ぶようなものではないにせよ真面目に作られていて旨い。これまでほとんどリリースされなかったものをわざわざ出してきたのだから、流石に不味いものは出てこない。

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その隣の二本はいずれも有名バーの周年記念ボトル。一番右は最近リリースされたばかりの日赤通りのヘルムズデールのClynelish、真ん中は目黒マッシュタンのArran。たまたま店の方とお話ししていて「よそのお店の記念ボトルを自分の店のお客様には勧めにくいんですよ」という話をされたので、お店のバックバーの回転に貢献するためにもこちらからあえてお願いしていただいた。

あとは季節がら桜のラベル。九州の酒屋キンコーさんのボトル。1982年のGlenLivet30年。

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実は10日ほど前にこのKininvieを飲んでからしばらく禁酒をしていた。というのも昨日、5人で読売新聞社前から芦ノ湖までタスキをつないで走り切る「なんちゃって箱根駅伝」の4区21㎞を走ったため。今年で21回目の開催かつ20チームほどで競り合うというかなりガチで伝統あるレース。私は2003年から毎年参加(ただし東日本大震災の年は中止)しているので14回目の参加になる。自分だけのレースならともかく、チーム戦なのでタスキがつながらない事態を招くわけにもいかず、節制して臨むことにしたのだ。

そしてわざわざ禁酒までした結果は、というと、山登り5区の担当は胃腸炎で2日ほど固形物を食べていない、という状況の中で2時間で走り切り、私の前走者は3区21㎞を1時間34分で走り切ったのに、4区の私は1時間51分というタイムでチームの足を引っ張ってしまった。

わざわざ禁酒までしたのに自分の力が発揮できずチームに対しても自分に対しても何だか悔しくて、打ち上げ後は気が付いたら(?)渋谷のいつものバーのカウンターに座り、久しぶりにバーで飲む有難味をしみじみと噛みしめながら時間を過ごした。だらだら飲むよりもせっかくの機会に何を飲むか真剣に考えて、決めた後はくつろいで飲む、というのもメリハリがあってなかなか良かったように思う。

 

 

 

 

いいバーを見つけるのが難しいたった一つの理由

いいバーはなかなか見つからない。少なくとも食べログのような一般的インターネットメディアを使って探すのは非常に難しい。それにはちゃんとした理由、それも構造的な理由がある。いいバーほど「隠れて」いるのだ。あえて意図的に「隠されている」と言ってもいい。

いいバーは、当たり前だが常連客から愛されている。その愛情の対象は、バーのオーナーやバーテンダーかもしれないし、彼らの紡ぎ出す一杯の旨さなのかもしれない。あるいはバックバーにあるボトルの趣味かもしれない。だが我々にとってそれらに負けず劣らず重要なのは、店の雰囲気であり、その雰囲気を作っている自分以外のお客さんなのだ。

したがって常連客にとって、自分の愛する店の雰囲気を尊重してくれるかどうかわからない一見のお客さんがいきなり増えることは何のアップサイドもない。だからいい店であればあるほど、あるいは常連客に愛されている店であればあるほど、誰の目に触れるかわからない食べログのような一般的メディアに店を愛する客からわざわざ好意的なコメントを寄せるというインセンティブが全く働かない、という仕組みになっている。

だからいい店を探すのは難しいのだ。

もっと言うと、食べログ的なメディアはバーのような趣味性の高いところを評価するのにははっきり言って適していない。その一つの理由は、ネット上の「情報の非対称性」、砕けた言い方をすると「悪口バイアス」による。

振り返ってみてほしい。あなたは一度行ったお店でとても良くしてもらったとき、食べログでお店のコメントを書かなきゃ、と思ったことがあるだろうか。逆にすごく嫌な気分にさせられた時の方が、食べログみたいなところで何か書いてやろう、と思うのではないか。


人はおそらく何かを誉めるよりも批判する方が好きな生き物だ。それは酒場で上司の悪口言いながら飲んでいる人の数と、上司を褒め称えながら酒飲んでいる人の数と比べてみればすぐにわかる。さらに飲食に関しては「サービス業の人にお金払っているんだから良くしてもらって当たり前、お金払っているのに気分害されるなんてとんでもない」、という心理が働くので、人は批判的なコメントをまき散らしがちになる。

つまり口コミサイトでは、通常悪いコメントの方が良いコメントよりも多くなるバイアス、偏りが自然発生する仕組みになっている。それはバーだけではなく通常の飲食店に対してもそうだ。そしてこのバイアスは、一般人が簡単に情報発信できるようになるにつれて脅威を増す。少しでも気に入らないことがあるとわざわざご丁寧にネットに批判のコメントを書く一部の人たちの情報の方が、店に好感を持って家に帰っていく大多数の人たちの感想よりも圧倒的に多くSNS食べログ的なメディアに転がっていて、その情報に基づいて店を選ぶ人たちが一定量いるからだ。

違う言い方をすると、ネット上ではラウドマイノリティがサイレントマジョリティを駆逐する。そして人を疑うことを知らない多くの善良な人たちは、ネガティブなバイアスを自分で補正することなく口コミ情報を素直に信じて批判的な口コミの書かれている店を避けたり、食べログ2点台から3点台前半の店には行かなかったりする。

仮に情報の受け手側の多くがこの「悪口バイアス」を自ら補正できないとするならば、情報の出し手側で補正する方法はあるのだろうか。

その方法の一つはサイレントマジョリティをラウドマジョリティにすること。具体的には「訪れたらいい店だったのでその感動を折角なので他者に伝えたい」というような善意の情報量をウェブ上で増やすこと。そうすれば少しはバランスがとれるようになる。そのためにフェアなコメントをしてくれるレビュアーを増やすため、サービスプロバイダー側はいろんな工夫をしている。

だがバーのような業態に関しては、残念ながら飲食店とは異なり最初に述べたようにそれを阻む構造的なイシューがある。店に好感を持っているリピーターが善意の情報を一般の人たちに向けて多く発信する動機が存在しないのだ。そのために、口コミサイトにおける評判は通常の飲食店以上にさらによりバランスの取れていない、すなわち悪口の流通量の方が好意的なコメント量よりも常に多くなっているという可能性が高い。

もちろん客が少なすぎてお気に入りの店が潰れてしまっては元も子もないので、常連客も何か店の宣伝をしなければ、と思って何らかの好意的な情報を発信することはあるだろう。だが先ほどの理由で、誰でも見るメディアである食べログ的なところではなく、店の雰囲気を尊重するバーでのマナーをわきまえた人たちがいる確率が高いところ(=特定の趣味を持った人たちが見ている可能性が高いSNSのコミュニティやブログなど)で紹介する可能性が高い。

したがって、ことバーのような趣味性の高い業態に関する情報を食べログ的な一般メディアで集めるのは極めて難しい。そしてそれらのメディアに出ている口コミの内容がポジティブでなかったとしても、必ずしも悪い店とは限らない。先ほど言ったように、情報を得られたとしても通常よりもきついバイアスがかかっている可能性があるし、情報の受け手側がバイアスを修正すべきなのだ。
好意的な評価よりも悪口の方が多い、というのはまだ情報があるだけいいかもしれないが、そもそも情報がない、あるいは少ない、ということも上記の理由で多々ある。このネット社会で「情報がない」というのは存在しないのとほぼ同義に近い。存在しない店が存在し続けるのは当然ながら極めて難しい。

だからいいバーを脚を使わずに探すのは非常に難しいし、さらにいうとバーという商売というのは非常に難しいと思うのだ。
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そういう訳で、常連客には一定の義務がある。自分たちにとって居心地のいい店であることを保つために、店は何か(例えば売上)を犠牲にしているかもしれない、ということに少しでも想いを馳せることは最低限のマナーだ。店の席が埋まり始めて酔いが回ってきたところで他のお客さんが来たら、お勘定をもらってさくっと帰るというのも一つの見識だ。店が他のお客さんに勧めにくいボトルを積極的に飲んでバックバーの回転に貢献する、というのもありだろう。だが、しょっちゅう店に顔を出して、店に金を落とすということ以上のことはないと思う。「あの店良かったのに潰れてしまって残念だ」、みたいなことを言う人がたまにいるが、「そう思うんだったらもっと頻繁に行ってあげればよかったんじゃないですか」と言うようにしている。そして微力ながら恩返しするために、品のいいマニアックな人しか読んでいないように思われる(?)当ブログでいつもお世話になっているお店について控え目に紹介しているつもりだ。

最後にウェブ上のバイアスについて一言。Facebookにはいろんな批判があることは承知しているが、彼らの最大の美点は「いいね!」ボタンがあることだ(はてなスターも同様だが、「いいね!」と比べるとメッセージの拡散性が低いように思われる)。悪口ばかりが溢れがちで人が何かを誉め讃えることがなかなかない世の中において、簡単に「いいね!」といえるというのは本当に素晴らしい。だから皆さんもできるだけ「いいね!」をクリックすることで、少しでも悪意を善意が駆逐する世の中になるようお手伝いをお願いします。

洋食が好きでたまらない

洋食が好きでたまらない。肉や魚と、付け合わせのサラダと美味しいごはん、という黄金の組み合わせ。とんかつ、カキフライ、ポークソテー。どれもつやつやに光るお米と一緒に食べるととても幸せになる。

休日にわざわざ洋食を食べに行こう、と思うのは御徒町の「ぽん多」。初めての人をやや威圧する店構え。立派な木彫りの看板。入り口横に「創業   明治三十八年」と書かれている。

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食べ物屋にしては重い木のドアを開けるとキッチンとカウンターがあるのだが、その左には下の色紙が飾ってある。

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「これはいくさに負けなかった国の味である」。明治38年、1905年と言えば日本海海戦東郷平八郎率いる帝国海軍がバルチック艦隊を完膚なきまでに叩きのめした年だ。明治維新からわずか40年足らずで列強の地位の一角を占めるようになった日本の誇りがここぽん多にある。

家人が一緒だったのでカツレツ、ポークソテー、カキフライという3種を注文。キリンの中瓶を飲みながらじっと待つ。カツレツをとんかつと言ってしまうと訂正されるので注意。

最初に出てきたのはカキフライ。牡蠣の粒が大きい。衣はカリッと、噛むと中は官能的に柔らかく、海の塩と牡蠣のミルクの甘さが混然一体となって滲み出てきて後頭部がざわざわするぐらい。家族で奪い合いになる。

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そしてお待ちかねのカツレツが登場。肉の甘みが強い。ソースをつけずに食べるのが好きだ。ソースなしでも衣についている味とラードの旨みで全くご飯に負けない。綺麗に揚がっているので皿に接している面の衣が油でべとっとすることがない。

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そして一番の楽しみはポークソテー。肉そのものも旨いし、和風の甘辛いソースがご飯にぴったり。これぞ日本の洋食、という感じ。レタスも驚くほどパリッとしていて、レタスにソースつけるだけで大げさでなくご飯一杯は食べられそうだ。

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このポークソテー、下手な店でステーキ食べるよりも肉食べた、という気になる。牛肉にないぷるんという豚肉の弾力。噛めば噛むほど中から出てくる肉の旨み。これはやはり誇り高い日本の味だ。お勘定は少しお高いが、古き良き日本のサービスと日本の洋食の最高峰を楽しめると思うとそれだけの価値はある。

ぽん多本家

食べログぽん多本家

 

 

もう一つ私の大好きな洋食は神田の万平。ここのカキのバター焼きを食べると本当に幸せになる。小さなお店なのでいつも相席になるが、お客さんも気持ちいい人が多い。店構えは特別なことは何もないけれど手入れが行き届いていて、パリッとした暖簾からは江戸のプライドが伝わってくる気がする。

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本来はとんかつの店なのでロースもヒレも旨いが、牡蠣に小麦粉をまとわせてバター醤油で甘辛く味付けたカキバター焼が絶品。このアルマイトのようなお皿がクラシックな洋食屋ではお約束のような気が。

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ご飯に合うことこの上ない。最近いろんなところで紹介されてしまったので、なかなか入れなくなってしまって冬のこの時期の楽しみが奪われてしまった。

近くのとんかつ屋のやまいちもいいけれど私にはちょっとラードの味が強いので、とんかつよりもかつ丼がおすすめ。かつ丼をここまで丁寧に作っているとんかつ屋はあまりない。

どこの店も食べる人のことを考えて丁寧に作っているのが皿から伝わってくる。そんな店は、店構えが違う。適当な仕事しかしない店は、店構えも適当でこだわりが感じられない。初めての店を選ぶときは、外観の写真をチェックすることをおすすめする。

店の入り口まで来て何か違う、と感じたら大体外れだ。
人間、飲める酒の量も食べる食事の回数も決まっていると考えると、変な酒で無駄に酔っぱらったり納得いかない食べ物で腹を満たしたりしている場合ではない。

 


islaywhiskey.hatenablog.com

 

 

 

 

 

 

あの日から6年:思い出とPeer Pressure、ブラックニッカ クロスオーバー

あの日から6年が経つ。当時1ヶ月後に幼稚園に入ることになっていた娘は既に9歳。昨日「地震のこと覚えてる?」と聞いたら「覚えてない」と即答されたが、大人が不安に思っていたことは確実に伝わっていて、記憶の底に残っているはず。
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地震直後に家内と娘を京都の親戚が持つ使っていない家に送り、幼稚園が始まるまでそこに居させた。娘と家内の顔を見るために毎週末新幹線に乗った。
土曜の朝、京都で一人掘り炬燵に座って原発についてのニュースを暗澹たる気持ちで見ていたら、3歳の娘が座っている私の背中にくっついて立った。しばらくそのままテレビを見ていたのだが、ふと振り返ると彼女は私の背中で声を出さずに泣いていた。こんな小さな子が耐えられなくて泣いてしまうぐらい辛いのか、と思って呆然とした。
そして声を出さず黙ってぽろぽろ涙を流していたことを思うと「もっと大変な思いをしている人がたくさんいるから自分たちは少々の不便は我慢しなければ」という大人の思いがまだ小さな子どもにも何となく伝わっていたのかも知れない。
そして全く地震の実害のなかった我が家でこうなのだから、被害を受けた地域の無数の人たちとその家族は比べものにならないほど辛い思いをしているのだろう、と思っていたたまれなくなった。

当時は渋谷のスクランブル交差点は真っ暗だった。LEDのスクリーンや三千里薬局のネオンも節電のため全部消えていた。平日の夜は外食せざるを得ず、会社の周りの居酒屋によく行ったが、みんな飲み歩く気分でもなく自粛ムード、というか「今飲み歩くなんてあり得ないだろう、東北の人たちがあんなに辛い思いをしているのに」という同調圧力が強くてどのお店もガラガラで、顔を出すととても喜ばれた。来ないお客のために用意して無駄になってしまう食材があればそれ食べるのでお任せで、とどこに行っても言っていた。週末は京都で新幹線を降りると街が明るくまぶしくてびっくりした。当然、と思っていたことは当然でないことを改めて教えられた。

やはり当時一番不思議だったのは、あまりにも強い同調圧力だった。昨日日本に初めて来たアメリカ人を連れて新幹線に乗ったのだが、彼は車内があまりに静かなことに驚いていた。何で街でも新幹線の中でもこんなに日本は静かなの?と聞かれて、多分Peer Pressureだと思う、と答えた。そうしないと周りから後ろ指差される、だから明文化されていない規律に服従しなければならない、という圧力のことだ。当時はその圧力がとんでもなく強かった。原発メルトダウンしようとしている時に「みんな逃げずにいるのに、お前何で東京から逃げるの?フクシマ50とか命張って頑張ってるのにありえなくね?」的な言葉がインターネット掲示板的なところに満ちあふれていた。

東電の関係者が圧力容器が爆発しそうなときに福島第一から退避しようとして大きな非難を浴びた。それと同様の非難が、万が一のことを考えて東京を離れようとしていた一般の人たちにもぶつけられていた。東電や政府関係者がいないと原発事故は収束しないので彼らに残れ、というのは百歩譲って理解できるが(本当にダメになってしまうときに(実際に本当にダメになってしまう一歩寸前だった)技術や知識を持って現場で動ける人たちが現地で全員死んでしまえば、その後誰も何も出来なくなってしまうことをみんなちゃんと考えたのだろうか)、我々一般人が東京にしがみついていたところで何の問題解決にもならない。だがたとえばツイッターを多用する社会学者的な言論人が家族と東京から避難したときは悪意ある言葉がたくさんインターネット上にばらまかれた。
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原発に万一のことがあっても緩やかに放射能で汚染されるだけだから慌てて逃げるやつはバカだ、みたいな言い方もよく聞いたが、最悪の事態が起これば1300万人、日本の人口の1割を超える人たちが日本の西側に大移動する、という飛んでもないことが起きたはずで、そうなれば地震当日の都内のようにどこも大渋滞、公共交通網も機能しない事態になっていたことは想像に難くない。そうなる前に東京を念のため離れ何もなかったら戻ってくる、というのは大したコストも掛からないヘッジなのでリスクリターンを考えたら当然のことだと思うが、それを感情的に許さない人たちがたくさんいた、ということだ。津波に関しては少しでも大きな余震が来たら高台に逃げることが強く推奨されていたのに、違うリスクについては何の根拠もなく過小評価(することが正義だと)されていたのだ。

人は自分が何らかの事情で出来ない、あるいは自ら何らかの理由で抑圧している欲望を他人がやってのけた時、他人が欲望を満たしたことが露見した時に最も嫉妬心が刺激される。くっそー、あいつだけいい思いしやがって、というやつだ。長い列に並んで横入りされると腹を立てたり、主婦が不倫するタレントを嫌うのも、もしかしたらそういうことなのかも知れない。実はこの「空気の重さ」みたいな同調圧力が日本の社会を目に見えない形で形作っていて、それが何かのきっかけで噴出するのではないのだろうか。

日本人はゴミ捨てるときに手間かけてリサイクルするのは素晴らしい、新幹線を降りるときはリクライニングを直すのは他人に対して配慮していて素晴らしい、携帯電話を車内で使わないのは素晴らしい、道にゴミが散らばっていないのは素晴らしい、高速道路で一台一台譲り合って交互に合流するのはマナーが良くて素晴らしい。その素晴らしさの裏には嫉妬心と密接に結びついた同調圧力が存在する。そんなことを昨日、都内某所のバーで飲みながらつらつら考えた。やはり酒を飲むと記憶の抽斗が開く。そして最後にお店の方と二人、ブラックニッカを飲んだ。

 

モルトバーと呼ばれるところで閉店間際まで、あるいは他のお客さんが居なくなるまで色々飲んだあと、お店の方と「じゃあ二人でゆっくり飲みますか」となった時、すなわち営業ではなくプライベートに近い形で飲む時の「あるある」の一つに、「ブラックニッカ飲みましょう、これが一番コストパフォーマンス高いよね」というのがある。少なくとも2つの有名なモルトバーで同じセリフを聞いたし、実際熟成されたスコットランドシングルモルトをおすすめ頂いて何杯も飲んでお勘定が済んだあと、お店の方が裏からブラックニッカを持ってきて、お勘定要らないので、といわれながら改めて一緒に飲んだことも何度かある。そして二人でしみじみと「これって旨いよねー」とつぶやいてしまう。昨日もまさにその展開だった。

昨日伺った話だと、直近ブレンダーズスピリットが再発売されたばかりだが、5月にはシェリーの香りとピートの煙さが同時に楽しめるクロスオーバーというのがリリースされるらしい。これもとても楽しみだ。

キーモルトはピートの強いモルト(ということは余市?)で、それぞれの酒販店から入った予約の数だけしか作らない、ということで限定発売、ということだそうだ。今年はブレンダーズスピリットの再発売とあと2種類ブラックニッカの限定品がリリースされるうちの一つ、ということらしい。しばらくするとプレスリリースで詳細が明らかになるらしいが、どうやらフライング気味に情報が出てしまっている模様。

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数量限定と聞いて、また本当の大人はやらないはずの大人げない大人買い、というのをやってしまった。まとめて買ったはずのブレンダーズスピリットも、飲んでしまったり人にあげたりで随分なくなってしまったので、と自分に言い訳しながら。


 


 

 

 

 

 

「騎士団長殺し」とイチローズモルト秩父ウイスキー祭2017(ネタバレしませんのでご安心を)

最近酒の量を控えていた。そして飲みに行っても11時前には帰宅するようにしていた。なぜならば家でゆっくり「騎士団長殺し」を読みたかったからだ。


ウイスキー飲みながら家のソファーに寝そべって好きな小説を読むのは最高の贅沢だ。本を読みながら寝てしまう、というのはさらに贅沢。というのも本の世界に自分を閉じ込めたまま現実に引き戻されずに済むから。そして好きな本を読んでから寝るほうが熟睡できる。

だが適量を守らなければならない。飲み過ぎるとそもそもすぐに眠くなってしまったり、折角味わって読みたい物語の咀嚼が不十分になるので。「これはあそこからつながっているのか」「そういえばこのフレーズは以前ねじまき鳥で読んだな」「このモチーフは壁と卵からだな」などというのが分からなくなってしまう。
美味しい酒を厳選しながら少しずつ啜り、静かに読書できるバーがあれば最高だが、やはりそれはなかなか難しい。そういえば突然思い出したが南青山のBar Radioは図書館っぽいインテリアだった。たまに行きつけのお店が空いていると、「今日は本読みたいのでカウンターじゃなくてテーブル一人で使っていいですか?」と言ってみるときはあるけれど、やはりガヤガヤしたりタバコの煙が気になったりで集中できない。

そういうわけで、最近は仕事の後だらだらと飲むのではなく、美味しい酒をささっと飲んで帰宅するという健全(?)な生活を送っていた。例えばこんな酒。
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お店の売上を考えるとどこでいただいたのか書いた方がいいのかもしれないが、パラフィルム巻いてしばらく置いておきたい、とオーナーがおっしゃっていたのでバーの名前は差し控える。イチローモルト秩父ウイスキー祭2017記念ボトル。小さなシェリー樽で熟成させたとのことで、6年物とはとても思えない熟成感と厚みを感じさせる一本。最後にシェリーの香りが強く立ち上がる。これは気合入った造りですね、と男二人で盛り上がる。
このボトルはインターナショナル・スピリッツ・チャレンジのような世界的コンテストに出品されるらしい。この出来だと山崎シェリーカスクのようにかなりいい評価になるのではないだろうか。そもそも二百数十本限定なので、受賞しなくても飲むことは中々叶わないし、受賞したらとんでもないことになるだろう。

そのお店を再訪して別の酒を飲んでいたら、カウンターの端に座った男性二人連れがこちらとOn the wayをオーダー。どうやらあまり限定バージョンはお気に召さなかったらしい。自分の好みを人に押し付けたりすることはしないが、自分が気に入った酒を人に気に入ってもらえないと少し淋しい気持ちになることが改めて分かった。

お気に入りのウイスキーを時間をかけてちびちび飲むように、立ち止まっては考え、味わいながら少しずつ読み進めていた「騎士団長殺し」もついに読了。出張中の新幹線の中で最後のページに辿り着いてしまった。最後に話が大きく動いて、夜まで待てなかったので。ある意味勿体ないことをした、のかもしれない。だが今晩から思う存分酒が飲める。 

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小説の中にはシーバスリーガルやタリスカー、アイラの話もちらっと出てきます。ぜひご一読を。

 

 

islaywhiskey.hatenablog.com

 

 

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

騎士団長殺し :第1部 顕れるイデア編

 

 

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

騎士団長殺し :第2部 遷ろうメタファー編

 

池袋 Nadurraにて: もし僕らのことばがウィスキーであったなら

久しぶりに本棚から村上春樹の「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」を引っ張り出してきて読んだ。機内誌向けに書かれたものだと思うが、酒をテーマにしたアイラ島アイルランドの訪問記。氏の奥様による素朴で家族旅行のスナップ写真を思わせる(失礼!)、だが商業写真家が撮るそれとは明らかに異なる写真に彩られていて、気軽にすぐ読める。

酒はそれが作られている近くで飲むのが一番旨くて、なぜかというと酒ができる土地柄、作っている人たち、それを飲む人たちなど雰囲気、空間全てを含めて「そこで」味わうことという体験が特別なものだからだ、という思いが書かれている。それは人の曖昧な記憶のような「かたちのないかたち」でしか残ることはなく、そこに含まれていたメッセージにいつ気づくかもわからないけれど、かたちのない幸福を与えてくれる旅という極めて個人的な経験は素晴らしい、という意味の言葉で終わっている。

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今と違ってまだシングルモルトはごくごく一部のマニアの人たちだけのものだった20年近く前に酒を飲まない人も含めて誰でも手にする可能性がある媒体向けに書かれたようなので、冗長に思えるところもあるけれど、おそらくこの本をきっかけにシングルモルトに興味を持った人はたくさんいるのだろう。氏の文章が(特に後半のアイルランド訪問記の方で)比喩表現の点で今と大きく違っているのを確認するだけでも面白い。

村上氏の言うとおり、酒そのものを味わうだけでももちろん悪くはないが、想い出を思い起こすスイッチとして飲む酒も悪くない。私の記憶の再生機はそもそも随分頼りない上にアルコールも入るので、あちこちの画像が消えていたり、前後が勝手に編集されてしまっていたり、人の顔がのっぺらぼうになっていたりするものの、記憶の抽斗の中には酒以外にもいろんなものが放り込まれていて、ふと開いた途端に渾然一体となった何かが飛び出してくる。それも言葉といったものではなく、感覚の塊のようなものが。香水の香りをふと嗅いだのをきっかけに、昔の彼女の記憶が脳内に鮮烈にフラッシュバックする、みたいなものか。

たまには自分の内側にある滅多に開けることのない抽斗を開けてみるのも悪くない。再生機以上にポンコツでたてつけの悪い抽斗は、よっぽどタイミングが良くないとなかなか開いてくれないが。ちなみにどれぐらい記憶の再生機の出来が悪いかというと、本棚にもう一冊「もし僕らのことばがウィスキーであったなら」があったぐらいだ(恥かきついでに言うと「村上朝日堂」も2冊あってさらに凹んだ)。
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酒を飲む以外にも、淡々とランニングをしているときもいろんな記憶の抽斗が開くことがある。長い距離を走っている間は退屈だし、脳内が酸欠気味になっているせいか、普段あまり思い出さないことや考えないことが突然頭の中で展開する。昨日も走って汗を流した後にバーでウイスキーを飲んだけれど、実はランニングと酒を飲むという行為は遠いようで近いのかもしれない。

自宅から北上して1時間ほど走り、東京なのにとんでもなく濃い錆色をした塩分の強い天然温泉に460円で浸かることができる銭湯、桜台の久松湯で汗を流した後普段乗らない黄色い電車に乗って都心へ戻る。

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そして前から気になっていた池袋のNadurraへ。駅から少し歩いたビルの2階。なぜかこの辺りはモルトバーが密集。
ビルの前のサイネージから几帳面な感じが伝わってきたのでおそらくお店の中もそんな感じなんだろうな、と思いながらドアを開けると、バーにしては明るい照明と、予想に違わないしかし初めての客も包み込む雰囲気が広がっていた。土曜日の夜10時半ということもあってか先客はなく、カウンターの真ん中に座る。

明日は秩父ウィスキー祭りのボランティアスタッフとして朝5時起きで出掛けるのでいつもより早く11時半に店を閉める、ということだったので、一杯目からフルスイングしてBBR復刻ラベルの1982年、27年のClynelish。かなりの年数を経ているのにしっかり度数を感じるうえ、ストラクチャーがロバストで力強い。

オーナーの名前をうかがうことを忘れてしまったが(こちらが名乗らなかったのがいけないのだが)、物腰の柔らかい懐の深そうな方で間合いのとり方が上手なので、初めての訪問なのだが気疲れしない。

バーボン樽の感じがしっかり伝わってくるものが好きだ、と好みを伝えると出してくれたのがG&MのGlenRothes。The Whisky Hoop向けのボトリング。華やかな感じが予想以上。GlenRothesは昔ロンドンの友達から丸っこいボトルのオフィシャル貰って飲んで以来。

f:id:KodomoGinko:20170219095911j:imageその後、常連と思しき大人の男女がお店に入ってきたので一人静かに飲む。そして最後にこれもThe Whisky Hoop向けにCadenheadが詰めたLinkwood。どれも旨かったがこれが一番突き刺さった。おそらくこの日飲んだうちで一番安いと思うのだが、値段と旨さは必ずしも比例しないということを再確認。

寝ないと調子が出ないので夜は比較的早く店を閉めてしまうんですよ、この商売なんですがね、と笑いながらオーナーが話す。私もそうですよ、と言って小さな共通点を確認。そして彼の睡眠時間を削るのも忍びなく、11時半に店を出た。池袋は一応職場から帰宅途中にあるとも言えなくない。また来ようと思えるいい店を見つけることができた。

 

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

もし僕らのことばがウィスキーであったなら (新潮文庫)

 

バー ナデューラ

食べログバー ナデューラ

 

 

 

 

 

代々木上原 Milestone にて

仕事を終えた後、家に帰る前にどこかで時間を過ごしたくなることがある。まっすぐ帰宅して食事を摂ってゆっくり風呂につかり、その後お気に入りのグラスで家に何本もあるボトルのどれかを飲めば安上がりなのに。

冷静に考えればその通りだと思うのだが、大抵理性がうまく働かずバーに寄ってしまう。家の中に昼間とりつかれた禍々しい何かを持ち込まない、という無意識が動物の本能として働いているのかと思ってしまう。バーに寄ろう、と決めるとその前に一人飯を食べる。ウイスキーに響かなさそうなものを選んで。酒に失礼のないように。

そこまでして外すと悲しいので、わざわざ行くべきバーは厳選せざるを得ない。バーマン、置いてある酒、その時の自分の心持ちの3つがどこに行くかを考える時の一番大きなポイント。客筋がイシューになるときもある。いいバーマンがいる店は客筋もいいことが多く、よほど運が悪い時ぐらいしか例外はない。

バーマンは好きだけど優しいウイスキーの品揃えが多くて今晩はガツンとしたのを飲みたいんだけどどうしよう、とか、前訪れた際に飲みたいと思った酒があったけど居心地が微妙でどうしよう、とか、バーとお酒は完璧だけどあの常連さんが話しかけてくるかと思うと今はその気分じゃない、とか様々な想いが巡る。そして一軒目で外してしまったときは大抵損切りして帰宅。

店でのバーマンや居合わせたお客さんとの会話が楽しみな時もあるが、背負っている何かをしばし忘れ酒を愉しんでいる時に、その意図はないのはわかっているとはいえあれこれ話しかけられて結果的に色々詮索されると酔いが醒めてしまう時もある。自分の抽斗は人に開けられるより開けたくなった時に自分から開ける方がいい。

先日まさに真っ直ぐ帰らずにいつもと少し違ったところで落ち着いた感じで飲みたい、それもできれば外れがないように知っている店で、という心持ちになった。そんな時に思い出したのが代々木上原のMilestone。駅から少し離れた井ノ頭通り沿いにある。

気をつけないと通り過ぎてしまいそうな控えめなファサード。風除けのためのドアを二つ開けるとライトに薄く照らされた静かな空間が広がる。私とあまり歳の変わらない西川さんという方がやっているお店。

静かで時間がゆっくり流れる。最初はSpringbankのオフィシャル15年からお願いした。
この店は酒も旨いが、実はとても上等なフルーツを用意してくれている。この晩はお願いしてラフランスを切ってもらった。
たかが洋ナシ1個、と思っていたら結構な量で、白い大皿がねっとりとしたラフランスで埋まる。まるで一人しゃぶしゃぶみたいだな、と思いながらそれをつまみ、官能的な甘みとわずかな酸味に合うように選んでいただいた加水のClynelish、1993年蒸留G&Mの14年を頂く。

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お店を一人で切り回す西川さんは接客のプロ。やはりわざわざ立ち寄るわけだから、落ち着いた気分にならないバーだと意味がなく、そういう意味でとても安心。

最後にSpringbankのLocal Barleyをいただく。もうお目にかかることはほとんどなくなってしまった貴重なもの。他のお客さんも帰られて、男2人で毒にも薬にもならない話をしながら、「実はこんなのもあるんですよ」と店のBGMがジャズからロックに変わる。なんかこの感じ、覚えがあるな、と思ったら学生時代に友達の下宿で好きな音楽聞きながら無駄話していたことを思い出した。こういう息抜きできる場所があると、いろんな意味で大変助かる。

近くの住宅街の中にセララバード、という有名なレストランがあるけれど、そこに寄られた後にでも、あるいは代々木上原で降りてわざわざ足を運んでもいいかもしれない。ただし、大人の方だけで。

マイル ストーン

食べログマイル ストーン